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調べた!聞いた!岸田國士戯曲賞64回分のデータ&今年の傾向は?

ナタリー

21/3/10(水) 18:30

岸田國士戯曲賞授賞式に掲げられる看板。

時代を映す気鋭の劇作家たちを、これまで64回にわたり輩出してきた岸田國士戯曲賞。今年は8作品がノミネートされ、3月12日に選考会が行われる。オンライン演劇など新しい戯曲の形が模索される今、改めて岸田戯曲賞のこれまでをデータとインタビューで振り返り、さらに次代の劇作家たちへ思いをはせてみよう。

構成 / 櫻井美穂、中川朋子 インタビュー取材・文 / 熊井玲

岸田國士戯曲賞ってどんな賞?

岸田國士戯曲賞とは、劇作家・岸田國士の遺志を顕彰するため、白水社が主催する戯曲賞。1955年に新劇戯曲賞として設置され、1961年には「新劇」岸田戯曲賞、1979年には岸田國士戯曲賞と改称された。受賞者には正賞の時計と副賞の賞金が贈られる。なお選考委員は歴代受賞者が務めており、第65回選考委員には岩松了、岡田利規、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、野田秀樹、平田オリザ、矢内原美邦、柳美里が名を連ねている。

データで見る岸田戯曲賞

ここでは、過去64回の岸田國士戯曲賞にまつわるデータから、受賞者・受賞作品の傾向を“勝手に”分析する。(参考資料「日本戯曲大事典」)

▼1位はやっぱり…出身地ランキング TOP5

第64回までの受賞者たちの出身地を集計し、輩出した受賞者の数が多い都道府県を調べた。

1位 東京都(17名)

大橋喜一(第2回)、小幡欣治(第2回)、早坂久子(第6回)、広田雅之(第12回)、唐十郎(第15回)、佐藤信(第16回)、山元清多(第27回)、川村毅(第30回)、横内謙介(第36回)、平田オリザ(第39回)、ケラリーノ・サンドロヴィッチ(第43回)、永井愛(第44回)、三谷幸喜(第45回)、前田司郎(第52回)、松井周(第55回)、岩井秀人(第57回)、山内ケンジ(第59回)

※第10回の受賞を辞退した福田善之も東京都出身。
※第30回の川村毅は東京都生まれ、神奈川・横浜育ち。

2位 神奈川県(6名)

八木柊一郎(第8回)、大橋泰彦(第32回)、柳美里(第37回)、倉持裕(第48回)、岡田利規(第49回)、福原充則(第62回)

※第58回の飴屋法水は山梨県生まれ、神奈川県育ち。

3位 長崎県(4名)

岡部耕大(第23回)、野田秀樹(第27回)、岩松了(第33回)、松田正隆(第40回)

4位 福岡県(3名)

つかこうへい(第18回)、松尾スズキ(第41回)、中島かずき(第47回)

※第64回の市原佐都子は大阪府生まれ、福岡県出身。

4位 愛知県(3名)

竹内銃一郎(第25回)、佃典彦(第50回)、柴幸男(第54回)

4位 兵庫県(3名)

鄭義信(第38回)、深津篤史(第42回)、蓬莱竜太(第53回)

1位は東京で、17名だった。初の受賞者である大橋喜一と小幡欣治(共に第2回)に始まり、現在に至るまで東京出身者が数年おきに登場している。次点は神奈川の6名。ランキングには含まれていないものの、川村毅(第30回)は東京都生まれの神奈川・横浜育ち、飴屋法水(第58回)は山梨県生まれの神奈川県育ちと、やはり首都圏は強かった。しかし3位は4名の長崎、4位は3名の福岡と九州勢の存在感も大きく、同率4位には愛知、兵庫が並ぶ。また中華民国出身の太田省吾(第22回)やペルー出身の神里雄大(第62回)など、国外出身の作家たちも受賞している。

▼三十代多し!受賞時年齢 TOP5

受賞決定時の年齢をまとめ、人数が多い順にランキングを作成した。

1位 36歳(8名)

堀田清美(第4回)、ちねんせいしん(第22回)、岩松了(第33回)、宮沢章夫(第37回)、鄭義信(第38回)、鴻上尚史(第39回)、ケラリーノ・サンドロヴィッチ(第43回)、ノゾエ征爾(第56回)

1位 30歳(8名)

菅竜一(第10回)、別役実(第13回)、唐十郎(第15回)、横内謙介(第36回)、深津篤史(第42回)、三浦大輔(第50回)、前田司郎(第52回)、松原俊太郎(第63回)

2位 37歳(5名)

