風の電話とは、岩手県大槌町の海辺の丘に設置された“電話線がつながっていない電話”のことだ。東日本大震災で亡くなった人、もしくは行方不明になった人への気持ちを伝えるため、多くの家族らがこの電話ボックスを訪れる。はたして、この実在の題材がいかに映画化されるのか。そんな興味に駆られて鑑賞したものの、待てども待てども風の電話は出てこず、セリフでさえも語られない。それでも目が離せないのは、主演女優のモトーラ世理奈が驚くべき吸引力をみなぎらせているからだ。 3.11で耐えがたい喪失を経験し、荒廃した世界をあてどなく漂流するハルという役どころ。そんな幽霊のように生気を失った少女が、幾多の出会いを重ねる旅の果てに、ついにアクシデントのように風の電話へとたどり着く。まさしく突如として“風”がスクリーンをざわめかせるそのクライマックスには、映画にしか為しえない、理屈を超えた心震わす瞬間が待っている。