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コロナ失業でマスク転売に手を染める人もーー“年収100万円で生きる”人々の現実

リアルサウンド

20/5/19(火) 18:01

 本書を読んで、自分が如何に勉強不足であったかを思い知らされた。吉川ばんび著『年収100万円で生きる-格差都市・東京の肉声-』は『日刊SPA!』で連載されていた「年収100万円シリーズ」を書籍化したものである。一言に貧困と言っても、そこには様々な暮らしぶりがある。想像していたよりも遥かに厳しい現実に、読み終えたあと言葉を失った。社会から隔絶され、ごくわずかなお金で生きる彼らから、目をそらしてはいけないと強く感じた。

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 本書には家を持たずに生活をする人が数多く登場する。トランクルームで生活する人、母の遺骨を抱えながら車中泊を続ける人、深夜のマクドナルドで100円のハンバーガーと水を手に夜が明けるのを待つ人。家がないと、定職に就くこともままならない。非正規雇用の期間が長くなればなるほど、正社員への道のりは長くなる。負のスパイラルから抜け出すことは困難だ。

 家があっても貧困に喘ぐ人もいる。Iターンで就職したものの田舎の生活に馴染めなかったサラリーマン、リストラされた夫のDVに耐え切れず逃げだした主婦、客がつかない熟女風俗嬢。家があっても心の貧しさからはなかなか解放されない。

 貧しさを訴えることは恥ずかしいことではない。理解はしていても、自分が十分なお金を持っていないことを伝えるのには強い抵抗がある。私自身、アルバイトをしていた学生時代も、社会人として働き始めてからも、お金がなくて困っているときに家族や友人に「お金がない」となかなか言えなかった(特に友人の結婚式が重なった20代半ばは本当にお金がなかった。)。このプライドを捨てられない限り、私も彼らのような貧困に陥ってしまう可能性はゼロではないだろう。

 しかしながら、貧しさを行政に訴えたのに生活保護がおりなかった人もいる。本書に登場した道の駅で車中泊をしている男性は母親の介護のために購入した車がアダとなり、生活保護をもらえなかった。資産がある、まずは家族に助けを求める。行政は簡単に言うが資産価値がほとんどない家屋や車を売ったとしても微々たるお金にしかならないし、残念ながら大変なときに助けてくれない家族もいるし、そもそも生活保護を申請する人たちは結構な割合で家族と縁が切れている。理解してもらいづらい病気に苦しみ、長期労働が難しい人もいる。

 にっちもさっちもいかない人が多い中で、特に印象的だったのはマスクの転売でお金を稼ぐ男性だ。ホテルの従業員だった彼は新型コロナウイルスの流行で失業してしまい、市場価格が高騰したマスクを転売して生活費に充てている。今後はアルコールジェルの転売にも力を入れていくつもりだと言い、そのためにすでに商品を大量に仕入れている。必要以上の量を買い、他人に高額で売り付けてその差額を懐に入れる転売は悪以外の何物でもないのだが、この章を読んで、私は善悪の境目がわからなくなってしまった。ウイルスの流行でどんな人も多かれ少なかれ生活の苦しさを感じている今、彼のように暴走する人は今後も増えていくだろう。少し前まで普通に仕事をして普通に生活していた人がそういった行為に手を染めている。その事実が、ウイルスが流行る前の日常から遠く離れたところにきてしまったことを再認識させる。

 生活苦の人たちの話を立て続けに聞いて心が落ち込みそうになるが、最後には一筋の光が見える。最終章では、著者である吉川ばんびの半生が語られていく。阪神淡路大震災で家を失い、大学に進学しようとしたら家計を支えてほしいと親から大反対され、新卒で入った会社でも体調を崩して退職を余儀なくされる。

〈「生まれついた家庭が貧しかったこと」は、本当に自己責任だろうか。固定化された格差から這い上がれないのは、努力が足りないせいだろうか。あなたが今、生活に困窮していないのは、本当にすべてが「あなた個人」の努力の賜物だろうか。〉

 著者は決して諦めなかった。貧しい人たちの声に耳を傾け、記事にした。最終章に綴られている、自らの経験に基づいた言葉にはずしんとくる重みがある。事実を知ってほしいという叫びを、看過してはいけないと思った。

(文=ふじこ)

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