人見嘉久彦(第10回)、井上ひさし(第17回)、清水邦夫(第18回)、上田誠(第61回)、谷賢一(第64回)

2位 33歳(5名)

八木柊一郎(第8回)、岡部耕大(第23回)、竹内銃一郎(第25回)、松田正隆(第40回)、蓬莱竜太(第53回)

2位 31歳(5名)

北村想(第28回)、大橋泰彦(第32回)、倉持裕(第48回)、岡田利規(第49回)、市原佐都子(第64回)

歴代受賞者の受賞時年齢は、下は柳美里(第37回)の24歳、上は山内ケンジ(第59回)の56歳と幅広い。人数が多い順にまとめてみると、36歳と30歳の8名をトップに、三十代がトップ5を占めた。同率2位には37歳、33歳、31歳が並び、人数はいずれも5名。三十代とは劇作家にとって、積み上げてきたものが花開き、外部からの評価につながる時期……なのかもしれない。

▼タイトルも作品の一部!受賞タイトル長さランキング TOP5

罫線、括弧、感嘆符、読点などの記号も1文字とカウント。ふりがなとスペースは文字数に含めず計算した。

1位 45文字

谷賢一「福島三部作 1961年:夜に昇る太陽 1986年:メビウスの輪 2011年:語られたがる言葉たち」(第64回)

2位 36文字

山崎哲「漂流家族 ――〈イエスの方舟〉事件 / うお傳説 ――立教大助教授教え子殺人事件」(第26回)

3位 28文字

藤田貴大「かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。」(第56回)

4位 25文字

八木柊一郎「波止場乞食と六人の息子たち / コンベヤーは止まらない」(第8回)

5位 23文字

秋浜悟史「『幼児たちの後の祭り』に至るまでの諸作品の成果」(第14回)

1位は、昨年第64回で受賞した谷賢一の作品。あまりに長いので、「福島三部作」が通り名となっている。ちなみに1位と3位の藤田貴大の作品はそれぞれ3部作、2位の山崎哲と八木柊一郎の作品はいずれも2本立てとなっており、単体の作品で最長なのは、5位の秋浜悟史「『幼児たちの後の祭り』に至るまでの諸作品の成果」。なお今年の候補作の最長タイトルは横山拓也「The last night recipe」の18文字。もし本作が受賞すれば、初の英語タイトル受賞となる。

▼ノミネート回数(=受賞決定の電話を待った回数)ランキング TOP5

受賞者が、受賞までにノミネートされた回数を調べた。受賞作・候補作のほか、賞の名称が現在の前身となる「新劇」岸田戯曲賞だった時代(~第22回)に、惜しくも受賞は逃したものの、奨励賞や佳作に選出された作品もノミネートのカウント対象に。

1位 7回

鴻上尚史(第39回)

2位 6回

清水邦夫(第18回)、鄭義信(第38回)

3位 5回

横内謙介(第36回)、本谷有希子(第53回)

4位 4回

山元清多(第27回)、鈴江俊郎(第40回)、永井愛(第44回)、前田司郎(第52回)、赤堀雅秋(第57回)、神里雄大(第62回)

5位 3回

堀田清美(第4回)、八木柊一郎(第8回)、山崎正和(第9回)、川俣晃自(第12回)、広田雅之(第12回)、別役実(第13回)、秋浜悟史(第14回)、唐十郎(第15回)、佐藤信(第16回)、井上ひさし(第17回)、竹内銃一郎(第25回)、北村想(第28回)、中島かずき(第47回)、松井周(第55回)、タニノクロウ(第60回)、福原充則(第62回)

鴻上尚史が7回で単独首位。鴻上の初ノミネートは1987年の第31回で、そこから5回連続で最終候補に選ばれた。受賞作は、1995年の第39回「スナフキンの手紙」。8年越しでの受賞となった。2位の清水邦夫と鄭義信は5回ノミネート経験があるが、清水は初めて選出されてから11年後、1974年の第18回「ぼくらが非情の大河をくだるとき」で、鄭は7年後、1994年の第38回「ザ・寺山」で受賞。1970年代は現在のように携帯電話が普及していない時代。毎回、どのような気持ちで編集部からの電話を待っていたのだろうか。

白水社担当者に聞く、受賞作決定発表までに時間がかかったTOP5

1位 第56回(4時間58分)

2位 第57回(4時間46分)

3位 第55回(4時間29分)

4位 第63回(4時間07分)

5位 第62回(3時間43分)

