海外映画取材といえばこの人! 渡辺麻紀が見た聞いた! ハリウッド アノ人のホントの顔
デヴィッド・フィンチャー
連載
第46回
── ついに東京にも2度目の緊急事態宣言が出され、映画館も営業は20時までということになりました。だからというわけでもないんですが今回はNetflixの配信作品からデヴィッド・フィンチャーを選んでもらいました。彼の『ゴーン・ガール』(14)以来6年ぶりの新作『Mank/マンク』が昨年末から配信されています。オーソン・ウェルズの映画史に残る傑作『市民ケーン』(41)の脚本を書いた“マンク”ことハーマン・J・マンキウィッツを描いた作品ですね。
渡辺 『マンク』はフィンチャーの実父ジャック・フィンチャーの脚本の映画化です。フィンチャーが『エイリアン3』(92)を手がける前からお父さんが抱えていた企画なので、構想30年くらいじゃないでしょうか? お父さんは2003年に亡くなっているから、その後はフィンチャーがずっと抱え込んでいたことになる。まさに入魂ですよね。
── それはとんでもなく長いですね。なぜそんなに時間がかかったんですか?
渡辺 『市民ケーン』製作当時の映画のように作りたかったから、映像はモノクロに、録音もモノラルにしたかったため、各映画スタジオからOKが出なかったようです。Netflixとは、同社がスタートした『ハウス・オブ・カード 野望の階段』(13~18)のときから友好的な関係を結んでいるのでゴーサインが出たんじゃないでしょうか。今やNetflixは監督たちの駆け込み寺状態ですしね(笑)。
── 渡辺さんは『マンク』、お好きなんですか?
渡辺 一度、観たときは情報量が多すぎてついていけなかったんですが、2度目を観てその面白さにやっと気づいたという感じです。今では大好きな作品で、もしかしたらフィンチャーのマスターピースかもしれないと思っているくらいです。
── それは大絶賛じゃないですか。
渡辺 というのも、『ゴーン・ガール』でインタビューしたとき「映画はパーフェクトを目指せるメディアで、ドラマはキャラクターを掘り下げられるメディア。どちらもゴールが違うから面白い」と言っていたんですよ。なるほどなーと思ったんですが『マンク』はそのふたつを同時に追求できた作品なんじゃないかと思ったんです。ワンシーンワンシーンを緻密に創り上げ、マンクというキャラクターを徹底的に掘り下げているからです。
マンクはフィンチャー映画の中で1、2を争うほど魅力的なキャラクターですからね。彼が口にするセリフがいちいちイイし、演じているゲイリー・オールドマンも素晴らしいですよ。
この作品でもインタビューをしたんですが、セリフのほとんどは、実際にマンクが口にしたものだそうです。フィンチャーは30年をかけて、入念なリサーチを続けていたんですね。そうしている間に「マンクを大好きになった」とも言っていました。そういう“愛”はめちゃくちゃ伝わります。
それにゲイリーとはずいぶん前からの知り合いで、いつか一緒に仕事をしようと言っていて、今回やっと実現したようです。
ちなみに彼らには因縁みたいなのがあって、ふたりともドーニャ・フィオレンティーノという女性と結婚していた。モデルからフォトグラファーになった人で、最初にフィンチャー、彼と別れた数年後にゲイリーと再婚していて、フィンチャーとの間には娘、ゲイリーとの間には息子がふたりいるんですって。
かなりのクセモノらしく、フィンチャーは『ゴーン・ガール』を撮るとき、彼女のことをかなり意識したと言われているくらいです。きっとゲイリーとは「アイツにはお互い、苦労させられたなあ」とかしみじみ話していたのかもしれない(笑)。
── それ、インタビューのときに聞いたんですか?
渡辺 まさか、そんな恐ろしいこと聞けません。映画を観ていると想像できるでしょうが、フィンチャーはイジワルで、わりと上から目線の人。だから、インタビューも入念に下調べしていかないと、取り合ってもらえない感じがするんです。しかも、気分屋なイメージもあるので、映画以外のことは絶対、聞けません(笑)。
── 初めてのインタビューはいつだったんですか?
渡辺 『ゲーム』(97)で初来日したときです。このとき、『エイリアン3』が好きだったみたいなことを言っちゃったので、とても不機嫌になり、修復するのが大変でした。
「長編を撮るのは初めての27歳の若造にとって、製作費6000万ドルというのはとてつもなく大きい。そもそも僕を雇ってくれたのは、僕のアイデアを気に入ってくれたからなのに、それを反映させるには金がかかりすぎると言われ、ハンパな感じでしか使わせてもらえなかった。でも、僕としてはあの過酷な状況で映画を完成させられたことは誇りに思っているんだけど」
「この現場で学んだことはたくさんあるが、その中でも一番大きなことは“彼らのゲームをどうプレイするか?”それが後々に役立ったと思う」
そんなことを言っていました。
── 『ゲーム』についてはどう言っていたんですか?
