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小池徹平の負のスパイラルが止まることを祈る 『大恋愛』が描く“自分を残したい”という願い

リアルサウンド

18/11/24(土) 12:00

 居酒屋の店員さんにアテレコをして笑ったこと。初めてアップルパイを食べたこと。「なんでもかんでも好き勝手書いていいよ、こんなこととか(チュッ)、こんなこととか(チュッチュッ)、こんなこととか(チュッチュッチュッチュッチュッチュッ)」とイチャイチャしたこと。大好きな人たちに囲まれて、幸せいっぱいな結婚式を挙げたこと。餃子が羽根つきで焼けたのを一緒に喜んだこと。おでこをつけて、記憶の砂がこぼれ落ちないように頭の中に鍵かけたこと……。

参考:小池徹平のキラースマイルに感じる“光と影” 『大恋愛』戸田恵梨香とムロツヨシの関係をかき回す

 尚(戸田恵梨香)と真司(ムロツヨシ)の微笑ましいやりとりは、私たちの中の脳みそにも記録されてきた。だからこそ、打ちひしがれてしまうのだ。若年性アルツハイマー病が奪うものの大きさに。鉛筆のようなモノの名前だけではなく、愛し合った記憶そのものなのだということに。

 『大恋愛~僕を忘れる君と』(TBS系)第7話。病が進行してしまった尚は新薬の治験対象外となってしまう。もしかしたら治るかもしれないという僅かな望みが絶たれた尚と真司は、痛くなるほどお互いの手を握りしめる。これ以上記憶の砂がこぼれ落ちないように、それによってふたりの心が引き離されないように。隣で歯を磨くことも、いつかできなくなってしまうのかもしれない。今でもハッキリ思い出せる愛しい記憶たちも、尚の中からすべて消えてしまうのだろうか。何度もふたりで歩いた思い出の道に差し掛かると、真司は涙が溢れるのを抑えられなくなる。覚悟をしていたつもりでも、なかなか受け入れられない。それが、悲しみという感情だ。

 侑市(松岡昌宏)が言うように、私たちはいつか必ず死ぬ。それは、誰もがわかっていることだ。誰も逃れることのできない死について、私たちは覚悟しているつもりだ。だが、日常で、なかなか実感することができない。いや、考えたくないのだ。しかし若年性アルツハイマー病は、その日が確実に、そして想像するよりも早く来てしまうことを突きつけられる。

 限りある人生を、誰とどう過ごしたか。忘れたくない記憶は、愛を感じた記録だ。ときに、それは生まれてきた意味にもなる。だからこそ、思い出を病によって忘れる・忘れられるというのは、自分の人生が削り取られていく感覚に近い。薫(草刈民代)の娘として生まれたこと。医師として奮闘したこと。真司を愛したこと。やっかいな病にはかかったけれど、たくさん笑って幸せだったこと。自分がここに生きていたということを、真司がひとりで背負うのではなく、誰かと一緒に笑えたら……。尚が子どもをほしいと思ったのは、そんな未来を願ったからではないだろうか。

 では、もし自分の生きた記憶を覚えていてくれる人が誰もいなかったら? 自分自身も徐々に愛された記憶を失い、自分よりも自分を覚えてくれる人は医師しかいない。残る記録はカルテくらいだろう。病を知った途端に妻が去った公平(小池徹平)の気持ちを想像したら、どんどん自分の存在が透明になっていくような感覚がした。尚と真司に固執するのは、どんな形であっても誰かに記憶されたい、と思ったからではないか。いつも鮮やかなカラーのアウターを着ているのも、大きなゲップをしてみせるのも、誰かの意識に少しでも入り込みたいと思ったのではないか、とさえ思ってしまうのだ。

 真司を執拗に挑発するのも、真司の描く小説の登場人物に記録されたい、と考えたから……かどうかはわからない。だが、それくらい公平が孤独に苛まれているように見えるのだ。尚を失神に追い込んだマイクのハウリング事件のときも、公平だと遠目でわかる服装だった。もしかしたら見つけてほしいと、どこかで願っていたのかもしれない。

 自分が傷ついていること、悲しんでいることを、誰かに知ってほしくて、でもうまく伝えられなくて、周囲を破壊することでしか表現できなくなっていく。それは若年性アルツハイマー病がきっかけだったかもしれないが、その病にかかっていない人でも落ちる心のエアポケット。心の痛みゆえに、周りをかき回し、さらに孤独になり、より傷つく……公平が人生の残り時間をそんな負のスパイラルで過ごすことのないように。公平の心を抱きしめてくれる誰かが現れてくれることを祈るばかりだ。(佐藤結衣)

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