受賞作の決定発表をTwitterで告知し始めた第54回以後、4時間以上かかっている回が4回、あとは約3時間30分平均です。この時間には最終候補作家の方々全員への連絡や授賞式の日程調整なども含まれますので、実際は、30分~60分前には受賞者の方に決定報告をお伝えしています。選考にかかる時間としては、通常2~3時間くらいです。ちなみに第56回は、ポストドラマ演劇とされる作品がトリプル受賞したときです。(白水社・和久田氏)

ちなみに……2時間かからずに決定したTOP2

1位 第49回(約1時間30分)

岡田利規さんの「三月の5日間」と宮藤官九郎さんの「鈍獣」のW受賞。岡田さんにはすぐ電話連絡がつきましたが、宮藤さんはまだ決まらないだろうということで食事中だったらしくなかなか連絡がつかず焦りました。(白水社・和久田氏)

2位 第64回(約1時間40分)

市原佐都子さんの「バッコスの信女─ホルスイタインの雌」と谷賢一さんの「福島三部作」のW受賞。Twitterでの告知までには時間がかかっていますが、授賞式の日程調整に時間がかかったからで、第49回以来となる2時間かからずの決定でした。(白水社・和久田氏)

担当者に聞く岸田戯曲賞

ここでは、白水社編集部の和久田頼男氏(「頼」は「束」に「刀」と「貝」が正式表記)に、岸田國士戯曲賞についてインタビュー。1991年から同賞に関わる和久田が語る、候補作選定から授賞式までの流れ、そして今年のノミネート作品の傾向とは?

受賞作決定までの流れは?

──岸田國士戯曲賞決定までの流れを教えてください。まず、その年1年間に発表された作品を対象に推薦人から候補作を募り、そこからノミネート作品が決定されるのですよね?

ええ。今年は例年より遅い進行になっていますが、通例では大体11月くらいから動き出します。まずはこちらからお願いしている推薦人の方に推薦作品を挙げていただき、12月頃候補戯曲を各所から取り寄せ、1月に最終候補作を決定します。ただ11月以前にも最終候補に残りそうな作品は随時台本を取り寄せて読ませていただくこともありますし、選考委員の方から「あの戯曲は候補に入っていますか?」とお問い合わせいただき、新たに取り寄せるものもあります。

──今年は8作品が最終候補作となりましたが、最終候補作を決めるまでに大体何作品くらい読まれるんですか?

50作品くらいですね。これはけっこう大変です(笑)。推薦作品の中には宝塚歌劇団の作品やミュージカル、商業演劇的なものから小劇場まで、さまざまなジャンルの作品が入ってきます。

──最終候補作の選定は、編集部の方がされるんですか?

そうですね。ほかの文学賞でも、基本は各社の編集者たちがしていると思いますが、岸田戯曲賞も同じです。必ず、社外の下読み者の方々から評価もいただきますが。

──最終候補作品が出そろったところで、選考委員による選考会が実施され、その日のうちに受賞作が決定します。受賞者の方には直接電話で連絡がいくそうですね。

そうです。受賞が決まった方だけでなく、残念ながら選ばれなかった方にも電話でご連絡します。連絡は社内の者で手分けして行いますが、僕は受賞者の方に連絡することが一番多いですね。受賞が決まった方には、賞を受けるかどうかご意向を確認して、次に発表の段取りに移ります。

──電話を受ける側はドキドキするでしょうね。

受ける方はそうかもしれませんね。でもかけるほうは受賞をお伝えしつつ、その電話で授賞式のスケジュールを決めて、授賞式の会場をすぐ予約しなければいけないし、受賞作を書籍化する作業も始まるので、実はドキドキする余裕がないくらい、やることがいっぱいなんです。

──また授賞式では、選考委員による選評をまとめたリーフレットが配られます。このリーフレットの編集も同時にスタートするわけですね。

ええ。選考会から授賞式までは1カ月くらいしかないので、あまり時間の余裕がありません。選考委員は皆さんお忙しい方ばかりなので、選評をいただくのがちょっと大変な作業になりますしね。

──受賞者には正賞の時計と副賞の賞金が贈呈されます。正賞の時計は、どんなメーカーのものか決まっていますか?

