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佐々木俊尚 テクノロジー時代のエンタテインメント

リアリティショーを想起させる麒麟・川島明のラジオ新番組を聴いて、考えたこと

毎月連載

第30回

この秋から始まったTOKYO FM/JFN系列のラジオ番組『SUBARU Wonderful JOURNEY~土曜日のエウレカ~』を聴いた。お笑いコンビ「麒麟」の川島明がパーソナリティで、毎回のゲストが想い入れのある土地に一緒に想像の旅に出るという設定。

私が聴いたのは10月24日の回で、タレントの小堺一機が子供時代にお笑いというものに初遭遇した1964年の浅草や、伝説的なテレビ番組「ぎんざNOW!」が生放送されていた1977年のスタジオ「銀座テレサ」などを訪問するという内容だった。

この番組の構成が興味深い。メインは川島明と小堺一機のトークだが、それを支える形で、トークする舞台がエウレカドライブコーポレーション(EDC)という架空の会社が運営する自動車の中と仮定されており、車載AI(人工知能)のナビゲーター・マイアや、自動車のメンテナンスを行うEDC専属エンジニア・中島一郎、車内で聴くラジオのパーソナリティ・DJ小黒などが登場する。

つまりはトークというメインコンテンツと、それを支える自動車関連の人たちというサブコンテンツの二重構成になっている。メインとサブは基本的に切り離されており、物語空間としては交わっていない。この構造はどこかで見たことがあると感じ、思い出したのはプロレスラー木村花さんの自殺という悲劇的な事件で打ち切りになってしまったリアリティショー『テラスハウス』だった。

『テラスハウス』では、シェアハウスで暮らす複数の男女の物語がメインコンテンツとなり、それを支えるかたちでスタジオでのタレントたちのやりとりがサブコンテンツとして存在している。メインコンテンツについてスタジオのタレントたちが解説することで、「いまメインコンテンツで起きている物語はどういう意味を持っているのか」という解釈が固定されていく。

ここでスタジオのタレントのひとりが木村花さんの行為を批判したことが、彼女に対する視聴者の見方が固定することになり、SNSでの彼女への非難の嵐となって悲劇を引き起こしたと言われている。サブコンテンツがメインコンテンツの解釈装置になっており、「木村花さんの行為をどう解釈するか」がスタジオのタレントに誘導されるしくみになってしまっていたのだ。

これは諸刃の剣である。以下説明しよう。

サブコンテンツがメインコンテンツの解釈装置となることで生じる問題点とは?

インターネットの時代になって、コンテンツの生産量は飛躍的に増加した。短期間に多くのコンテンツが消費されるようになり、ひとつのコンテンツをじっくりと噛みしめるように楽しむという「集約的消費」のスタイルから、テレビのチャンネルをザッピングするようにさまざまなコンテンツを横断的に楽しんでいくという「拡散的消費」のスタイルへと変化してきている。

そうなるとどうしてもひとつのコンテンツに対する消費者の理解度は浅くなる。この理解度を高めるために、メインコンテンツをサブコンテンツで支え、サブコンテンツ側でメインコンテンツの意味を解説していくようなスタイルが一般的になってきている。テラスハウスのスタジオ部分がそうだし、同様の手法は他のテレビ番組でもよく見かける。じっくりと作られたドキュメンタリ映像にスタジオ解説が挟まれ、ドキュメンタリ映像の片隅につねにスタジオ出演者の表情がワイプ(小窓)で表示されるという手法がそうだ。

ラジオ番組「土曜日のエウレカ」も、このスタイルに則っていると言えるだろう。メインコンテンツである川島明のトークを支え、物語をわかりやすく伝えるためにサブコンテンツの「車内」が提供されているという構図だ。

これらはたしかにメインコンテンツのコンテキスト(文脈)を解説し、物語にすっと入りやすくするという意味で、コンテンツが拡散的に消費される時代にきわめて適合している。しかし同時に、テラスハウスの悲劇的事件で顕わになったように、物語の読解の多様性を失わせ、ひとつの読解のありようだけを観る者に押し付けてしまうという問題も生じる。ゆえに諸刃の剣になってしまっているのだ。

このスタイルが今後も定着していくのか、それともメインコンテンツそのものが、拡散的消費に適合してまったく新しい形に変容していくのか。このあたりもテクノロジー時代において注目しておきたいエンタテインメントの課題である。

プロフィール

佐々木俊尚(ささき・としなお)

1961年生まれ。ジャーナリスト。早稲田大学政治経済学部政治学科中退後、1988年毎日新聞社入社。その後、月刊アスキー編集部を経て、フリージャーナリストとして活躍。ITから政治・経済・社会・文化・食まで、幅広いジャンルで執筆活動を続けている。近著は『時間とテクノロジー』(光文社)。

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