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新プロジェクト『サクラチル』発足を機に解説する、ローファイヒップホップの隆盛

リアルサウンド

20/3/21(土) 18:00

 <ソニー・ミュージックレーベルズ>が3月21日から開始する『サクラチル』はメジャーレーベル肝いりでオリジナルのローファイヒップホップ楽曲をYouTubeのストリーミングチャンネルとサブスクのプレイリストで配信するプロジェクトだ。そこには、つくりこまれた世界観を表現するビジュアルも添えられる。<術ノ穴(ササクレクト)>や<CANTEEN>が制作協力として参加、アーティスト陣もベテランから若手まで幅広く、期待できそうだ。


Tokyo LosT Tracks -サクラチル- ライブ ストリーム

 ローファイヒップホップは2010年代後半の音楽環境を象徴するジャンル(ムーブメント)である。音楽的には耳馴染みの良いメロディアスで「ジャジー」なループに、ブーンバップ的なドラムを被せたシンプルなビートが特徴だ。NujabesやJ Dillaを精神的なルーツとしつつ、彼らのようにハイファイさや端正さを追求するよりも、ウォームな質感で耳を包み込んでしまうような独特の空気感を持っている。しかし、そうしたサウンド以上に、「YouTubeのライブストリーミングやサブスクのプレイリストでBGM的に聴く」という聴取の様態こそ、このジャンルのもっともユニークで、かつ現代的な点だろう。

 ChilledCowやChillhopといったYouTubeチャンネルは、365日24時間ずっとこのジャンルの音楽を流すライブストリーミングを実施している。このチャンネルは「音楽を聴く場」であるのと同じくらい「コミュニケーションの場」でもあり、コミュニティとしてのローファイヒップホップ(beipana)をかたちづくってきた。つい先ごろ(2020年2月)にYouTubeがChilledCowのチャンネルを削除した際には結構な大騒動になったのも記憶に新しい。ユーザーからの抗議を受けてYouTubeは削除を取り消す事態になった。

 そして、ローファイヒップホップの躍進を多くの人に印象づけたのは、Spotifyが発表した2018年の急成長ジャンルにおいて、エモラップに次いで言及されたことだろう。キュレーションされたプレイリストを流し聴くのはライブストリーミングを聴くこととよく似ている。しかしこちらにはYouTubeのようなライブチャット機能はもちろんついていないわけで、「作業用BGM」的な聴取によく使われているのだろう。

 ローファイヒップホップの「作業用BGM」性は、ライブストリーミングチャンネルが「勉強している少女」(ChilledCow)や「ヘッドフォンをしながら歩くたぬき」(Chillhop)といったキャラクターのループアニメーションを使っていることからもうかがえる。そもそもChilledCowの番組名は『beats to relax/study to』。あらかじめ「○○するための音楽」としてローファイヒップホップはプレゼンテーションされてきたのだ。

 こうしたローファイヒップホップをめぐる聴取の様態はしばしば批判の的にもなる。音楽そのものを作品として聴くのではなく、「作業の効率をあげるため」のような目的で聴くのは不純である、というように。たとえばミューザック(BGM的に聞き流す音楽を指す語)を引き合いに出しながら、「作業の効率をあげたい」という資本主義の要請に答えるために音楽を利用することに対して批判の声をあげるのは的を射ている。音楽性についても、ローファイヒップホップが流行り始めたころには、ありきたりになりがちな楽曲の構成を皮肉るネットミームもたくさん生まれた。

 であるとしても、ローファイヒップホップがこれほど巨大なジャンルになった所以というものはきちんと考えられるべきだろう。いわば大きな課題である。さしあたっては、楽曲として完成する以前の「ビート」の断片をまとめてビートテープをつくるような作り手の感覚と、つくりこまれた流れや全体的な統一性を前提とせずに「垂れ流し」を聴く受け手の感覚とが、いまの音楽をとりまく技術的な環境に絶妙にフィットしたものと言えるだろう。

 制作側のレイヤーと聴取する側のレイヤーの、おのおの別のモチベーションから発したニーズたちが、YouTubeやサブスク(加えるならSoundCloudやBandcampといったDIYな活動を促進するプラットフォーム)といった現在の技術的条件でたまたま利害関係が一致した。ローファイヒップホップの隆盛はそんな現象なのではないか。

 しかし皮肉なことに、YouTubeもサブスクも、SoundCloudもBandcampも日本では活用されているとはまだいいがたい。日本国内ではフィジカルでのリリースも行われている(筆者もいくつかライナーを寄せている、P-VINEの一連のリリースなど)が、インターネットが生んだカルチャーとしてのローファイヒップホップの受容としてはちょっといびつさもある。

 それゆえ、『サクラチル』プロジェクトのように、もともとはインターネットに自生した(ところどころグレーであった)カルチャーを採り入れつつ、コンテンツの受容環境そのものに切り込んでいくアプローチをメジャーレーベルが採ることは興味深い。あくまで生活と地続きだったローファイヒップホップのビジュアルを、ポストアポカリプス的な世界設定に接ぎなおしている点も示唆に富む。参照源であるローファイヒップホップというカルチャーもさることながら、多角的に気になる点が多いプロジェクトだ。

■imdkm
1989年生まれ。山形県出身。ライター、批評家。ダンスミュージックを愛好し制作もする立場から、現代のポップミュージックについて考察する。著書に『リズムから考えるJ-POP史』(blueprint、2019年)。ウェブサイト:imdkm.com

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