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坂元裕二が描き続ける恋と愛の狭間 『花束みたいな恋をした』が突き付ける世知辛い現実

リアルサウンド

21/2/13(土) 12:00

麦「分けちゃダメなんだって、恋愛は」
絹「恋愛はひとりに一個ずつ」

 菅田将暉演じる麦と、有村架純演じる絹は冒頭の場面においてそう言った。坂元裕二脚本、土井裕泰監督の映画『花束みたいな恋をした』は、相手を自分の分身なのではないかと勘違いしそうになるほど同じ価値観を持った、サブカルチャーをこよなく愛する男女の恋とその行く末を描いた。

 冒頭は2020年から始まる。カフェで恋人たちが、1つのイヤホンを共有して音楽を幸せそうに聞いている。それを見て、それぞれの同伴者に向かってイヤホン共有の是非について同じことを語り、同じ行動を取ろうとして立ち上がったところで互いに目が合い、気まずそうな表情をする麦と絹がいる。それ以降、観客は、ここまで同じ価値観を持つ二人がなぜ他の誰かと一緒にいるのだろうという不思議さを抱えながら、この美しい恋物語に没入していく。

 だが、それだけに留まらないのが坂元裕二脚本の凄みである。その後、彼らの蜜月を示すファミレスでの一場面において登場する一人の男の台詞によって、観客は冒頭の場面を反芻することになるだろう。そして、そこに横たわっている、あまりにも残酷な時間の経過を感じ、慄くと共に、居心地の悪さを味わうに違いない。

 とにかく坂元裕二の脚本に溺れた。映画を観終わった後、その足で本屋に行ってシナリオを購入したぐらいだ(『花束みたいな恋をした』,坂元裕二,リトルモア)。彼らの台詞を、彼らの愛おしくて幸せな5年間の記憶を、できることなら自分の手元に永遠に残しておきたかった。

 「トーストを落としたら、必ずバターを塗った方から床に落ちる」ことを「これだけは真実」と語る「大体ひそやかに生きている」絹も、「いまだジャンケンのルールが理解できない」麦(これは絹もだ)も、ドラマ『カルテット』(TBS系)の家森(高橋一生)が言うところの「壁に画鋲も刺せないあっち側」の人間で、つまりは私たち、『カルテット』の4人や絹や麦を見て、現実世界で見つかった試しがない「心の友」に初めてテレビ/スクリーン越しに出会ってしまったような気がしてしまった「こっち側」の人間の物語だ。「普通になるのって難しい」、大体の人たちの「マニアック」が「マニアックに思えない」という悲劇を抱えた彼らの物語。その点に関しては、彼らは『最高の離婚』(フジテレビ系)における光生(瑛太/現・永山瑛太)、『カルテット』における真紀(松たか子)の夫・幹生(宮藤官九郎)に似ていると言えるのかもしれない。

 2人が「はじめて寝た」三月のすごく風の強い夜のこと。「三日続けて彼の部屋に泊まった。大体はベッドにいて、何回もした」「ここでもしたし」「ここでもした」「三日目に冷蔵庫が空になって、近くのカフェにいった」と、ものすごくカジュアルに、健康的に、モノローグで描かれる『愛のコリーダ』的光景。そしてその先にある、カフェの朝食のパンケーキ。そこにあるのは命を燃やし尽くして衰弱していく愛の果てではなく、ただひたすらに溢れる生命力なのである。それだというのに、次のシークェンスにおいて、絹は、とあるブロガーの死を知って、やがて訪れるだろう「恋の死」を心のどこかで予感している。

 なぜ恋は死んでしまうのか。

 2015年から2020年に至るまでの数々のサブカルチャーのトピックが羅列され、その海を泳ぐように生きる主人公2人の姿に、同時期に同じ事象を体験し、同じ映画・演劇を観て、同じ音楽を聴いた観客が同化し、自分自身の5年間と重ねることができるというのが、この映画の一つの特色である。

 だが、それと同時に、「1カット千円のイラストの仕事が、いつの間にか3カット千円に変わっている」というエピソードをはじめとした、作り手を志すことのシビアさ、就職にまつわる様々な過酷さ等、現代社会を、殊更に「東京」をサバイブする若者たちを取り巻く、世知辛い現実もまた羅列される。

 お揃いの白のジャックパーセル。「ほぼうちの本棚じゃん」と絹が言わずにはいられなかった麦の本棚。2人で買ったこだわりの家具に、花束、ワイン、近所のパン屋の焼きそばパン。ほとんど同じ価値観を持つ2人の、この上なく最高な、煌めくような淡い色をした同棲生活。でもそこに「就職」に纏わるワード、彼らのリクルートスーツをはじめとした黒色のアイテムがちらほらと映り込み始めたとき、彼らと物語は俄かに変貌し始める。「心の友」との邂逅に歓喜のあまり泣きながら観ていたとある観客の涙が、じわじわと目の奥に引っ込んでいったほどに。

 坂元裕二は、これまで多くのカップル・夫婦の葛藤を描いてきた。『最高の離婚』における光生と結夏(尾野真千子)は、震災をきっかけに心を通わせ、同棲期間を経て結婚するが、価値観と生活習慣が致命的に噛み合わない2人であったために苦労する。幹生の一目惚れから始まった『カルテット』の巻夫婦が「愛してるけど好きじゃない」という境地に行きついてしまったのも、好きな映画や本に纏わる互いの感性の圧倒的な不一致だった。

 ではなぜ、冒頭に示される限りでは、最初から最後まで価値観が一致していたと思える2人、互いを自分自身だと過信しそうなほど盛り上がっていた2人の恋は死を迎えるのか。悶えずにはいられない結末、ドラマ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(フジテレビ)の音と練が迎えた結末とは違う、坂元裕二が描く「20代前半に出会った男女の恋愛」の極北を劇場で堪能してほしい。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。
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■公開情報
『花束みたいな恋をした』
全国公開中
出演:菅田将暉、有村架純、清原果耶、細田佳央太、韓英恵、中崎敏、小久保寿人、瀧内公美、森優作、古川琴音、篠原悠伸、八木アリサ、押井守、Awesome City Club、PORIN、佐藤寛太、岡部たかし、オダギリジョー、戸田恵子、岩松了、小林薫
脚本:坂元裕二
監督:土井裕泰
製作プロダクション:フィルムメイカーズ、リトルモア
配給:東京テアトル、リトルモア
製作:『花束みたいな恋をした』製作委員会
(c)2021『花束みたいな恋をした』製作委員会
公式サイト:hana-koi.jp

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