渡辺 それが、読み直してみるとほとんど『ゲーム』の話は聞いてないんですよ(笑)。でも、映画作りのこだわりや信条については聞いていたし、すごく熱っぽく語ってくれました。
映画はやはりお父さんが好きだったようで、いつも一緒に行っていたそうです。フィンチャーの言葉で言うと「うちの家族が揃って何かするときは、決まって映画鑑賞だった。というか、映画鑑賞しかしていないくらい。僕自身も、人と一緒に何かするのは映画だけ」と、このときからかなりの偏屈っぷり(笑)。だから「映画監督になるということ以外、人生の選択はなかった」とまで言ってましたね。
── フィンチャーはCMやミュージッククリップから映画の監督になったんですよね?
渡辺 その前にILMに4年在籍して「ゴーモーションのカメラオペレーター」をやって経験を積み、またその前には『イウォーク・アドベンチャー』(84)などの監督ジョン・コーティの下でアニメを学び、彼のアニメーション作品『Twice Upon a Time』では「フォトグラフィックエフェクトをやった」そうです。
もっと遡ると「カリフォルニアの小学校は自分でカリキュラムを選べるから、僕は映画作りと絵画を選択した。高校はオレゴンだったせいか、映画作りというカリキュラムはなかったので演劇と写真を専攻した」。それから大学には行かずに実践で経験を積んでいったわけです。「僕の野心は映画監督。すべてのことを、まるでスポンジのようにどんどん吸収していった」そうです。
── 監督を目指すきっかけになった作品はあるんですか?
渡辺 それがちょっと意外なんですが『明日に向って撃て!』(69)なんですよ。「8歳のときに観て、すっかり夢中になり、このとき映画監督になると決めた」と言ってました。
私もこの映画は大好きで、思わず「私も大好きです!」と言ったら、「君は何度観ている?」と聞き返され「劇場で20回くらいです」と答えたら「僕は200回だから」と自慢されちゃいました(笑)。
── マウンディングされたんですね(笑)。
渡辺 そうそう(笑)。『明日に向って撃て!』についてはこう言っていました。
「ハリウッド映画の中でも軽いコメディと思われがちの映画だけど、すべてにおいて素晴らしい選択をしている映画だと思う。イーディス・ヘッドの衣装、コンラッド・ホールのカメラ、バート・バカラックの音楽、もちろんジョージ・ロイ・ヒルの演出、すべてがパーフェクトだ。フレームを超え、あの世界が存在しているんだと思わせるリアリティがある。僕は、観客にお金を払わせる以上、その世界に浸ってほしい。映画という力強いメディアはそれができると思うし、しなくてはいけないとも思っている」
ちなみに「(ロマン・)ポランスキーの『チャイナタウン』(74)も『ローズマリーの赤ちゃん』(68)も大好きだったけど、やっぱり『明日に向かって撃て!』なんだ」そうです。
── なるほど。
渡辺 コンラッド・ホールは2003年に亡くなりましたが、彼の息子のコンラッド・W・ホールも撮影監督をやっていて、フィンチャーは『パニックルーム』(02)のとき、ケンカ別れしたダリウス・コンジィの代わりに彼を起用していました。息子の方のホールは『セブン』(95)でカメラオペレーターをやっていて、撮影監督デビュー作は『パニックルーム』なんですよ。きっとお父さんの話をいろいろ聞いたんじゃないでしょうか。
── フィンチャー、映画一直線で素敵ですよね。
渡辺 そうです。だから、私も大好きな監督のひとりなんですが、いろいろと問題発言もあって、めんどくさい人でもあるんです。『ソーシャル・ネットワーク』(10)のときは、役者という職業を軽く見ているようなかなりキケンな発言をしてましたね。この話をすると、また長くなっちゃうので、今回はこのくらいで。フィンチャーはNetflixと4年間の独占契約を結んだようなので、次の作品まで6年も待たされることはないでしょうから。
ちなみに、彼のインタビューで驚いたのは「記憶力はとてもいい。生後7カ月のときにデンバーで見た稲妻を覚えているくらいだから」と言っていたことです。
── それはにわかに信じがたいですが。
渡辺 いや、この言葉がウソじゃないと思わされてしまうのが、フィンチャーなんですよ(笑)。
※次回は1/26(火)に掲載予定です。
文:渡辺麻紀
Photo:AFLO
『Mank/マンク』Netflixにて独占配信中
一部劇場にて上映中