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伊坂幸太郎『逆ソクラテス』が問う倫理とは? 5月期月間ベストセラー時評

リアルサウンド

20/6/12(金) 18:00

4月期月間ベストセラー【総合】ランキング(トーハン調べ)
1位『syunkonカフェごはん(7)』山本ゆり 宝島社
2位『あつまれ どうぶつの森 完全攻略本+超カタログ』ニンテンドードリーム編集部 編 徳間書店
3位『鬼滅の刃 しあわせの花』吾峠呼世晴 矢島綾 集英社
4位『鬼滅の刃 片羽の蝶』吾峠呼世晴 矢島綾 集英社
5位『流浪の月』凪良ゆう 東京創元社
6位『あつまれ どうぶつの森 ザ・コンプリートガイド』KADOKAWA
7位『池田大作先生指導集 幸福の花束(3)』創価学会婦人部 編 聖教新聞社
8位『FACTFULNESS』ハンス・ロスリングほか 日経BP
9位『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレイディみかこ 新潮社
10位『鋼鉄の法 人生をしなやかに、力強く生きる』大川隆法 幸福の科学出版
11位『おもしろい!進化のふしぎ ざんねんないきもの事典』今泉忠明 監修 高橋書店
12位『NHK大河ドラマ・ガイド 麒麟がくる 後編』池端俊策 作/NHKドラマ制作班 監修 NHK出版
13位『かんたんかわいい! 手作りマスク 増補改訂版』ブティック社
14位『逆ソクラテス』伊坂幸太郎 集英社
15位『NHK趣味どきっ! こんどこそスマホ』岡嶋裕史 講師/日本放送協会・NHK出版 編集 NHK出版
16位『猫を棄てる 父親について語るとき』村上春樹 文藝春秋
17位『バカの国』百田尚樹 新潮社
18位『クスノキの番人』東野圭吾 実業之日本社
19位『カレンの台所』滝沢カレン サンクチュアリ・パブリッシング
20位『世界一美味しい手抜きごはん 最速! やる気のいらない100レシピ』はらぺこグリズリー KADOKAWA

 2020年5月の月間総合ベストセラーランキングはコロナ禍で書店が十分に営業できなかったことで「新たな本との出会い」が少なかったためか、4月同様、それ以前とあまり変わり映えしない本が上位に並んだ。その中で数少ない新顔と言える4月下旬発売の伊坂幸太郎の最新短編集『逆ソクラテス』を取り上げたい。

思春期の入り口にいる子どもたちを主人公に「生き方」の学びを描く

 この短編集に収録されている作品は、いずれも小学校5〜6年生を主人公に、学校とその周辺で起こる出来事を通じて、彼らが生き方や倫理を学んでいくプロセスを描いている。

 構成は巧みだし、読んでいて考えさせられるという伊坂幸太郎らしい作品だ。ただ、引っかかるところがある。それは本全体を通じて語られていく、以下のような価値観、処世術について、だ。

1)マウンティング、いじめ、意地悪、ずる、犯罪をして優越感に浸ったところで、今は誰かにその悪事の証拠を簡単に押さえられて後からバラされる社会なんだから、正直に振る舞ったほうがいい
2)一見、弱そうだったりトロそうに見える人間も本当は違うかもしれず、いじめたりいじったりする側よりも実は能力や権力を持っているかもしれない。あるいは、今は本当に弱者だとしても、将来、立場が逆転するかもしれない。だからバカにしたり、暴力を振るわないほうがいい
3)ただ、そうやって悪いことをした人間に対して、私刑していいわけではない。裁かれ、罰せられたあともその人たちの人生は続き、社会はそういう人間たちを受け入れて共生していかなければならない。過ちを犯した人が反省し、更生する可能性を肯定しよう

 こういう倫理観、生き方指南は近年のいくつかの話題作に共通して見られるものだ。ここでは詳しくは書かないが、『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』や『かぐや様は告らせたい』、『梨泰院クラス』等々に触れてもらえれば、私が言わんとすることがわかってもらえると思う。

 そしてこういう感覚は、フィクションの世界の話だけのものではない。me tooにしろ、Black Lives Mattterにしろ、発端になったのはSNS上での告発であり、動画や音声がスマホで撮影・録音されて流出したものだ。ある男性編集者が女性フリーライターに対して立場を利用して肉体関係を迫ったいわゆる「クソLINE」(性欲丸出しのLINEのやりとり)が流出した事件も記憶に新しい。

 これらの被害を受けた側が反撃できたのは、スマホなどのデバイスが小型化し、また、手書きの文章とは異なり相手が誰なのか特定可能な状態でメッセージが保存可能になったから――おおよそどこにいてもどんなやりとりでも記録し、ネットにアップできるようになったからだ。

 『逆ソクラテス』所収の「非オプティマス」でも、小学生ながらにクラスメイトの校則違反の現場を押さえに行く、という話が登場する。

 そういうわけで、本作は今この社会に生きる読者にとって身近に感じる事件や、そこから導き出される「よしとされる生き方」が描かれている……のだが、それで本当にいいんだっけ? と思う点もある。

権力者による一望監視社会はだめで、民衆の相互監視社会はOK?

