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佐野元春を成立させるクリエイティブのかけら

佐野元春 & THE COYOTE BAND結成以来、最初の クリエイティブなピークを迎えたアルバム『BLOOD MOON』

全14回

第13章

30周年記念ツアーを締めくくるスペシャルイベント「'ALL FLOWERS IN TIME' 大阪」(2011年3月6日・大阪城ホール)

2011年3月11日。東日本大震災。誕生日を目前に控えたその日、佐野は都内のホテルにいた。翌日には東京国際フォーラムで30周年アニバーサリーツアーを締めくくる大々的なコンサートが控えていた。

自分はライブに備えてすぐ近くのホテルに滞在していた。人々は今どんな状況にあるのか。何を感じ、何に怯えているのか。僕は徐々に事態を把握しながら、その時点で表現者として何ができるだろうかと考えた。多くの滞在客が去ったホテルはがらんとしていた。気持ちを落ちつかせたかったのか、自分はホテル内のプールに向かった。プール室内の灯りは消え、誰もいなかった。薄暗い闇の中、冷たい水に身体を浸した。しばらく瞑想するうちにイメージがあふれてきた。それを言葉で書き留めた。のちに「それを「希望」と名づけよう」という詩にまとめた。

30周年記念コンサートは中止となった。震災を意識した力強いメッセージを込めた詩「それを「希望」と名づけよう」は、3月13日、佐野のオフィシャルサイトで公開されるとまたたくまに拡散した。数日のうちにニュースやTV番組など複数のメディアで取りあげられ、多くの人々の心を揺さぶった。

この詩に触れたひとたちから賛否を含む多くのコメントをいただいた。詩という表現は形骸化してしまい、力を失ったように思っていたけれど、実はそうではないと知った。創作を通じて不可解な現実を乗りこえる、ソングライティングにはまだその力が残されている。そう強く思った。

30周年を締めくくる「'ALL FLOWERS IN TIME' 東京」の振替公演は6月に行われた。場所は東京国際フォーラム。バンドはThe Hobo King Bandを中心に、THE HEARTLANDからギター長田進が参加した。広い世代のファンに向けた名曲の連打は「サムデイ」の盛大なシンガロングへとつながった。たびたびのアンコールの後、佐野は観客にこう話しかけた。

「音楽がなくても生きていけるけど、音楽があったおかげで、見える景色が広がった。若葉のころからはじめた音楽で、得たり、なくしたりをくり返しながらここまでやって来た。僕の音楽を愛してくれてありがとう」

佐野のライブヒストリー屈指の名スピーチだった。

30周年を経てもなお、佐野は新たな言葉と表現を追い求め続ける。その精神性は2013年3月にリリースされた5年ぶりのオリジナルアルバム『ZOOEY』でまさしく体現された。

自分で言うのは野暮だけれど、このアルバムを作っていたとき、ひどく傷ついていた。ひとはどんなにあがいても抗いきれない運命というものがある。それを受け入れるのは諦めと言ったらいいのか寛容と言ったらいいのか。このアルバムにはそんな思いが込められている。

このころから新しいソングライティング方法が身についてきた。言葉とメロディの一体化だ。理想はSing Like Talking、「しゃべるように歌う」。自分の理想とするスタイルに近づいた。

何よりうれしかったのは、このアルバムでTHE COYOTE BANDのアイデンティティが確立したことだ。それまでのライブの経験が生きて、唯一無二のバンドサウンドになった。

「虹をつかむ人」、「La Vita é Bella」「愛のためにできたこと」、「ポーラスタア」、そして「Zooey」。『ZOOEY』アルバムからは、新たなメソッドによって佐野が獲得した新たなロマンチシズムが感じとれる。

そう聴こえるのは愛の歌が多いからだろう。テーマは「愛と憎しみ」、その二律背反だ。自分の年齢に合ったラブソングを書いた。愛に傷ついたことがあるひとや、若くても感受性が強い人なら、きっとこのアルバムを気に入ってくれると思う。

この年の12月30日、ロックンロールの先達であり盟友でもある大瀧詠一が急逝する。

その日の夜は年末のフェスに出演していた。自分が尊敬する人はスーパーな存在であり、どこかで勝手に「ずっと死なない」とイメージしているものだ。僕は訃報を受けてうろたえた。

