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宇多田ヒカルが語る、“二度目の初恋” 「すべての物事は始まりでもあり終わりでもある」

リアルサウンド

18/6/27(水) 8:00

 今年、デビュー20周年イヤーに突入した宇多田ヒカルが、通算7枚目となるオリジナルアルバム『初恋』をリリースする。

(関連:宇多田ヒカル、新作『Fantôme』を大いに語る「日本語のポップスで勝負しようと決めていた」

 これは彼女のディスコグラフィにおいて、初の日本語を冠したアルバムタイトルであり、今なお愛聴されている、1999年の彼女の1stアルバム『First Love』を想起させるタイトルでもある。

 急逝した実母に捧げられた前作『Fantôme』から1年9カ月。リアルサウンド二度目の登場となる今回のテキストでは、アルバム完成直後に行われたオフィシャルインタビューから、今作の制作風景や参加アーティストに特化した発言を中心に構成した。

 前作から、さらには衝撃的だった1998年のデビュー時から今日までの間で、彼女の中で変わったこと/変わらないこととは何なのか。そして20周年というひとつの節目を、いまどのような心境で迎えているのか。

 “二度目の初恋”を迎えた彼女に、現在の率直な思いを聞いた。(内田正樹)

■「恋の始まりとも終わりともとれるように書いた」
――アルバムタイトルの『初恋』は、1stアルバムの『First Love』を想起させますね。

宇多田ヒカル(以下、宇多田):自分でも象徴的なアルバムタイトルになったと思います。もちろん、『First Love』と『初恋』の間にはいろいろな流れを経ているんですけど、その一方で、私としては特にスタンスを変えたつもりもなく、むしろデビューの頃から今まで、自分が歌っている主題は、基本的にあまり変わっていないと思っていて。そうした想いの中で、かつての『First Love』からの今回の『初恋』という対比が、自分の中ですごくしっくりときました。

――その主題をあらためて言葉にすると?

宇多田:人は生きていく上で、最終的には他者との繋がりを求めますよね。浅いものから深いものまで。その関係性の築き方には誰しもモデルがあって、それはやっぱり最初の原体験というか、自分を産んでくれた人なり、面倒を見て、育ててくれた人たちとの関係だと思うんです。それがその人の一生の中で、おそらく多くの場合は無意識に作用して、他者との関係性に影響していく。その無意識の影響を紐解いては、「何故なんだろう?」と追求したり、時には受け入れようとしたりする。それが私の歌詞の大体のテーマだと思うんです。

――アルバムは「Play A Love Song」から始まります。この曲の歌詞の一部は、ご自身も出演している清涼飲料水のCM撮影の際に訪れた雪原で浮かんだそうですね。

宇多田:雪の中にいたせいか、〈長い冬が終わる瞬間〉というのがぱっと浮かんで。『Fantôme』には喪に服しているような緊張感があったけれど、今回はそこからの雪解けというか、春が訪れたような生命力や開放感みたいな方向へ向かっていたので。これは今回のすべての曲に通じるんですが、〈長い冬が終わる瞬間〉というのは、それが良かろうが悪かろうが、“すべてはいずれ終わる”という考えに繋がっていて。“諸行無常”という分かり易い仏教の言葉があるけれど、それを理解して受け入れることというのは、そんなに簡単なことじゃないよねっていう。今回はそういう思いが詰まったアルバムでもあります。

――そう思いました。いくつもの“始まり”と“終わり”が詰まったアルバムだなって。

宇多田:そう感じてもらえたらうれしいです。たとえば「初恋」という曲も、恋の始まりとも終わりともとれるように書いています。初恋というのは、それを自覚した瞬間から、それ以前の自分の終わりでもあるので。

ーー「Play A Love Song」の英語の差し込み方からは、『Fantôme』以前のポップさが思い出されました。

宇多田:自分でも久々に言葉の響きや語呂遊びで“遊べた”気がします。たとえば紐を緩めることを「遊びを持たせる」と表現するじゃないですか。今回の自分の作風や気持ちって、それに近いというか。着物の帯をちょっと緩めて、息を深く吸うような感じで詞曲に臨むことができました。

――ちなみに前作『Fantôme』時のインタビューでは、制作の前中後に、Rhye、Hot Chip、ディアンジェロ、Atoms For Peace、This Mortal Coil、ジュリー・ロンドンなど「トラックが少なくて聴きやすいものを好んで聴いていた」ということでしたが、今回、よく聴いていたアーティストはいましたか?

