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アイドルアニメブームが生み出した新たな視点 『推しが武道館いってくれたら死ぬ』の魅力

リアルサウンド

20/2/27(木) 8:00

 熱烈なアイドルオタクのリアルなオタ活動とその推しメンとの関係性を如実に描いたアニメ『推しが武道館いってくれたら死ぬ』(TBSほか)が2020年1月より放送され、多くの共感、反響を呼んでいる。

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 主人公のえりぴよは、岡山県を拠点に活動する7人組の地下アイドルグループ「ChamJam」のメンバー・市井舞菜に熱狂的な思いを寄せるトップオタ。そんな彼女を取り巻くオタク仲間と推しメンの舞菜との関係性が、オタクの視点で描かれているのが特徴の作品だ。

 アイドルアニメという括りで見れば、2014年のTVアニメ放送以降一世を風靡した『ラブライブ!』が記憶に新しいが、近ごろは『だから私は推しました』(NHK総合)などアイドルファンが主人公のドラマも登場し、その様相が変わってきている。こうした趣向の変化を及ぼしている要因と、その中で『推しが武道館いってくれたら死ぬ』の作品としての魅力を探っていきたい。

 振り返ってみると、2010年代には音楽業界でのアイドルブームに影響されるかのように、『ラブライブ!』や『THE IDOLM@STER』などグループアイドルを主体に置くアニメ作品が増えた。2010年代に限らず、これまでのアイドルアニメは、アイドルを主人公にその成長を描く物語が主で、決してそのアイドルを応援するファンにフォーカスが当てられることはほとんどなかった。

 しかし、2010年以降『俺の妹がこんなに可愛いわけがない。』や『冴えない彼女の育てかた』に代表されるように、オタクの偏愛や生態を描いた作品が登場し、陰と陽でいえば陰の部分にスポットライトが当たるようになってきた。この段階で、偏見を持って語られやすいオタクというものが徐々に一般化してきたともいえる。そして、ここ最近のアイドル作品にその波が表れ始めている。それが、アニメ『推しが武道館いってくれたら死ぬ』だ。アイドル主体で語られることが多かったアイドル作品が、ついにオタクの目線で描写されるようになった。

 放送から間もない『推しが武道館いってくれたら死ぬ』がすでに一定の評価、共感を得ているのは、2014年の『ラブライブ!』などのヒットにより、アニメファンの間で“アイドルを推す“という行為が浸透していき、作品の題材として成立する下地ができてきたことが大きい。

 そういった流れをふまえ、『推しが武道館いってくれたら死ぬ』はまさにアイドルオタクの活動に全振りしたアニメとなっており、これまでのアイドルアニメのような歌唱パートは最小限に抑えられ、えりぴよたちアイドルオタクの活動が大部分を占めている。

 本作の魅力のひとつとして挙げられるのが、まずは「アイドルオタク」の実情を忠実に再現している点だろう。アイドルの現場にも少なからず存在する過激派アイドルオタクの主人公・えりぴよをはじめ、眼鏡で太り気味な体型という典型的なキャラ設定のくまさ、推しと恋人関係を夢見る「リア恋勢」の基といったメインキャラクターたちは、まさにステレオタイプなオタク像。「積む」「釣り」「握手会」「ランダム商法」といった専門用語から人気投票や運動会、生誕ライブなど欠かせないイベントも登場し、しっかりと視聴者が実世界と価値観を共有する導線が敷かれている。

 このようにオタクなら共感してしまうアイドル現場のリアリティを追求しつつも、さらにオタクとアイドルの関係性を一種のコメディ調で描くことで、絶妙なバランス感が担保されている点は興味深いところだ。

 アイドルオタクのイメージとしては男性を思い浮かべる人も多いと思うが、ここでは美少女のえりぴよがトップオタとして登場する。そのえりぴよは、舞菜のためなら一心不乱に応援する熱い女性なのだが、その行動がたまに狂気じみていて逆にクスッと笑えてしまうこともしばしば。例えば、雑誌で舞菜の好みのタイプを耳にしたえりぴよは、すぐさま実行に移して握手会に登場するという具合だ(第3話では舞菜のタイプが「背が高い」「渋い色のスカーフが似合う」「口ひげが生えている」と聞いたえりぴよは付け髭にスカーフを身に着け、さらに竹馬で登場)。これは一線を通り越してギャグに近い。

 アイドルとオタクの関係性はデリケートな問題として扱われることも多いが、主人公が女性であることに加え、「関係性」の中にコメディの要素を加えることで、一切その問題を感じさせない。むしろこの非現実的な振り切り感こそが本作の魅力であり、絶妙なバランスが保たれている秘訣である。

 また、『推しが武道館いってくれたら死ぬ』は誰かを全力で応援することの素晴らしさを伝えてくれる作品でもある。48グループや坂道グループといったメジャーなアイドルはさておき、本作に登場する「ChamJam」のようないわゆる地下アイドルはまだまだ未知な部分も多いのではないだろうか。ましてやそのオタクとなればなおさらだろう。

 本作を観れば分かるが、地下アイドルとオタクの距離感は非常に近い。ライブやイベントも頻繁に開催され、アイドルとオタクの一体感はメジャーアイドルのそれ以上だ。だからこそ、オタクの情熱も人一倍強く、推しを人気アイドルにするために全力を注ぐし、アイドルもそれに必死に応えようとパフォーマンスを披露する。この相互関係を直に感じられるのが地下アイドルの良さであり、推す原動力となっている。

 このように距離感が近いからと言って、アイドルとファンという関係を踏み外すことはせず、この関係性の中でどれだけ他人へ愛情を届けるか、応援できるかというオタクの信念の部分が本作の一番の魅力だ。ここまで真摯に誰かを応援することがひとつの生き方として、新たな価値観を提示している作品は多くはない。えりぴよの舞菜に対する人生を懸けた愛情を見ていると、「推すっていいな」と感じてもらえるはずだ。

 方向次第では生々しく感じられる設定ではあるが、リアリティとコメディ要素が絡み合っていることで、アイドルオタクの実態が嫌味なく描き出されている『推しが武道館いってくれたら死ぬ』。何かに一生懸命になることの素晴らしさに気づかせてくれる内容になっているので、本作を通じて感じ取ってほしい。

■川崎龍也
音楽を中心に幅広く執筆しているフリーライター。YouTubeを観ることが日課です。

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