海外映画取材といえばこの人! 渡辺麻紀が見た聞いた! ハリウッド アノ人のホントの顔
ラッセル・クロウ
連載
第55回
── 今回はラッセル・クロウです。彼の出演作が2本、続けて公開されます。主演したのが『アオラレ』で、助演に回っているのが『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング』です。
渡辺 『アオラレ』は、不況や格差社会に屈してすべてを失ってしまった男が、同じようにすべてを失いそうな若い母親にクラクションを鳴らされブチ切れ、追いかけまわす。邦題の『アオラレ』は“あおり運転”から取られているんですが、そのまんまの映画です。ラッソー(ラッセル)はモンスターのような描かれ方をしているので、ノリはホラーですね。90分でタイトにまとまっていて、彼のブチギレっぷりを楽しめばいい。
もう1本の『トゥルー・ヒストリー…』は、実在したオーストラリアの強盗団を描いています。主人公のネット・ケリーには『1917 ~命をかけた伝令~』(19)に主演していたジョージ・マッケイ。ラッソーは子供時代の彼に犯罪を教え込む男を演じています。こちらはちょっとしか登場しませんが、同時期に撮影したのか、どちらもパンパン。風船のように膨らんでいて、ちょっとびっくり。まあ、ファンから見ると、それでもテディベアのようでかわいいんですけどね(笑)。
── ファンなんですね?
渡辺 そうです。かなり大好きです。『アオラレ』のキャラクターは、まるで彼のためにあるような男で、些細なことですぐにブチギレる。実際、私も『アメリカン・ギャングスタ―』(07)のとき、目の前でブチギレられて驚きましたから。
── それは貴重な体験ですね!
渡辺 その取材は6人くらいのジャーナリストでタレントを囲むテーブルインタビュー形式だったんですが、ラッソーはダブル主演のデンゼル・ワシントンと一緒に来たんです。もちろん、みんな不満でした。別々に来た方が質問もたくさんできますからね。
で、みんながいろいろ質問する中、ラッソーに監督のリドリー・スコットの魅力について尋ねたんですよ。リド様が大好きなラッソーはとうとうと、しかも嬉しそうにその魅力を語り始めた。ドラマチックな効果を考えたのか、沈黙している瞬間が数秒あったんです。
そのとき、男性のジャーナリストが「ところで……」みたいな感じで口を挟んだら、また数秒沈黙が流れた後、その男性に向って身を乗り出し「オレはまだ喋ってんだ! お前のくっだらねえ質問で遮るんじゃねえ!!」って感じでブチギレたんですよ。もうみんな唖然。リアル・ラッソーだって(笑)。
そのとき、まったく慌てずデンゼルが「いやいやラッセル、私はその続きが聞きたいんだよ。で、リドリーはそのときどうしたんだ?」って、話を元に戻してくれたんです。そうか、こういうときのためにふたりで来たのかと、大いに納得しちゃいました(笑)。
── デンゼル、大人ですね(笑)。
渡辺 そうそう。まるで年の離れた兄ちゃんと末っ子でした(笑)。もし、ラッソーがひとりだったら、その時点でインタビューは終わっていたと思いますよ。
もうひとつ、『シンデレラマン』(05)の取材のとき、ラッソーがキレないように配給会社がいろいろと配慮してインタビューの席を作ってくれたんです。そのおかげでめちゃくちゃ機嫌が良く、「みんなで写真を撮ろう!」とまで言い出した。私たちは、その時間があるならインタビューさせてほしいわけですが、もちろん口は挟めない。だから言うとおりに写真を撮りましたね。
帰国してすぐ、ラッソーがキレて、ホテルの従業員に電話機をぶつけたという情報が流れたんですが、それも「やっぱりラッソーだ」と、微笑ましいくらいでした。
── なんで微笑ましかったんですか?
渡辺 そのとき、ラッソーってパパになったばかりくらいだったと思うんですが、それについてこんなことを言っていたんです。
「オレはずーっと子供が欲しくて仕方なかった。でも、路上でギターを弾いて日銭を稼いだり、破れた靴を1足しか持てないような男が父親になるのは難しいだろ? オレが子供の頃、いつも耳にしていた金を巡る両親の口喧嘩、それを自分と妻が交わさなくてよくなるまで、オレはずーっと待っていたんだ」
なんかリアルな言葉ですよね。
電話機を投げつけたのも、オーストラリアにいるその家族と話したかったのに電話がつながらずブチギレたと言うんで、まあ、キレるだろうなって(笑)。
── なるほど(笑)。
渡辺 ラッソーは子役出身。生まれたのはニュージーランドで、両親とともにオーストラリアに移住し、地元のTV番組に子役として出演し人気者になった。当時の彼は本当にかわいくてびっくりしますよ。
また、若い頃はロックバンドでリードボーカルを務めていて、その活動のせいで高校も中退したようです。『レ・ミゼラブル』(12)で歌声を披露したのは、そういうバックグラウンドがあったからかもしれません。この映画の彼の歌が気に入らない人がいるようですが、私は全然OKでした。
── ラッセルはリドリー・スコットの映画にたくさん出ていますが、ふたりは気があっていたんですか?