宇多田:今回、そういうのは特になかったですね。でも好きで何度も聴いていた曲はいくつかありました。折坂悠太さんの「あさま」という歌には衝撃を受けました。

――「初恋」は、『花より男子』(TBS系)の続編テレビドラマ『花のち晴れ~花男Next Season~』のイメージソングです。

宇多田:『花のち晴れ』の原作を読んであらためて気付かされたんですが、神尾葉子さんの作品は、一見、恋愛が繰り広げられる学園もののようで、実は年齢性別を問わない社会や他者との関わり方、本質的な意味での自分との闘いのプロセスが描かれているんですよね。私、本来、少女マンガってあまり得意じゃないんですけど、神尾さんの作品はだから好きなんだなって。それに気付いたら、曲も歌詞もどんどん膨らんでいきました。

――かつて「First Love」という曲を書いた宇多田ヒカルが、いま“初恋”を描くとこうなるのか、という考察においても興味深い一曲です。

宇多田:そうやって比較ができること自体、面白いですよね。

――今回は大半の曲のドラムを、クリス・デイヴ(※アデルやエド・シーラン、ディアンジェロの作品に参加)が叩いていますね。

宇多田:「誓い」という曲の一部が『KINGDOM HEARTS Ⅲ』のトレーラーで公開された時、「リズムの取り方がわからない」、「どういう拍子だか理解ができない」という反応が多かったんです。私自身は、ごく普通で単純な、心地の良い6/8拍子のつもりだったんで、それはとても予想外な反応でした。それであらためて、自分がすごくスウィングを付けていることや、そこに細かく刻んだハイハットがさらにノリを複雑化させていること、ドラムとピアノが溜めたり突っ込んだりしていることが、実は独特なノリで、誰にでも感じられるものではないんだなと気付かされて。ドラムがクリスじゃなかったら、この曲は成立しなかったかもしれない。「Forevermore」もそうでしたね。私一人のプログラミングで済ませていたら、決してここまでの熱量にはならなかった。

■「「夕凪」は「人魚」の続編みたいな曲」
ーークリスのプレイは、分かり易い派手さこそないけれど、ドラムのテクニックとしては、ものすごくハイレベルかつド変態なプレイですよね。

宇多田:そうそう(笑)。ちょっとしたニュアンスのプレイでものすごい変化を与えてくれるんです。そういえばクリスにレコーディングを依頼するきっかけとなった曲が「誓い」でした。デモができて、ミュージシャン仲間に聴かせていたら「クリス・デイヴって知ってる? 合いそうだよ?」と言われて。意識して聴いてみたら、彼の遅れ気味なノリ方が好きで。私も、と言うのも恐縮なんですけど、私がデモでドラムをプログラミングする時の遅れ方と似ていたんです。売れっ子だから無理かな、と思いつつ声をかけてみたら、快く引き受けてくれて。他の人はみんなヨーロッパ勢でしたが、彼だけ毎回アメリカから駆けつけてくれました。

――これは個人的な感想なのですが、「Forevermore」の〈愛してる、愛してる〉の後に続く〈それ以外は余談の域よ〉という歌詞に、力強さであり、現在の宇多田ヒカルが持つ作詞の凄みを感じました。

宇多田:うれしいです。『Fantôme』の時、「自分の中でのセンサーシップ(検閲)を取り払った」というお話をしましたが、センサーシップが外れた自分と向き合って曲を作ることが、いまの私にとっての成長というか。だからこの行も、自分で読んで「うんうん、そうだよね」って頷いていましたね。

――「Too Proud featuring Jevon」は端的に言うと“セックスレス”について描いているという解釈で合っていますか?

