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中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界

熊川哲也 Kバレエ カンパニー Spring 2021『白鳥の湖』

毎月連載

第29回

Kバレエ カンパニー『白鳥の湖』チラシ(表)©Yumiko Inoue

数々のバレエ公演の中でも、ひときわ目を惹くKバレエ カンパニーのチラシ。Spring 2021『白鳥の湖』では、一般的なイメージとは違う、個性的なポーズの白鳥が大きくあしらわれています。この印象的なチラシがどう作られたのか、デザイナーの前田英造さんにお話をうかがいました。チラシの編集を担当するエディター&ライターの石井三保子さん、主催・制作であるTBSの水谷わかなさんにもご同席いただきました。

左:中井美穂 右:前田英造さん

中井 連載29回目にして、初めてバレエ公演のチラシを取り上げさせていただきました。Kバレエ カンパニーさんはいつもハッとするような素敵なチラシを作っていらっしゃいますよね。バレエのチラシってたくさんありますけれど、なんとなくだいたいの形が決まっているような……。

前田 そうですね。

中井 そんな中で、「あ、美しい!」と思うとKバレエさんのチラシということが多くて。とくに今回は『白鳥の湖』という、バレエの中でも有名な、幾度となく上演されている演目ですよね。そのチラシにこのポーズを持ってくるのが斬新で。

前田 片足を伸ばしてポーズを取っているところをカメラマンが脚立に乗って、上から撮っているものです。

中井 え? 上から!?

前田 そうです。撮影のときに熊川哲也さんが「この構図はどうかな」と。

水谷 『白鳥の湖』は1、2年に1度というハイペースで上演しているので、チラシには舞台写真を使うことが多いのですが、今回は撮り下ろしました。というのも、Kバレエで初めてプリンシパル入団を果たした日髙(世菜)さんが日本での全幕デビューなので、まずは彼女を見ていただきたくて。特に彼女は腕と脚が長いので、それを活かせるカットで、となりました。

中井 「どうなっているんだろう?」と思っていました。美しさはもちろんありながら、クラシックバレエの夢々しさとは違う、生々しさを感じますね。生き物としての白鳥らしさ。熊川さんご自身も、バレエに夢だけではなくストーリー、スペクタルやダイナミズムを求めてらっしゃる方ではないかと思うのですが、それが写真から伝わります。地の色とのコントラストもあいまって、とてもドラマチックな印象ですね。

前田 日髙さんはもちろん、カメラマンも初めてお願いした方だったので、良い意味で緊張感がビジュアルに表れているかな、とは思います。いろんなものが新しい感じがするのでは、と。

中井 『白鳥の湖』は古典中の古典なので、みんなの中にイメージがある。その中でバレエファンであればあるほど「あれ、このポーズは何だろう?」となりますよね。

水谷 はい。熊川さんが現場で指示したものなので、実際の舞台にはこのポーズは出てこないんです。

中井 熊川さんは毎回、撮影に同席を?

石井 撮り下ろす場合は必ずいらっしゃいますね。とにかく毎回、発想が素晴らしくて。

水谷 もちろん毎回事前に撮影の打ち合わせをして臨むのですが、熊川さんの現場での提案がそれを超えてこられるので、いつも「あ!」となります。

石井 そうして何枚も撮っていく中で全員が「あ、これいいね!」と思う瞬間があるんです。「奇跡の一枚」と呼んでいる、これもその1枚ですね。

中井 その場でポーズを付けていくのはすごいですね。しかも振り付けの中にあるものを再現するのならまだしも、その場で新しくとは! まさに芸術監督の仕事ですね。今回の撮り下ろしは、表紙の一枚と、裏の手を伸ばしているもの、それと……。

前田 中面の、黒い衣裳のもですね。

中井 これも素敵ですね。

Kバレエ カンパニー Spring 2021『白鳥の湖』チラシ(中面)©Yumiko Inoue

石井 スタッフの一人が、「正面から撮ってみたらどうだろう?」と。舞台ではこのポーズで真正面を向くことはないですが。

中井 私達観客は決して王子目線になることはないけれど、こんなふうに迫られたらたしかに誓っちゃうかも、と思う新鮮な写真です(笑)。撮影はどのくらい?

水谷 メイクなど準備を含めると1日がかりです。白鳥だけで2、3時間は撮っていたと思います。

中井 そんなに!