その夜のフェスでは追悼の意を込めて、僕とバンドは急遽「ポーラスタア」を演奏した。そこに集まっていた多くの若い観客にどこまで通じたかはわからない。

大滝詠一は亡くなった。でも彼はポーラスタア(北極星)になって僕らを見守ってくれている。そう伝えたかった。同時に、自分自身にもそう言いきかせた夜だった。

明けて2014年は、80年代の名盤『VISITORS』リリースから30年目の年だった。この年、佐野元春はフジロックに出演して『VISITORS』アルバムの再現ライブをおこない、アニバーサリーエディションをリリースした。ニューヨーク再訪の模様は『名盤ドキュメント 佐野元春“ヴィジターズ”~NYからの衝撃作 30年目の告白~』としてNHK BSプレミアムにて放送された。本連載では『VISITORS』を、佐野元春の本質が最も顕在化したアルバムと位置づけている。それについて彼はこう語る。

他にも自分らしい作品はあるけれど、『VISITORS』は言われるとおり飾りがない。『VISITORS』アルバムがあったからこそ今の自分の音楽があるのは事実だ。今やヒップホップやラップは当たり前の音楽表現となった。過去のうまくいった作品に基準を求めればどこかで行き詰まる。基準はいつもその時代の音楽リスナーに合わせていけばいいと思う。

こうした表現者としての新たな獲得と回帰を経由して、2015年、オリジナルアルバム『BLOOD MOON』が誕生する。リスナーの視聴スタイルに合わせて、ダウンロード、アナログ、USBハイレゾ、CD(初回限定ボックス盤及び通常盤)を含む4つのリリース形態が話題を呼んだ。

このアルバムはダウンローディングからアナログ、高音質音源まで、いろいろな形態を用意した。現在、リスナーの視聴スタイルはさまざまだ。リスナーが思い思いに選んでくれればいい。

『ZOOEY』から間をあけることなくリリースされた『BLOOD MOON』から『VISITORS』と共通する精神性を感じたリスナーも少なくないだろう。そのサウンドには、言葉には、明確に強いメッセージが込められた。

このアルバムを出した2015年前後から、少しずつ社会の形が変わりはじめた。『BLOOD MOON』はそこに滲む理不尽について唄ってみた。バンドメンバーは口には出さなかったけれど、曲や詞に同調してくれた。そしてみんなごきげんにロックしてくれた。

『BLOOD MOON』に込められていたのは、表現の自由を抑圧する世相への警鐘だった。

時代が大きな勢いで変容していると感じていた。当時の世相を振り返ってみれば、『BLOOD MOON』が生まれたのは必然だと思う。世間では何かと表現の自由を揶揄する声がバズっていた。そんな憤りも『BLOOD MOON』の要素のひとつだった。

『BLOOD MOON』のアルバムアートワークはヒプノシスの流れを汲む英国のストームスタジオが手掛けている。世界の分断を予知したかのようなアート性の高いフロントカバーがリスナーの目を引いた。

最初にこのアートワークを見たとき、これは傑作になると思った。自分は60、70年代の音楽で育ってきた。30×30センチのブラックビニール盤だ。音楽とグラフィックアートは密接な関係にある。だから自分のアルバムのアートワークも大事に考えている。

THE COYOTE BAND結成から約10年。『BLOOD MOON』は佐野元春 & THE COYOTE BANDを代表するアルバムとなった。

THE COYOTE BAND名義のアルバムは『COYOTE』『ZOOEY』に続いて、『BLOOD MOON』で3作目。自分はこれを『COYOTE』三部作の完結編だと位置付けている。バンド結成から10年。『BLOOD MOON』は、自分たちにとって最初のピークを迎えたアルバムになった。

アーティストのなかにはクリエイティブなピークをキャリアの序盤に迎える者も少なくないが、佐野は常に現在進行形で高みに向かい続けてきたと言えるだろう。そんな当時の姿は映像化された35周年ツアー「佐野元春 & THE COYOTE GRAND ROCKESTRA」にも刻まれている。

35周年アニバーサリーツアーのバッキングバンドとして僕を支えてくれたのは「THE COYOTE GRAND ROCKESTRAだ」。THE COYOTE BANDのメンバーを中心に、THE HEARTLANDからギターの長田進、The Hobo King BandからDr.kyOnとサックスの山本拓夫が参加してくれた。楽しかったこのツアーのことは、この先、何度か振りかえることになるだろう。ずっと支援してくれたファン、新しいファンと一緒にこの夜を迎えられたことがうれしかった。

THE COYOTE BAND、The Hobo King Band、そしてTHE COYOTE BAND。共に時代を駆け抜けてきたバンドメンバーを、彼は「兄弟」と形容する。

共にレコーディングを行い、小さなハコから大きな会場までを回ってライブをして、夜は楽屋で馬鹿話をしながら酒を飲み、会話を交わす。同じ景色を見て、大事な時間を共有してきた音楽兄弟たちだ。何かあれば合流してまた新しい何かを生む。そんな仲間たちに会えて、自分はミュージシャンとして本当に幸運だ。これからも彼らとは共に新しい音楽を生み出していくだろう。