宇多田:そうそう。それを男女両方の目線から描いた曲です。

――このモチーフに着手した動機とは?

宇多田:これって夫婦に限らず、恋人間でも起こる話で、特に私が書きたいと思った理由のひとつが、もちろん海外でも全くないわけではないんですが、“特に日本で多い”という事実を知ったからでした。これ、海外で話すと、「何でそうなるの?」っていう反応なんですよ。だから日本語の歌として書くことに意味があるなって。しかも以前に観たドキュメンタリー番組から、日本の若い人たちの間でもかなり多いと知って、なおさら探求してみたくなりました。そこから日本で色濃い理由を突き詰めてみると、それは“臆病さ”であり“拒絶されることへの恐れ”なのかなって。

――なるほど。

宇多田:セックスに限った話ではなくて。ある程度の自尊心が確立されていれば、仮に信頼している相手から、意図的ではなくとも、傷つけられたり、一時的に受け入れられなかったりしても、そこで「自分に価値がないからだ」とか「もう駄目だ」なんて思わず、また相手に向き合えると思うんです。でも、そこに怖さを強く芽生えさせてしまう空気が、どこかいまの日本にはあるような気がして。失敗することへの恐怖心とか、すごいじゃないですか。“一度挫折したらもう終わり”みたいな雰囲気とか。

――それもまた“他者との関係性”ですね。

宇多田:そうそう。以前までは例のセンサーシップのせいで、発端が家族間のトラブルとか悲しい思いだったとしても、恋愛の歌にしてみたり、自分なりに隠していたんです。でもいまはこういった曲が自由に書けるようになりましたね。

ーーラップで参加しているJevon(ジェイボン)について教えてください。

宇多田:ブラジル系のルーツを持つイギリス育ちのラッパーです。この曲にはラップが入ったら面白いと思ってラッパーを探していたんですけど、なかなか上手くハマらなくて。それで自分がセンスを信頼している周囲の人たちに「最近、誰か好きなラッパーいない?」と聞いたら彼の名前が挙がって。適度にやんちゃなんだけど、品性もあるところが気に入って、ほとんど直感でオファーしました。

ーーさらにこの曲ではプログラミングで小袋成彬さんが参加しています。

宇多田:私、サンプル音源とかエフェクトに対するこだわりやオタク精神が本当に乏しくて、10年ぐらい前で止まったままなんですよ(笑)。反対に小袋くんはそういうのをたくさん触ってきている人なので、ちょっと手伝ってもらいました。

――「パクチーの唄」は、「ぼくはくま」以来の衝撃作というか……。

宇多田:実は10年くらい前から温存していた曲でして(笑)。でも、そこからどう曲に仕上げたらいいのかがずっと分からなかった。で、これも小袋くんが参加しているんですが、彼との制作のやりとりの中で、ある日、世間話からこの曲の話になって、歌って披露したんですよ。そしたらもう、「は? 何言ってるの、こいつ?」という無言の表情が返ってきて(笑)。でも「ずっと真剣に悩んでいるんだけど」と話したら、その後、「こんな感じのコードとかどうなの?」というのを投げかけてくれて、ようやく完成に至りました。

――ちなみにどうして“パクチー”だったんですか?

宇多田:単にパクチーを食べるのが好きで、カレーとか鍋とかにいっぱい入れていたから。「ぼくはくま」と同じようなノリですね。書いた時期も近かったかもしれない。すごく気に入っています!

