Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

『エール』津田健次郎の語りが朝ドラにもたらす“エモさ” お茶の間の交流にも新しい息吹が

リアルサウンド

20/4/29(水) 6:00

 3月30日にスタートした窪田正孝主演のNHKの朝ドラ『エール』。第1話では原始人から始まり、音楽がつないできた人々の歴史を大きな目線で振り返る風変わりな演出に、やや不安を覚えた視聴者も多かったろう。

 しかし、ある意味、こうした「アカデミックトンチキ」はいかにもNHKらしい演出であり、そこに単なる悪ふざけとは一線を画した品位を与えているのが、「音楽は~」と激シブの低音ボイスで表情豊かに語る人気声優・津田健次郎のナレーションだったと思う。

 そして、それは、この朝ドラが「耳で楽しむ物語」ということを宣言するかのようでもあった。

【写真】『エール』に集結した『3年A組』卒業生たち

 もともと朝ドラは新聞小説やラジオドラマなどをヒントにして誕生したもの。初期は文芸作品を題材とし、文学性の高いナレーションを中心に据えるスタイルだったこともあり、「忙しい時間帯に、耳で聞いてわかること」を重要視してきた歴史がある。

 そうした意味で、声のプロである声優がナレーションを務めるというのは、適役であり、今まで気づかなかった意外な鉱脈に思える。

 しかし、その一方で、近年では好評だった『ひよっこ』の増田明美や『まんぷく』の芦田愛菜などの例を除き、朝ドラでは全般的にクセがなく、落ち着いたトーンのベテラン女優や、滑舌が良く正確な発音ができるNHKのアナウンサーがナレーションを担当するほうが好まれやすい傾向は昔から根強くある。

 はたしてベテラン女優でもなく、アナウンサーでもなく、声優がナレーションを務める効果とは? 結論からいうと、津田のナレーションには、アナウンサーにはない「エモさ」が確実にあった。説明が少なく、文学的だった前作の朝ドラ『スカーレット』との比較から、第1週では「ナレーションがくどい」「うるさい」といった声も一部にはあった。特に第1~2週では、登場人物やその背景、世界観を視聴者に説明する必要があるため、ナレーションは必然的に多くなる。しかも、本作では、子役時代からスタートしているだけに、ナレーションの果たす役割は余計に大きい。

 しかし、津田のナレーションは、そこを淡々とした説明に終わらせず、もう一人の登場人物のように存在していた。ナレーションのエモーショナルな語り口が、まだ幼い少年少女たちを優しく見守り、包み込むようだった。これは、声の良さだけでなく、声のみで演技する声優だからこそなしえる表現力の奥行だろう。

 ネット上には、「朝ドラエールのナレーションの津田健次郎さんがエモすぎる」「やばい。語りってこんなエモいものだっけ? 表現力がやばい。朗読劇みたい」などといった反響が日々見られる。

 なかでもとりわけ心に響いたのは、第3話。運動が苦手な裕一(石田星空)は、運動会の徒競走でコケてしまったが、それを励ますように藤堂先生(森山直太朗)がハーモニカ部の演奏を始める。そこで立ち上がる裕一と、かぶさるナレーション。

「それは生まれて初めて聞く、自分へ向けられたエールでした」

 ゆっくりと温かく、優しく。この一言に不意に心を撫でられたかのように、感情が溢れ出し、思わず涙してしまった視聴者は多かったことだろう。

 津田をナレーションに起用したことについては、制作統括の土屋勝裕氏が発表時のコメントでこう説明している。

「今回の『語り』は、客観的なことに加え心情も語り、ときに登場人物に突っ込みを入れたり、ときに嘆いたり、それも音楽がガンガンなっているなかで、視聴者にも聞こえるように語らなくてはならない、一筋縄ではいかない『語り』となっています。津田健次郎さんは、落ち着いた声で聴きとりやすく、耳に心地よく、何より、うまい! 津田健次郎さんの“イケボイス”が『エール』をさらにおもしろくナビゲートしてくれます」

 確かに、先述の運動会シーンなどは象徴的で、ハーモニカの演奏と、裕一の父(唐沢寿明)や周囲の声援など、様々な音が鳴り響く中、静かで穏やかな声なのに、スーッとナレーションが入ってくる。

 楽器で例えると、例えばピアノでは、演奏する人の腕の良さや、楽器そのものの良さ(残念ながら値段と相当比例する)がはっきりわかるのは、大音量ではなく、「ピアノ」「ピアニッシモ」などの小さな音だとよく言われる。音量そのものは小さく、静かでも、遠くまで響く音――そうした音のふくらみ、響きを持つナレーションが、「音楽」を題材とした音に溢れた物語では絶対的に必要だったのだろう。

 ちなみに、津田の起用は、意外な副産物として、朝ドラに新しいかたちの交流ももたらしている。Twitter上にはこんな声が多数あるのだ。

「エールが始まってから毎朝おばあちゃんが『ほら今日も津田健次郎さんがいい声でナレーションしてくれるよ』って7時50分に起こしてくれる 祖父母と津田さんについて語る朝は楽しすぎる」
「津田さんが喋るたびに私が悶え死ぬのですが(アニオタはバレてる)、お母さんも津田さんの声の良さに気づいたらしく顔写真をお見せしたところ、ドストライクだったそうです」
「昨日、母親にエールのナレーション誰なの?と聞かれたので、津田健次郎さんと言う本職の声優さんで、イケボなだけじゃなくイケメンでもあると教えたところ、メモ帳に名前書いてと言われたので、メモ帳に津田さんのお名前を書いてあげた さすが津田さん、70代にも分かるイケボ!」 

 従来は、「母親や祖母が見ているから、一緒に見たのが最初」というのが、朝ドラとの一般的な出会いだったはず。それが、人気声優の起用により、アニメファンである孫や娘が親や祖父母世代に逆に魅力をプレゼンするという面白いやりとりが生まれているのだ。

 物語そのものにも、お茶の間の交流にも、新しい息吹をもたらす津田健次郎のナレーション。今後、人気声優の起用は、朝ドラの一つの定番になるかもしれない。

(田幸和歌子)

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む