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芸術と猥雑の間にある、窒息するほどの“性“ーー姫乃たまが『LOVE【3D】』を観て考えたこと

リアルサウンド

16/3/26(土) 6:00

 友人が席を立つと、私は初対面である彼女の恋人(年上のイラン人)とふたりきりになりました。そして唐突に、「あの子、僕と付き合うまでは“ひとりでしてた”みたいなんだけど、僕とセックスするようになってから、しなくなったんだ」と、自慢げに切り出してきたのです。高校生だった私は、「へえ」とも「はあ」ともつかない声で返事をしながら、女の子が性欲を持て余して自慰をしている事実と、恋人同士が(いまは服を着て涼やかに微笑み合っていても)セックスをしているという事実から、目を背けることができなくなったのです。

 ギャスパー・ノエの最新作『LOVE【3D】』は、恋人同士のセックスシーンで幕を開けます。明らかに不自然な、こちらに結合部を見せつけるような体位からは、性的な興奮よりもむしろ、若き恋人達を、その性も含めてすべて表現しようとする監督の気概を強烈に感じて、一瞬、頭の奥で氷が溶けたように冷たくなりました。同時に、これは本当に不自然な体位なのかどうか、わからなくなってしまいました。恋人達のプライベートなセックスを知らない自分に気が付いたのです。

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 私たちは他人のセックスを見慣れています。ビデオ店にも、インターネットの中にも、他人のセックスは転がっていて、私は仕事でそういった映像をレビューするため、月に十数本のアダルトビデオを観ます。男も女も同じように性欲を抱えていることを知っていて、現実の恋人達がセックスをしていることも知っている私は、月に何十時間も他人のセックスを観ているのに、それでも本物の恋人達のセックスを知りません。恋人同士がふたりきりの空間で、相手のことだけを無心で考えてしているセックスを、そういえば私は見たことがありません。

 画面の中のセックスはショービジネスで、知人の口をついて出るプライベートなセックスは人に聞かせるためのもので、人に見せたい人のセックスは人に見せるためのものです。『LOVE【3D】』も、映画というショービジネスであることに変わりはありませんが、恋人同士の本物のセックスを観たことがない自分に、ふと気付かされます。不思議とアダルトビデオを見ている時には、思いつかなかったことでした。

 今作は、パリに住むアメリカ人青年マーフィーが振り返る、かつて窒息しそうなほど愛していた恋人エレクトラとの蜜月が3Dで描かれています。若き恋人同士の情熱のすべてーー性もドラッグも、嵐のような喧嘩もーーが、立体的な映像で切り取られています。映画監督を目指しているマーフィーは、劇中で『一般映画ならば、あからさまにエロティックな場面を含んではならないという馬鹿げた禁止を超越する』という旨の発言をしています。

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 そして『LOVE【3D】』自体も、耳にできたタコが腐って剥がれ落ちそうなほど繰り返されている“芸術と猥褻の境界線”問題に言及する作品になっています。屹立したペニスの先端から射精の瞬間を捉えた映像(再度書きますが、3Dです。飛び出す精液を映画館で観られるなんて感激!)や、点滅するシャンデリアの中に入ったようなドラッギーな映像が、射精のメタファーとして(多分)流れてくるのです。もちろんこの映画は、ただの猥褻な映像群ではありません。

 ところで私は、猥褻な映像であるアダルトビデオの名作を、面白くて官能的な作品だと思っています。面白さと、実用度は、なかなかにバランスを取るのが難しいです。実用度の高い優れたアダルトビデオは面白みに欠けやすく、逆に、セックスシーンさえ収録していれば後は何をしても良しという作品は面白いですが、実用度が足らないこともしばしばです。

 面白い作品の実用度が足りないのは、セックスシーンの尺が短いせいではなく、冷静な目で客観視すると、セックスが滑稽であることを思い出してしまうからでしょう。しかし、そのハードルを飛び越えた、面白くて官能的な作品は、目的を終えても胸に残る名作となります。

 同じように、恋愛映画からあからさまなセックスシーンが省かれるのは、恋愛という高尚で純粋な行為の動機が、人間本来の野蛮な欲を孕んでいることを思い出してしまうからでしょう。イラン人の男性から、友人とのセックスの話をされた時の私みたいに。

 面白さと実用度を両立させたアダルトビデオが名作であるように、両立させづらい、芸術と猥褻の間を切り取った今作を名作だと思います。少なくとも、ここ数年、月に何十時間も他人のセックスを見続けても気が付かなかったことに、三秒で気が付かせてくれるくらいには強烈に力を持った作品だったのです。

***

 友人は席に戻ってくるなり、余計な話をしたイラン人の恋人と、私の目の前で大喧嘩になり、まもなくふたりは破局しました。ふたりは窒息しそうなくらい愛し合っていたし、束縛し合っていて、私と初めて会った日、ふたりの関係はすでに窒息状態でした。

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 セックスもドラッグも突き抜けるような快感がありますが、どちらも行なわれるのは密室ばかりです。『LOVE 3D』で唯一奥行きがあったシーンは、マーフィーとエレクトラが初めて出会ったシーンのみです。風が吹き抜ける桟橋の上で彼らはキスをして、室内でセックスをして、呼吸の出来ないシャワーの下で抱き合います。そうやって愛し合って、束縛し合って、窒息状態になって、大雨と嵐のような喧嘩を繰り返して、呼吸をするためにまたドラッグをやってセックスをするのです。


■姫乃たま(ひめの たま)
地下アイドル/ライター。1993年2月12日、下北沢生まれ、エロ本育ち。アイドルファンよりも、生きるのが苦手な人へ向けて活動している、地下アイドル界の隙間産業。16才よりフリーランスで開始した地下アイドルを経て、ライター業を開始。アイドルとアダルトを中心に、幅広い分野を手掛ける。以降、地下アイドルとしてのライブ活動を中心に、文章を書きながら、モデル、DJ、司会などを30点くらいでこなす。ゆるく、ながく、推されることを望んでいる。

[HP] http://himeeeno.wix.com/tama
[ブログ]姫乃たまのあしたまにゃーな 
http://ameblo.jp/love-himeno/
Twitter https://twitter.com/Himeeeno

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■公開情報
『LOVE【3D】』
2016年4月1日(金)新宿バルト9、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー
監督・脚本・編集・製作:ギャスパー・ノエ
撮影:ブノア・デビエ
音楽:ケン・ヤスモト
VFX:ロドルフ・シャブリエ、マック・ガフ・リーニュ社
出演:カール・グルスマン、アオミ・ムヨック、クララ・クリスティン
配給:コムストック・グループ
配給協力:クロックワークス
2015年フランス・ベルギー合作/英語/スコープ/135分/R18 
(c)2015 LES CINEMAS DE LA ZONE . RECTANGLE PRODUCTIONS . WILD BUNCH . RT FEATURES .  SCOPE PICTURES .

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