Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

出版業界が陥るパルプ・フィクション現象に出口はあるか 『パルプ・ノンフィクション』が伝える、紙の本への情熱

リアルサウンド

20/4/23(木) 8:00

 本書を読んで、大いに共感し、激しく胸を揺さぶられた。出版業界の内側を書いた本だからだ。著者とは立場が違うが、私も文芸評論家という、業界の内側の人間である。ページを捲っているうちに、書かれていることが他人事とは思えず、冷静な読書ができなくなっていったのだ。この原稿を書き始めても、まだ興奮している。つい筆が滑って、業界の不満をぶちまけてしまいそうだ。いや、それをやると、仕事が減ってしまう。少し落ち着いて、まず著者の紹介をしたい。

関連:『Olive』は令和の若者に受け継がれるのか? 1号限定復活『anan特別編集 Olive』に見る“雑誌”のチカラ

 三島邦弘は、「原点回帰の出版社」というメッセージを掲げる、小さな総合出版社・ミシマ社の社長である。出版社2社で編集者をした後、一念発起して出版社を設立。以後、ジャンルを問わず“一冊入魂”で本作りを続けている。益田ミリの本を結構出しているので、ファンならば知っている人も多いだろう。現在では社員十数人を抱えているので、出版社として成長しているようだが、経営は自転車操業だ。といっても小出版社は、どこでも自転車操業なので、ミシマ社が特別だというわけではない。

 この出版社でもっとも独特なのは社長である。熱血漢ならぬ熱中漢とでもいおうか。とにかく興味のあることができると、それに熱中する。もちろん最たる熱中は出版である。とにかく本が好きなのだ。それは本の内容だけではなく、本という物質についてもである。紙の本を電子書籍と同列に並べるなんて不可能だという著者は、「紙の本を前にすると、身体が喜ぶ!」と書いてしまうのだ。

 この発言には、大いに共感した。私も紙の本派だからだ。というか、電子書籍は内容が同じだけで、紙の本とは違うデバイスだと思っている。誤解のないよういっておくが、電子書籍に反対しているわけではない。電子書籍ならではの利便性があることは、よく分かっている。それでも紙の本がいいのだ。ページを手で捲りたい。本棚に並べたい。装丁を愛でたい。世界中の人間が電子書籍に移行しても、私は紙の本を読んでいるはずである。だから著者の宣言が嬉しい。しかも熱中漢だ。熱中して本を作っている姿が、読んでいて気持ちいいのである。

 ただし著者の文章は、非常に癖がある。ものすごく熱中した文章が続くと、ある瞬間、急に自分を客観視するのだ。これは著者が、複数の立場に身を置いているからだろう。具体的にいうと、著者と編集者である。本書の中で著者は、編集者の必要性を、繰り返し述べている。著者とは別の視点で内容に意見を出し、ブラッシュアップしていく。そのような存在が、絶対に必要だと信じているのだ。だからこそ、熱中して執筆する著者と、それを客観視する編集者という、ふたつの立場が入り混じる。ここが本書のユニークな読み味になっているのだ。

 さらに後半になり、出版社の社員が増えてくると、社長としての視点まで加わってくる。本の編集だけでなく、組織の動かし方も考えねばならなくなるのだ。この後半部分は組織論になっていて、出版業界のみならず、どこの会社でも通用する話になっている。出版の世界に興味のある人のみならず、より広範な読者を獲得できる内容になっているのだ。

 とはいえ本好きの人ほど、本書の熱気に当てられることは間違いない。そういえば本書のタイトルだが、パルプ・フィクションを意識したものであることは、いうまでもないだろう。クエンティン・タランティーノの映画のタイトルもそうだが、パルプ・フィクションとはパルプ・マガジンと同じく、主にアメリカで出版された、エンターテインメント小説を載せる、低質な紙を使った安い雑誌のことを指す。小説の質も低いものが多く、読み捨てにされ、パルプ・フィクションの多くの作家と作品は忘れ去られた。それでも中には、珠玉というべき作品があり、ジャンクの山から頭角を現す作家もいた。

 翻って現在の日本の出版業界を見るとどうだろう。長引く出版不況(著者は出版不狂といっている)にもかかわらず、出版点数は膨大だ。でも書店の棚は有限であり、定番の作家の本を除けば、新刊もすぐに消えていく。完全に消耗品であり、生き残る本は極わずかだ。いうなれば業界そのものがパルプ・フィクションに陥っているのである。でも著者は、いい本を作れば売れると信じている。これからも読まれていくと確信している。その戦いの記録である本書も、後世に残るべき珠玉の一冊といっていい。

(文=細谷正充)

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む