――「残り香」は20年のキャリアと30代という年齢があってこそ書けた艶っぽさだと感じました。

宇多田:たしかに30代感のある歌詞かも。〈ワイン〉なんてこれまで使ったことなかったし。

――「残り香」の喪失感から「大空で抱きしめて」の浮遊感へと続いていく曲順の流れが絶妙ですね。

宇多田:今回の曲順でも特に最後の4曲の順番はよく考えました。「大空で抱きしめて」は自分の曲の中でも珍しいぐらいに、前半と後半でがらっと雰囲気が変わるんですが、その転換を演出しているのがストリングスです。違う世界へと誘うような感じで、やはりストリングが目立つ「夕凪」、「嫉妬されるべき人生」へと続きます。夢の世界のような、あの世のような、またはその中間にあるような場所みたいなイメージですね。

ーーその「夕凪」が、今回、最も作詞で悩んだ曲だったそうですね。

宇多田:この曲を入れないで11曲にするかというところまで悩みました。本当は『Fantôme』に入れようと思っていたんですが、上手く書けなかったので。

ーーたしかに「人魚」(※『Fantôme』収録)の姉妹曲のようだと思いました。

宇多田:実際、これは「人魚」の頃まで自分を戻して、その延長で書かなきゃ駄目だと覚悟しました。そうじゃないと本来在るべき姿まで曲を持っていけないなって。〈小舟〉や〈波〉という水回りのイメージもあったので、結果としても「人魚」の続編みたいな曲になりましたね。

■「いまの私が書ける“至上の恋”を描く、究極のラブソング」
ーーラストの「嫉妬されるべき人生」は今作の中でも小説的な要素がより色濃い歌詞です。

宇多田:パーソナルなようでいてフィクション性の強い、私小説のような歌詞ですよね。時折、「この歌詞は実話ですか?」と問われることがありますが、それって私からすれば「今日の下着の色は?」と聞かれるのに近い感覚というか。歌詞がすべて事実に基づいているかどうかなんて、楽曲を評価する上においてどうでもいい話だと思うし、たとえ発端は事実だったとしても、パーソナルさが増せば増すほど、同時にフィクション性も増していくものですからね。

――それは最近の雑誌の取材でも話していた、宇多田さんにとっての“私小説”の定義ですね。この曲では、やはり私小説の味わいが色濃かった「真夏の通り雨」(※『Fantôme』収録)における「40代の一人暮らしの女性がいて」といったような設定は事前に設けていましたか?

宇多田:日本人の平均寿命から、7、80歳ぐらいの老夫婦を設定して、片方が片方を看取る様子から、二人の出会いまで遡りました。出会って、絆が深まった時、すでに数十年後の死別の時を思い描いて、これが最初で最後の恋という気持ちでいる。いつか来る死別の瞬間さえも愛おしく思い描いているという、私にとっての理想型とも言えるカップルをイメージしました。愛とはまた異なる、いまの私が書ける“至上の恋”を描く、究極のラブソングにしようと思いつきました。

――つまり喪失によって完全なる幸福が完成する?

宇多田:そう。たとえば「愛してる」と言ったとしても、その気持ちは明日どうなるかわからないし、永遠かどうかなんて証明のしようもない。だから究極のラブソングを考えた時、死をもって完結するというところに行き着いて。そこに思いを馳せてみたくなりました。

――あらためて、この『初恋』は宇多田さんにとってどんなアルバムになりましたか?

宇多田:制作の最後に「夕凪」の歌詞が書けた時、すべての物事は始まりでもあり終わりでもあるんだという思いが、一気に収束するような達成感を強く感じられてほっとしました。『Fantôme』とはまた違った重さを備えた、これまでで最もパワフルなアルバムになったと感じています。

――では最後に “デビュー20周年”という節目についての思いを聞かせてください。

宇多田:デビューした直後は、あまりの環境の変化と予想外の副作用みたいなものを受け入れるのがすごく大変で、それなりに苦しみました。『First Love』でブレイクした後、リビングで母親に「こんなことになると思わなかった。辞めたい」って言ったら、「ああ、じゃあ辞めたら?」と返されたのが、もう20年前になるんだなって。いまとなっては“感慨深い”としか言いようがないんですけど、そこから何だかんだとよくこんなに続きましたよね。でも、結局は音楽を作る……つまり、作詞・作曲をする、歌うっていう行為によって生かされてきたんだなあとも言えるので、「こうするしかなかったんだな」って。20周年という節目を、生きて迎えられて良かったなって思っています。(取材・文=内田正樹)

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