前田 白鳥で表紙の写真が撮れたのでテンションが上がって、黒鳥は早かった。1時間くらいでしたかね。

石井 白鳥は試行錯誤しながら撮っていて、最後熊川さんの閃きで「奇跡の一枚出ました!」となったので、あとはスムーズにいきました。

中井 やはりチラシは、パッと見のビジュアルが素敵かどうかで「この人が観たい」と思うことがチケットを買う大きな動機になると思います。今回のチラシを見ると、日髙さんの踊りは観たことがないけど、ぜひ観てみたいと思わせる。今までのいわゆるクラシックのプリマとは違う強さがありそう、と。

水谷 ありがとうございます。それを伝えたくて作ったチラシなので、苦労した甲斐があります。

繰り返し上演される演目の表現

中井 写真が撮れたら、あとはレイアウトをどうするかですよね。羽根を飛ばすかどうか、地の色をどうするのか。

前田 毎回何案か作って、みなさんの意見を取り入れて完成させていきます。今回は、最初はおおきな羽根を後ろに薄く重ねる想定をしていて。そのなかに、この小さな羽根が舞っているパターンも入れてみたら、「これがいいんじゃない?」となりました。

中井 この羽根はどこから持ってきたものですか?

前田 レンタルフォトを借りて合成をします。

中井 こういう素材の写真がたくさんあるわけですね。

前田 探せばたくさんありますが、かっこいいのは多くはないです。『白鳥の湖』のチラシは何年かに1回は必ずありますから、時間のあるときに羽根や波紋などの素材を探してストックしますね。でもどんなにストックしていても、実際にチラシを作るときにはイメージが古くなってしまっていて、改めて探し直したりもします。

中井 その、合わなくなってしまうのはなぜでしょうね。世の中の情勢とか、そのときの気分とか、さまざまなことが複合的にからまるのでしょうか。

前田 気分の影響はおおいにあるでしょうね。

中井 バレエは特に、同じ演目のチラシを繰り返し作ることが多いと思います。過去のチラシを見て新しい公演のチラシを考えたりもしますか?

前田 いや、前のものは一切見ないです。やはりその時、その時で考えますね。

中井 よく見ると、キャッチの文章が白一色ではなくてグラデーションがかかっていますね。

前田 「白鳥の湖」の文字も下を少しくすませています。写真がいいと、それをもっと深めようとなって、ちょっとしたところに手を加えたくなるんです。

中井 下に配置された金のロゴも印象的ですね。

石井 こちらは熊川版の『白鳥の湖』初演時(2003年)に前田さんが作ったものです。このお仕事をするまでバレエを見たことがないと言っていたのに、なぜここまで作品に合うものができあがるのだろうって不思議でした。

前田 雰囲気ですよ。作品の舞台やキーワードを元にこんな字体が合うんじゃないかと。

石井 これは後々気づいたことですが、ヨランダ・ソナベンドさんの装置デザインには美しい曲線を持つ鋼のような素材が多用されていて。その舞台装置と、事前に前田さんが作ったロゴのイメージがつながっていたのには驚きました。

前田 僕ももともと金属の質感が好きで、ヨランダの装置のかっこよさとリンクしたのは嬉しかったですね。

中井 このチラシは裏表紙もすごいですね。日髙さんの写真の上にコール・ド・バレエのお写真が重なっているのは……?

Kバレエ カンパニー Spring 2021『白鳥の湖』チラシ(裏)©Yumiko Inoue

石井 これは完全に前田さんの遊びですね。

前田 なんとなく、あったら面白いかなと思って。

中井 いつかこれをやろうと想定を?

前田 いえ全然。この手を伸ばした日髙さんの写真を使うとなったときに、「これ、何かあったほうが面白いな」と思ったので組み合わせました。何もないところに湖を感じるのが面白いかな、と。

中井 インパクトがありますよね(笑)。デザイナーさんにお話を伺うと、「チラシのいちばんの大変さは入れなくてはならない文字が多いこと」とよく言われますが、このチラシは特に文章が多いですよね?

石井 時代の流れに逆行しているかな、とも思うのですが……。

水谷 バレエって、だいぶ浸透したとはいえ、観る方は限られていると思うんです。テレビやネットの影響で初めてバレエに興味を持たれた方のために説明は必ず入れるようにしています。バレエにはセリフがないですが、動き、装置、その日の演者など、観るポイントがたくさんあって楽しめますよということをどうしても伝えたくて。

石井 文字の量が多い分、前田さんには毎回ご苦労をおかけしてます(笑)

前田 僕はいつも雰囲気重視でレイアウトを組むので、「雰囲気じゃだめなんですよ。読みやすくしてください」ということはよく言われますね(笑)。いつもそのせめぎあいです。

関わる人が多いからこそ、思いがけないものが生まれる

中井 前田さんご自身は、バレエのお仕事が多いですか?