『ゴールデンスランパー』(新潮文庫)

 伊坂幸太郎は『ゴールデンスランバー』で監視社会のおそろしさと、そこで犯人に仕立てられてしまった青年の逃亡劇を描いている。ざっくり言うと『ゴールデンスランバー』は国家権力による監視社会に対する批判を描いていたのに、『逆ソクラテス』で人々の間の相互監視社会とそのおそろしさを気付かなかったり軽んじたりしたまま権力を利用した人間が窮地に立たされる様子を描いている。

 国家権力がテクノロジーを使って民衆をハメるのはダメで、弱者が強者を刺すためにテクノロジーを使うのはいいのか? もっとも『逆ソクラテス』に出てくるのは小悪人であり、そういう人たちがそうなったことにも理由はある、追い詰めすぎてはいけない、と強調されはする。いや、いいか悪いかで言えば、それでいいと個人的には思う。この問題はたいした話ではない。

 重要なのは、こちらだ。「記録・告発用のテクノロジーが発達した時代だから、それを前提に正直・誠実に振る舞いましょう」と子どもに教える物語ってどうなんだろう? という点だ。

 「非オプティマス」に登場する教師は「相手によって態度を変えることほど、格好悪いことはない」、「先生が会った人は、自分のせいで誰かが傷ついたんじゃないかと苦しんでたんだ。先生はそのことに大げさだけれど、少し感動したんだ」と語る。しかしその後、損得勘定から考えても倫理的に振る舞った方が良い、という主張に残念ながら着地させてしまう。

 それでは結局、昔は告発できる機会や装置がなかったから「長いものに巻かれろ」「空気読め」と言っていたのが、「後で刺される可能性があるから性格の悪い振る舞いはするな」に変わっただけ、言いかえると状況に合わせて処世術を変えただけで、全然倫理的じゃないんじゃないか?

 子どもが大人になるにあたっては、そんな損得勘定に回収される他律を教えるだけではなくて、もっと積極的に、「損得関係なく振る舞い、自律(格率)に従え」というカント的な倫理も教えたほうがいいのではなかろうか。

 子どもにきれいごと(理念)だけ教えればいいとは思わない。ただ、きれいごと風に見えるが実際には理念なきリアリズムに基づく処世術だけを教えるのも、違和感がある。というのも、人種差別反対にしろ男女平等にしろセクシャルマイノリティの権利にしろ、その時代に合った処世術ではなく、現実から乖離した「理念」に基づき、理念に現実を近づけさせるべく実現させてきた運動だからだ。

 損得だけで考えたら、たとえば男性が圧倒的優位にある社会において女性が「おかしい」と声をあげることに対して「潰されて不利益を被るだけだ。損するからやめておけ」という話になってしまう。損得勘定に基づく価値観では、性差別を解消する運動は進まなかっただろう。

 この短編集には「たとえ誰も見ていなくても真摯に振る舞え」「損とか得とか関係なく、おかしいものはおかしい。おかしいことに対して声をあげていかないと何も変わらない」と言ったり、理念の重要性を説いたりする大人は(ゼロではないが)ほとんど出てこない。

 「評判が大事なんだ」「オモテに見えている姿が真実とは限らないから気をつけよう」「人をバカにしたりいじめたりしたとして、いじめた人間やその親が、バカにしたりいじめたやつの親と取引先になるかもしれない。しっぺ返しが来るかもしれないから、やめとけ」「最終的には真面目で約束を守る人間が勝つ」などと功利主義的に損得や勝ち負けで倫理を説く人が中心に見える。

 それで本当にいいんだっけ?

 この短編集に登場する多くの大人がよしとしている価値観は、一見するとme tooやBlack Lives Matterのような運動を駆動しているものと近いようでいて、決定的に遠い。遠いから良いとか悪いとか、その判断は人それぞれだろう。ただ、ぜひ読んで、このことについて考えてみてもらいたい。

■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。

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