35周年アニバーサリーツアー(2016年3月26日・東京国際フォーラム)

これまで佐野が主催したイベントの中でもっとも意義深いものは「THIS!」(1996年 - 1998年、2016年 - 2017年)だろう。まだ国内でロックフェスが確立する以前に、佐野は“New Attitude for Japanese Rock”というスローガンを掲げ、ロックイベントを開催した。1996年には、HEATWAVE、グルーヴァーズ、GREAT3。1997年には、TRICERATOPS、SUPER BUTTER DOG、Cocco、小谷美紗子、Small Circle of Friends、山崎まさよし、TOKYO NO.1 SOUL SET、フィッシュマンズ、Little Creatures。1998年には、Daily-Echo、Dragon Ash、the pillows、SUPERCAR、ROCKY CHACK。2016年には、中村一義とGRAPEVINE。2017年には、サニーデイ・サービス、七尾旅人、カーネーション、Gotch & The Good New Timesが参加した。

「THIS!」は、純粋なミュージシャンシップや音楽の楽しみを感じてもらう音楽イベントだ。世代や音楽性を超えて優れたミュージシャンたちが集まるのはすばらしいことだ。また機会があったらやってみたい。

「THIS!」で思い出すのは2016年。18歳と19歳のオーディエンスを無料で招待した。選挙権年齢が18歳以上に引き下げられたことをお祝いしたものだ。若い世代の声が政治を動かせるようになった。そのことを大人たちはもっと祝福してもいいと思った。

「THIS! オルタナティブ 2017」(2017年3月25日・大阪フェスティバルホール)

そして2017年。トランプ大統領の就任からおよそ3ヵ月後の4月28日、佐野はニューヨークのライブハウス「ポアソン・ルージュ」でスポークンワーズのライブを行った。困惑するアメリカの自由と検閲について反応したこの旅の模様は、ドキュメンタリー番組『佐野元春ニューヨーク旅『Not Yet Free 何が俺たちを狂わせるのか』」としてNHK BSプレミアムにて放送され、滞在中に制作/パフォーマンスされた楽曲は3曲入りEP『Not Yet Free』としてリリースされた。

アメリカのコロナ禍の現場はとても厳しい。現地の友人たちとも痛みを共有している。晴れてコロナ禍が明けたら、海外でのスポークンワーズの活動も継続的に行っていきたい。

取材・文/内田正樹
写真を無断で転載、改変、ネット上で公開することを固く禁じます

当連載は毎週土曜更新。次回はいよいよ最終回。12月12日アップ予定です。

※追記※
諸般の事情により、最終回の更新は12月19日(土)になります。お待たせしており申し訳ございません。

プロフィール

佐野元春(さの もとはる)

日本のロックシーンを牽引するシンガーソングライター、音楽プロデューサー、詩人。ラジオDJ。1980年3月21日、シングル「アンジェリーナ」で歌手デビュー。ストリートから生まれるメッセージを内包した歌詞、ロックンロールを基軸としながら多彩な音楽性を取り入れたサウンド、ラップやスポークンワーズなどの新しい手法、メディアとの緊密かつ自在なコミュニケーションなど、常に第一線で活躍。松田聖子、沢田研二らへの楽曲提供でも知られる。デビュー40周年を記念し、2020年10月7日、ザ・コヨーテバンドのベストアルバム『THE ESSENTIAL TRACKS MOTOHARU SANO & THE COYOTE BAND 2005 - 2020』と、24年間の代表曲・重要曲を3枚組にまとめた特別盤『MOTOHARU SANO GREATEST SONGS COLLECTION 1980 - 2004』がリリースされた。佐野元春 & THE COYOTE BANDの新シングル「合言葉 - Save It for a Sunny Day」iTunes Storeで販売中。

『THE ESSENTIAL TRACKS MOTOHARU SANO & THE COYOTE BAND 2005 - 2020』
『MOTOHARU SANO GREATEST SONGS COLLECTION 1980 - 2004』

佐野元春 & THE COYOTE BAND TOUR 2020「SAVE IT FOR A SUNNY DAY」

2020年12月13日(日)愛知・フォレストホール
2020年12月15日(火)東京・LINE CUBE SHIBUYA
2020年12月16日(水)神奈川・神奈川県民ホール
12月19日(土)京都・ロームシアター京都 開場17:00 / 開演18:00
12月21日(月)大阪・フェスティバルホール

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