前田 いまは多いですね。最初はフェニーチェ、マッシモ、ロッシーニとオペラから入って、いまはバレエのチラシもけっこうありますね。

中井 最初はオペラの、海外招聘公演のチラシを手がけられた。

前田 そうです。やがてオペラでご一緒していたTBSの方に、それまで観たこともなかったバレエを「やってみない?」と言われて、Kバレエのチラシを2002年から手掛けるようになりました。

中井 もともとはどのようなお仕事を?

前田 ブックデザインをやっていました。本の装丁や雑誌です。フェニーチェ初来日の際にチラシのコンペに参加したのが最初ですが、そのときにはチラシをどう作るかさえわかっていなかったくらいです。本の装丁の拡大版、文字要素の多いものかなという程度の感覚で、「面白そうだな」と思って。

中井 その「面白そうだな」は今も思っていらっしゃいますか?

前田 ずっと続いていますね。

中井 チラシのデザインと本の装丁とはどこが違うのでしょう?

前田 本は出版社の編集者とデザイナー、それに時々著者が入ることもありますが、その少人数の関係だけで作り上げていく。けれどもチラシっていろんな人が関わりますよね。それはたいへんなことで、ひとつの意見が最後まで通ることはまずない。それがまた、いまは面白いなと思います。うまくいかないものなのだな、というのが(笑)。

中井 何がいちばん「うまくいかない」ところですか?

前田 いろいろですね。写真決めであったり、文字とのバランスなどいろいろあります。

水谷 毎回、私たち主催が「ここを推したい」というのと、デザイナーさんから見て「こちらのほうがきれいにまとまる」というのと、K バレエさんの「こちらのポーズがいい」という意見とがせめぎあいます。

中井 そうでしょうね。

水谷 たとえば組み合わせる場合に「この2枚を入れたい」という思いと「その組み合わせは合わない」という意見とがぶつかり合うと、何度もやり直していただいたり、背景の色をちょっと明るくとか暗くとか、派手にとか。オーダーする我々にはそういうセンスがないので、語彙が「キラキラ」とか「バーン」とか「目を惹くように」とか、漠然とした無茶振りが毎回行われるわけです(笑)。

中井 たしかに、本の装丁はプロ同士が話すわけですからそういうことにはならない。

前田 そうですね。ただ、本の場合は結果収まるところに収まる。けれどもチラシはそうやってたくさんの人が関わるものだけに、収まるだろうなと思ったところに収まらない面白さがあるんです。「想定していたものとは違うけど、意外とこっちのほうが目を惹くな」とわかったり、こちらもびっくりするようなことが起こります。だからいつも、あまり決めつけないで入るようにはしています。

中井 チラシを手掛けられるようになってからKバレエをご覧になっていると思いますが、どの演目が好きですか?

前田 『クレオパトラ』ですかね。作品も、チラシも印象深いです。

水谷 2017年に初演された熊川さんの完全オリジナル作品です。

中井 ああ、とてもかっこいいチラシですね。

Kバレエ カンパニー Autumn Tour 2017『クレオパトラ』チラシ(表) © Toru Hiraiwa

石井 身体の動きと衣裳の広がりが完璧に一致した瞬間を捉えた、まさに「奇跡の一枚」でした。

中井 これから、紙のチラシはどうなると思いますか?

前田 形としてはなくなるかもしれませんが、webになってもビジュアルは必要なので、僕がやることは一緒かなと思っています。バレエの美しさ、雰囲気を伝えられれば。

構成・文:釣木文恵 撮影:源賀津己

作品情報

熊川哲也 Kバレエ カンパニー Spring 2021『白鳥の湖』
日程:3月24日(水)~3月28日(日)
会場:Bunkamuraオーチャードホール
※3/28(日)は、日本を含む世界19の国と地域での配信あり。

芸術監督・演出・振付:熊川哲也
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
舞台美術・衣裳デザイン:ヨランダ・ソナベンド/レズリー・トラヴァース
照明デザイン:足立 恒
指揮:井田勝大
管弦楽:シアター オーケストラ トーキョー
出演:Kバレエ カンパニー

プロフィール

前田英造(まえだ・えいぞう)

1964年、佐賀県有田町に生まれる。1986年に上京し、広告デザイン会社に入社。
1988年、坂川事務所に入社。主に書籍装丁、広告デザインなどを手掛ける。
2003年に独立し、VERSO(バーソウ)を設立。現在はオペラ、バレエ等の広告やプログラム、雑誌のデザインを中心に手掛けている。2016年、VERSO GALLERYをオープン。
http://www.verso-net.jp/

中井美穂(なかい・みほ)

1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めるほか、「鶴瓶のスジナシ」(CBC、TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MXテレビ)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より読売演劇大賞選考委員を務めている。

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