渡辺 リド様は「長年連れ添った夫婦のような仲」と『ロビン・フッド』(10)のとき、言っていましたね。「意見がいつも合うわけではないし、お互い合わせることもしないんだが、なぜか問題にならない」って。確かに「老夫婦」なのかもって感じですよね。
一方、ラッソーは「オレはリドリーの仕事のやり方が大好きなんだ。サクサクと撮影を進めていくから毎日、達成感が味わえる。リドリーはオレたちのシーンを撮り終わったら、カメラを担いで太陽が沈むその一瞬を撮りに行く。そのこだわりも大好きだ」。
私が思うにリド様は、演技のできる人がいいんですよ。どのシーンもほぼ2、3テイクしか撮らない人なので、その数でちゃんと演じられる人が好きなんだと思います。『ワールド・オブ・ライズ』(08)のとき、ラッソーは「リドリーには、まるで主婦のように、一度にいろんなことをやっているような演技をしてほしいと要求された」と言っていましたが、ちゃんとそんなふうに演じていましたから、さすがだなーと思いましたね。
── ちゃんと期待に応えるんですね。
渡辺 それにラッソーは、こんなことも言っていました。
「オレは、オレが信じられる仕事しかしない。なぜオレが朝の4時に起きて1日14時間働けるのか? 映画はそれに値するメディアであり、演技に自分のボディ&ソウルを捧げることができるアートでもある。信じられるものに労力を惜しまない──これほどシンプルなこともない」
映画をこう捉えているところも、リド様と重なるかもしれませんね。
── 情熱的ですね。
渡辺 そうなんですが、だからといって“なりきるタイプ”じゃないようなんです。ロバート・デ・ニーロなどはメソッドアクターなので、もうそのキャラクターになりきってしまう。だから、撮影が終わっても自分に戻れなくて苦労するような役者もいますが、ラッソーは違うようです。
「オレは、そういうのはダメだと思うんだ。英国には、自分が演じるキャラクターと恋に落ちるという伝統があるが、オレはそれだと客観性を失ってしまうと思っている。恋に落ちるってそうだろ? オレはそのキャラクターを徹底的に調べて、そいつの人生にどっぷり浸かる。しかし、溺れはしない。必ず逃げ場を作っておく。客観視して、自分の演技がどうだったか判断したいからだ。その方が絶対、演技は良くなると思っているから。それにもうひとつ、個人的なプライドもあるかもしれないけど」と言って笑っていました。
── どういう意味なんですか?
渡辺 つまり、客観視できる余裕を持つことで、「こんな演技ができるオレって、ちょっとすげえよな?」と思いたいという意味です。役者のささやかなプライドなんでしょうね、きっと。
── 役者の数だけ演技のやり方があるのかもしれませんね。
渡辺 そうですね。同じく演技派と言われるジュリアン・ムーアは「そもそもなりきることなんてできないと思っているところから、私は始めるの。もしなりきったと感じたなら、それは役者の傲慢だわ」と言っていましたから。
── 役者の数、というより、うまい役者の数ですね。
渡辺 上手い役者と言えば、『マン・オブ・スティール』(13)のとき、マーロン・ブランドとの意外なかかわりについて話していました。ご存じのようにラッソーはこの映画でスーパーマンの本当のパパ、ジョー=エルを演じていて、ブランドもリチャード・ドナーの『スーパーマン』(78)のとき同じ役を演じていますからね。
「マーロンとオレは意外なコネクションがあった。彼が亡くなって3年くらい経ったとき、マーロンの友達だった女性がオレに詩集を託したんだ。マーロンから渡すように頼まれたってね。それはジェームズ・カヴァナーの『There are Men Too Gentle to Live Among Wolves』という詩集だった。
そしてその中には小さな手紙が挟まれていて、オレの出ている映画を観るのをとても楽しんだと書かれていたんだ。言うまでもなく、このサプライズにオレは感動した。なぜなら、他の役者たちと同じように、オレもマーロンの演技から大きな影響を受けたからだ」
── それはすてきな話ですね。
渡辺 一度は憧れた大先輩から、そんなラブレターをもらうなんて役者冥利に尽きますよ。さすがラッソーです。
そういう威厳を取り戻すためにも、ファンとしてはもうちょっと痩せてシャキっとしてほしい。『マイティ・ソー』シリーズの新作ではゼウスを演じるなど仕事もたくさんあるようなので、ぜひとも頑張ってほしいです!
※次回は6/8(火)に掲載予定です。
文:渡辺麻紀
Photo:AFLO
(C)2021 SOLSTICE STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.
(C)PUNK SPIRIT HOLDINGS PTY LTD, CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION, ASIA FILM INVESTMENT GROUP LTD AND SCREEN AUSTRALIA 2019