近年はずっと決まっていて、スイスの時計メーカー・TISSOTの懐中時計です。時計には「第*回岸田國士戯曲賞受賞記念」という刻印が入ります。いつからTISSOTの懐中時計にしたかは明確にはわからないんですが、1993年に受賞された宮沢章夫さんと柳美里さんの時計を、僕が渋谷の東急本店で用意したのが最初のTISSOTです。そのときはTISSOTの置き時計でした。そのあと、しばらくSEIKOの懐中時計の時期もありました。基本的には毎年同じ時計を贈ってはいるのですが、松尾スズキさんが「ファンキー!──宇宙は見える所までしかない」で受賞されたときは、日本橋三越の時計屋さんに買いに行って、でも「松尾さんの作品で『ファンキー!』だしな」と思って、当時人気があったSEIKOのSPOONというモデルの腕時計にしました。またこれは聞いた話ですが、清水邦夫さんとつかこうへいさんが受賞されたときは、当時の担当者が時計を買いに行く途中で良い壷を見つけて、壷が正賞になったこともあるそうです(笑)。

今年の戯曲賞の傾向は?

──和久田さんはいつから岸田戯曲賞に関わっていらっしゃるんですか?

会社に入ってからすぐなので、1991年からです。約30年関わっていることになりますね。

──選考会の雰囲気は、年によって違いますか?

選考委員の顔ぶれが同じときは、そんなに変わりません。皆さんお忙しいので、選考会で1年ぶりに会って近況報告をしたりとか、基本的には和気あいあいという感じ。でももちろんそれぞれに、ご自分が良いと思った作品を抱えて選考会に来ていらっしゃるので、そのあたりのことはあまり明かさず、選考会には真剣勝負で臨む、という感じです。

──今年は矢内原美邦さんが初参加されます。

ジェンダーバランスの問題もあり、女性選考委員にもっと入ってもらいたいと思ってずっと調整してきたんですけど、ようやく今回、矢内原さんに入っていただけることになり、柳さんと矢内原さんの女性お二人によって、また少し雰囲気が変わるのではないかと思います。

──今年は岩崎う大さん「君とならどんな夕暮れも怖くない」、長田育恵さん「ゲルニカ」、小田尚稔さん「罪と愛」、金山寿甲さん「A-(2)活動の継続・再開のための公演」、小御門優一郎さん「それでも笑えれば」、内藤裕子さん「光射ス森」、根本宗子さん「もっとも大いなる愛へ」、横山拓也さん「The last night recipe」が最終候補作品となりました。8作品について、和久田さんはどんな傾向を感じていますか?

今回は、コロナ禍に見舞われながらも「それでも演劇をやる」というアティチュードを示してくれている作品が多く残っていると思います。例えば東葛スポーツの「A-(2)活動の継続・再開のための公演」は、文化庁の助成金制度をタイトルに掲げ、コロナ禍において演劇人が何をどう考えているのか、小劇場の“内輪ネタ”を笑いにして描き出します。ヒップホップ演劇だからこその批評精神に裏打ちされたエモさに胸打たれる作品ですが、そういった日本の中でしか通じないハイコンテクストなものを苦手とする方もいると思うので、その点がどう判断されるのか気になりますね。

また、岩崎う大さんが2年連続でノミネートされました。岩崎さんは“売れている芸人さん”ではありますが、それ以上に、彼の作品が作品としてしっかりしたものであること、また劇作家としても円熟期にあることから、今回2年連続のノミネートとなっています。疫病をきっかけに到来するポストヒューマンな時代の「観光」が、劇中劇として描かれる作品です。横山拓也さんの作品はまさに2021年の3月にコロナのワクチン接種を受けることが物語の肝になっていますし、小田尚稔さんの作品は感染症が拡大する東京でステイホームすることに困難を抱えている若き芸術家が主人公です。

今回、コロナの影響を受けていない作品は、長田育恵さんの「ゲルニカ」と内藤裕子さんの「光射ス森」です。長田さんの作品は、戦争とテロの時代の始まりを描いています。ピカソの名画で知られる、スペインのバスク地方を舞台とした歴史劇です。内藤さんの作品は、山と人間が共生するための林業をテーマとしつつ、男社会の中に女性のプレゼンスを輝かせます。

そして今年は、「オンライン演劇も対象にします」と宣言し、その作品が最終候補作に残ったという点で、象徴的な回になったと思いますね。劇団ノーミーツ・小御門優一郎さんの作品は俳優たちが皆、隔離状態のまま共時多発演劇する“フルリモート演劇”としてのオンライン演劇、根本宗子さんの作品は俳優たちがリアルな舞台空間を共有して上演された“無観客ライブ配信”としてのオンライン演劇ですが、そういった、目の前に観客がいない場での戯曲の書き方を選考委員の方たちがどう読むのかは、僕も知りたいところではあります。実際、劇団ノーミーツの作品はカメラの画角やカット割まで戯曲に書かれていて、もちろんそういう説明が必要だから書いてあるんですけど、選考委員の方たちがそういった戯曲をどう判断なさるかというのも今回のポイントだと思います。

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