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日向坂46『ひなくり2020』に感じた“音楽劇”的要素 ライブ×演劇で発揮されるグループ独自の強み

リアルサウンド

20/12/28(月) 16:00

 日向坂46が12月24日、配信ライブ『ひなくり2020~おばけホテルと22人のサンタクロース~』を開催した。公演全体を一本のストーリーにするコンセプチュアルなライブは日向坂46の得意とするところだが、とりわけ『ひなくり』には明るくポップな物語性が現れる。今回は前年の『ひなくり2019』の物語を引き継ぎつつ、“空の世界に住むサンタクロースたち”の新たな冒険が上演された。

 一年前と大きく違うのは、新型コロナウイルスの感染拡大を鑑みて、会場に観客を入れないオンライン配信のみの開催となったことだ。それは同時に、東京ドーム公演の大きな節目を観客と分かち合う至福の瞬間がペンディングされたことも意味する。この状況下で行なわれた『ひなくり2020』では昨年の世界観を踏襲する一方で、かつて観客と空間を共有してきた記憶、そしていつか再びライブ会場を共にする日への期待が、演出の端々にうかがえた。

 この日のライブは、グループが誇るアンセムの一つ「NO WAR in the future 2020」で力強く幕を開ける。ここで印象的なのは、パフォーマンスするメンバーたちの前に広がる空っぽの客席だ。昨年同様に広々としたフラットな空間に並べられた椅子には、一席一席にペンライトが置かれているばかり。配信オンリーでの開催が告げられた今年の『ひなくり』だが、観客と場を共有できていた本来のライブの姿を希求するように、オーディエンスの不在を可視化してみせる。

 直後の演技パートで展開される、サンタクロースたちが住む空の世界に“朝がやってこない(≒「おひさま」が目の前に居ない)”という非常事態も、あるいはその苦境を打破するために始まる冒険も、やはりいつもの日々が戻ってくることを願う、ストレートな祈りの物語である。

 いつかやってくる理想の明日を思い描く志向は、別の形でも現れる。メンバー演じるサンタクロースたちが、この事態の原因と思しき「おばけホテル」へと旅立ち、ラスボスとなるホテル王を打ち負かすまでがメインストーリーとなってライブは進行する。その道中を描く前半部、道を訪ねて歩くサンタたちの前に富田鈴花とともに現れ、「まさか、偶然…」を披露したのは、休養していた松田好花だった。開演に先立って影ナレを担当した休養中の宮田愛萌も含め、できる限り皆で場を共有し、グループの完成形を求めようとする意志が伺えた瞬間だった。

 「まさか、偶然…」も含めて、ライブが進行するなかで披露される楽曲は、ストーリー上の展開やメンバーの台詞としばしば相互に連関した作りになっている。つまり、『ひなくり』という公演は、既存楽曲群の組み合わせの妙によって物語が構成された、音楽劇としての性格を色濃く持っている。

 前年の『ひなくり2019』にも同様の方針はみられたが、グループが歴史を重ねて楽曲のバリエーションやメンバー構成にも変化が生まれたことで、音楽劇としての演出はさらに進化をみせた。川の流れを無数の光の粒で表現して際立った演出をみせた「川は流れる」や加藤史帆、齊藤京子、佐々木美玲のユニット曲「どうして雨だと言ったんだろう?」、1期メンバーによって披露されたけやき坂46期の楽曲「こんな整列を誰がさせるのか?」などにも、物語上の文脈が与えられることで、『ひなくり』オリジナルの表現が生まれていく。

 一方で、オンライン配信の公演だからこそのパフォーマンスをみせたのがライブ中盤、2・3期メンバーによる「Dash&Rush」だった。ステージ下の移動用の通路を「おばけホテル」内に見立て、ワンカット長回しのカメラをスピーディーに振りながら、メンバーたちが次々に立ち位置を変えていくさまは、配信を通してライブを届けるからこそ効果的な絵面である。2020年の坂道シリーズはそれぞれに配信ライブで何を伝えるかのバランスを模索してきたが、「Dash&Rush」はその回答の一つを示すものだった。

 セットリスト終盤も物語展開や台詞とリンクしながら、楽曲披露のきっかけを生み出していく。サンタクロースサイドとおばけサイドの二役を往還しながら演じる上村ひなののエピソードを主軸にした「キツネ」や「一番好きだとみんなに言っていた小説のタイトルを思い出せない」がストーリーの起伏を作り、「My fans」「誰よりも高く飛べ! 2020」から「アザトカワイイ」でホテル王を打破して大団円へと向かう。特に、立ち昇る炎を背景にダークな力強さを表現した「My fans」や、ライブ中盤でも用いられたセット下の通路も見せつつ、セリに乗って跳躍する佐々木久美のシャウトでハイライトを迎える「誰よりも高く飛べ! 2020」は、グループの培ってきたパフォーマンスの現在地を示していた。

 そしてライブ最終盤、観客との場の共有を願うメッセージが最大限に打ち出される。ステージ後方から虹色の光が差すと同時に始まる「JOYFUL LOVE」では、メンバーたちが客席の中を歩いてサブステージへと歩き、本来なら目の前にいるはずのファンに語りかけるように歌唱する。そしてカメラが俯瞰に切り替わると、客席一つ一つに据えられたペンライト総体が一枚の巨大パネルの役割を果たし、“また みんなのにじが みれますように”のメッセージが映し出された。また、メインステージにはARで大きな虹のアーチが描かれ、メンバーたちはその虹のもとへと再び歩いて帰還してゆく。

 パフォーマーと観客が空間を共にすること。それは配信オンリーのライブである限り叶わない。けれども、「JOYFUL LOVE」のこの光景は、配信ライブの演出効果によってこそ可能になったものである。『ひなくり2020』は、オンラインだけでは実現し得ない明日への祈りを、オンラインでしか実現できない演出で伝えてみせた。

 エンドロールのちのカーテンコールや、ラストカットで上村ひなのがみせるホラー的な意味づけなど、演劇的な枠組みをパフォーマンスしきる日向坂46の強さが現れた公演であることもまた間違いない。同時に、アンコール時の「約束の卵 2020」などにみられた、座席の目線の高さからステージを望むようなカットにはやはり、その場にいるはずの観客の存在が強く意識される。『ひなくり2020』は、いつかまたステージとオーディエンスが一体になって場を共有することを願う、祈りを込めた音楽劇であった。

■香月孝史(Twitter
ライター。『宝塚イズム』などで執筆。著書に『「アイドル」の読み方: 混乱する「語り」を問う』(青弓社ライブラリー)がある。

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