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樋口尚文 銀幕の個性派たち

原田芳雄、ニヒルな個性派の遠心力(前篇)

毎月連載

第73回

撮影=千葉高広

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揺籃期にしみつく土着の「芸」

天下一の銀幕の個性派といえば、原田芳雄だ。早くも今年の7月19日で没後十年を迎えた。この節目にぜひ一度原田芳雄のことをふり返っておきたい。1940年、東京は下谷の日本人形の職人の家に生まれた原田は、戦火も激しくなった幼き日に母の実家のよろず屋を頼って栃木の足利方面で疎開、そのまま戦後も小学四年までそこで過ごす。以下は生前の原田本人に聞いたことなのだが、そこで実に興味深い「芸能」体験をする。

というのは、疎開先の近所に八木節の名人の初代・堀込源太が住んでいて、ラジオに出たりレコードを出したりしていた。時には兄弟分の浪曲のスタア・前田勝之助を呼んで興行を打ったり、寺の境内で村芝居をやったりして、これが原田少年には大きな影響を与え、浪曲師の十八番を集めた冊子などをお手本にちびっ子ながら浪曲をうなっていたという。しかもまだ四つくらいの頃に、その堀込源太から「芳坊、おまえ芸人になれ」と言われたそうだから驚きだ。

原田は自ら企画した『大鹿村騒動記』が遺作となったが、あの村の衆の歌舞伎のドラマの原点は実はここにあったのだ。原田芳雄というと、どうしてもニヒルなアメリカン・ニューシネマふうのイメージがあるので、なぜ『大鹿村騒動記』の村歌舞伎に惹かれるのだろうと思ったが、実はこういう地場に根ざした芸が原田の原点であって、後年の代表作『父と暮せば』のエプロン芸などを愉しげにやってみせるところなどは実にしっくり来たのだろう。

(C)2011「大鹿村騒動記」製作委員会

そんな原田は東京で工業高校を出た後、なんと農業機器の会社で営業をやったこともあるというのだが、それはすぐやめてしまい、1963年に俳優座養成所に入る。原田の代は「花の15期」と呼ばれ、栗原小巻、太地喜和子、夏八木勲、浜畑賢吉、林隆三、地井武男、前田吟、小野武彦ら俊英がひしめいていた。原田はこうした周りの華々しい才能にふれて落ち込んでいた。

しかも今「花の15期」と記したが、実際は14期生であったのに、なんとなくドロップアウトした気分で一年半休んでアルバイトしているうちに15期生になってしまったというのが真相だった。1964年の東京五輪に沸く東京で、原田はホテルニューオータニの花屋でアルバイトしていて、なんと長嶋茂雄の結婚披露宴の花を飾ったりしていた。ニューオータニは東京五輪のコンパニオンの宿舎でもあったので、目立つ長嶋夫人の姿を原田はもともとよく覚えていたという。

ビートニクを浴び新劇を飛び出す

撮影=千葉高広

原田はとにかく1965年には養成所から俳優座の団員となるも、もっぱら当時注目されていたビートニクの放蕩無頼にあこがれ、一方では佐藤信、唐十郎、鈴木忠志、清水邦夫、寺山修司といった演劇の新思潮に刺激され、大老舗の俳優座にいることになかなか意味を見出しにくくなってきていた。土着の芸にも惹かれる原田は土方巽や大野慶人の身ひとつで見せきる舞踏にもさんざんかきたてられた。そんな折、清水邦夫が俳優座の脚本を書きおろすという演劇界の「事件」が起こり、かの傑作『狂人なおもて往生をとぐ』が生まれた。原田はこれを演ずることになって「もう気が狂うのではないかというくらいの衝撃」を受けたと語る。

そして清水は俳優座のためにさらに新作を書いたのだが、この時原田をはじめ団員たちは稽古で大いにダメ出しをくらい、初日の朝まで徹夜で稽古させられて自らの演劇メソッドにはなはだ懐疑的になった。さらにその頃、原田ら若手は『はんらん狂想曲』という作品の公演をもくろむも、俳優座の幹部の反対を受けて自主公演に転じ、こうしたことがトリガーとなって原田や中村敦夫、市原悦子らは退団を決意した。これが1971年のことだが、ここで俳優座の舞台をはなれた中村や市原はテレビドラマの人気者となった。

とりわけ中村敦夫はそれまでは準主役のポジションで、71年は大島渚監督『儀式』やNHK大河ドラマ『春の坂道』でも気を吐いていたが、翌72年の連続ドラマ『木枯し紋次郎』の主演に抜擢されて大ヒットを飛ばし、一気に注目のスタアとなった。そしてすでに60年代末からテレビドラマで目立っていた原田も、この転機にあって映画俳優としての才能に覚醒することになる。(後篇につづく)

原田芳雄と語る筆者=2010年夏

データ

『大鹿村騒動記』
2011年7月16日公開 配給:東映
監督・脚本:阪本順治 脚本:荒井晴彦
出演:原田芳雄/大楠道代/岸部一徳/松たか子/佐藤浩市/瑛太/石橋蓮司

『父と暮せば』
2004年7月31日公開 配給:パル企画
監督・脚本:黒木和雄
原作:井上ひさし 脚本:池田眞也
出演:宮沢りえ/原田芳雄/浅野忠信

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』『葬式の名人』。新著は『秋吉久美子 調書』。『大島渚 全作品秘蔵資料集成』(編著、近日刊行予定)。

『大島渚 全作品秘蔵資料集成』監修:大島渚プロダクション 編著:樋口尚文 国書刊行会・近日刊行予定

『葬式の名人』

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

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