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The Wisely Brothers 真舘晴子の『眠る虫』評 洞窟をくぐり抜ける繊細な気持ち

リアルサウンド

20/9/14(月) 12:00

 The Wisely BrothersのGt./Vo真舘晴子が最近観たお気に入りの映画を紹介する連載「考えごと映画館」。最近観たオススメ映画を、イラストや写真とともに紹介する。第3回は、MOOSIC LAB 2019の長編部門でグランプリに輝いた金子由里奈の長編初監督作『眠る虫』をピックアップ。(編集部)

 映画を観終わって、ため息をつくと、目の前に置いていた友人からのハガキがゆらりと動いた。メモをとろうとペンを手に取ると、それは最近失くしていたはずの青いドローイングペンだった。おや?と思う。

 『眠る虫』を観ていろんなことを思い出した。

 小さい頃、スーパーで失くした黄色い傘は、子供用だからか先っぽが丸っぽかった。家の中で行方不明になった カンガルーの親子のぬいぐるみ。 道ばたで、妖精を見た記憶。古びたヒゲがあって、大きなお腹のサンタクロースが、玄関にぴったりのサイズで入って来たという夢のような思い出。この記憶たちは何だろう。

 MOOSIC LAB 2020でグランプリをとったこの作品、監督は金子由里奈さん。主人公は、バンドをしている女性。日々生活の音を録音することを趣味に持っている。彼女がバスの中で見つけた、ふしぎな女性と彼女の歌を追いかけいくお話。この物語のストーリーで、洞窟をくぐり抜ける繊細な気持ちは、実際に感じてみてほしい。

 私は、日本のバスを、客観的に見てみたいという欲求がある。手すりがどれも濃いオレンジ色でできたバス、ソファ席の布地のなんとも言い表せられない模様のバス。色のコントラスト、質感。初めて乗った外国人は、どんな印象を持つだろう。エキセントリック? 最新の車体のバスが出発前に停まっているのを、興味深く見ている小学生の男の子は、車内にいる運転手に「乗りますか?」と声をかけられて、「新しいから見ているだけです!」と元気に答える。

 ここ数年でバスに乗ることが増えたからか、色んなことが気になるのだ。ジム・ジャームッシュの映画『パターソン』でもバスは重要な役割をもつ。なぜだろう、電車よりも個人的な空間に思えるのは。それぞれの動きや行動、見た目や持ち物のバリエーションが、身近に見えるのか、気になってしまう。この映画の中でもバスという乗り物が、何かをつなぐ重要な役割を果たしている。

 そして、この物語にはひとつのカセットが登場する。カセットというと、偶然だが丁度この夏に自分のバンドで製作していたのだ。ちゃんとしたスタジオレコーディングではなく、外で手持ちの録音機で音を入れ込んだ。カセットの持つ謎めいたパワーはあるのだと思う。カセットが登場する好きな映画もすぐ浮かんだ。ジャン=ジャック・ベネックス監督の『ディーバ』だ。『ディーバ』でのカセットの登場は、こんなふう。郵便配達人の主人公が、大好きなオペラ歌手のパリ公演に行きカセットに違法録音する。それを追う私服警察と、他の事件で大事な証言を録音したカセットを追う犯人たちが、なぜか混ざってしまい、郵便配達人が大変な目にあう。ただ、そのことをきっかけに郵便配達人はオペラ歌手と出会うことになる。そんな話だった。

 『眠る虫』でも、カセットを介して、すこし涼やかなふしぎな空気がながれる。現実と、いい意味でも悪い意味でも夢の中のような世界が重なる時、そこにはある種、足が浮いたようなこころになる時間があるのだ。バスの中で出会うおばあさんに着いていったあと、「おじいさん」に会い、「孫」に会う。 彼女が辿り着く景色には、ひとやものを生かす光がある。それは決して大きなことではなく、小さな光だ。多分、 私もあなたも、何かを生き返らせることができるんだなと感じる。同時にその逆もだ。

 監督の質感の使い方が好きだ。ティッシュペーパーと水、砂っぽいもの、電気、違和感、石、ビニール、紙、勢いのある風のもつ怖さと強さ。すこし前に購入した、Bobby Dohertyの『Seabird』という写真集を思い出させた。あるものを、あるものとして見させないというか。それは、ものの見方そのものである。知らないものの見方を知ることは楽しい。ふと出てくる電子機器やインターネットは、田舎町だと、未来の話のように感じる。パリ近くに住んでいる、アンティークの家具が多い友人の家の真ん中に、ドーンとiMacが置いてあったのを見て、良い違和感を感じたのと似た気持ちだ。一体、ここはいつの時代だろう?と考える。

 都市の未来と、田舎町の未来は、どう違うのだろう。組み合わせの話。それらに合わせたAnd Summer Club Tokiyoさんの音楽は、音と動きの組み合わせが心地よい違和感を生む。日本の風景に重なるこの音たちは、すこしづつ違和感の秘密をといていく気がする。誰かの指のリズムで生まれるメロディ、光でシンセサイザーを押しているような音や、小学校の体育館の照明をガシャッと点けたような、まばたきのリムショット。

 相変わらずバスの中には、いろんな人がいる。誰かとの再会を夢見るひと、自分の唇にリップを塗ることに真剣なひと、友人の悩みを聞いて一緒に考えるひと、街の景色に新たなお気に入りを見つけるひと。

 小さい頃に失くしたものを、もう一度思い出してみる。私たちは、自分だけに見えて他の誰にも見えない虫に、声をかけることができるのかも?

■真舘晴子
The Wisely BrothersのGt/Voを担当。
都内高校の軽音楽部にて結成。オルタナティブかつナチュラルなサウンドを基調とし会話をするようにライブをするスリーピースバンド。
2014年下北沢を中心に活動開始。 2018年2月キャリア初となる1st full album『YAK』発売。
2019年7月17日に2nd Full Album『Captain Sad』をリリース。
公式サイト:http://wiselybrothers.com/
公式Instagram:https://www.instagram.com/wiselybrothers/

■公開情報
『眠る虫』
ポレポレ東中野で公開中
出演:松浦りょう、五頭岳夫、水木薫、佐藤結良、松㟢翔平、高橋佳子、渡辺紘文
監督・脚本・編集:金子由里奈
音楽:Tokiyo(And Summer Club)主題歌「なめたらしょっぱいのか」
企画:直井卓俊
プロデューサー:藤田直哉
特別協力:小原治
製作・配給:yurinakaneko
2019/カラー/5.1ch/スタンダードサイズ/62分
公式サイト:https://www.filmnemuru.site/

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