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秋吉久美子 秋吉の成分

セックスもヌードも「いいもの」ではないか

全10回

第4回

20/10/9(金)

私はサドなのだろうか

映画って好きな作品が多すぎて、特に気に入った作品をと聞かれてもなかなか絞り込むのは難しい。でも、10代、20代の頃に自分の気分や考え方にぴたりと合った作品の思い出はあります。高校生の頃、ステデイのボーイフレンドが映画に誘ってくれたんですが、それがあのミュージカル映画の『南太平洋』だったんです。ロマンチックでしょう?しかも彼は、私のことをワヒネって呼んでくれた。映画の中の、南の島の美しい娘の呼び名です。最大限に美化してくれていたんですね。

私は私で、「じゃあ今度はこれに行こうよ」と彼を誘ったのが、イタリア映画の『黄金の七人 1+6エロチカ大作戦』だった(笑)。『黄金の七人』は60年代に公開されて大人気だった犯罪コメディですけど、私が高校生の頃に『黄金の七人 1+6エロチカ大作戦』という作品が公開された。後で知ったんですが、この映画は『黄金の七人』の監督が撮ってはいるけれど、全く無関係の艶笑コメディで、日本の配給会社が勝手に人気にあやかろうと『黄金の七人』というタイトルを付けていただけらしいんですね(笑)。この映画、とにかく面白かった。

どういう映画なのかを簡単に解説すると、イタリアの田舎からドン臭い男がセレブの多く住むベルガモにやってくる。でもこの男はなんと三つの睾丸を持つ超絶倫男で(笑)、上流社会の女経営者や人妻なんかとどんどん関係を持って、セレブの間で大人気!みんなを虜にしてしまうというお話。『南太平洋』でデイトして、私を「理想の女性」としてワヒネと呼んでるボーイフレンドをこういう映画に連れていく私はサドなのかな(笑)。ちょっとしたイタズラ心ですよね?きっと。とにかく彼はイヤそうにつきあって観ていたけれど、私はもう盛大に笑ってウケていました。

おっぱいもおしりも「いいものだ」

そしてフランコ・ゼフィレッリの『ロミオとジュリエット』。これはまだ16歳だったオリビア・ハッセーの可愛さと、初々しい肉体の魅力が生む悲劇に惹きつけられました。14世紀ヴェローナの貴族の美しい衣装から溢れるおっぱいに圧倒され「なんて素敵なんだ!」、そして二人が一夜を共にした明け方の、レオナルド.ホワイティングの朝日に浮かび上がるお尻のシルエットに「なんてありがたい!」と感動しました。ですから、自分が映画でヌードになる時もそのこと自体には抵抗がなかった。むしろ意気揚々と「いいこと」をしている気分だったのに、一度脱ぐとそれ相応の人みたいな扱われ方したり、上の世代の男性たちから無用の心配をされたり、一部のマスコミで下世話な書き方をされたりするのは、とっても不愉快でした。

私は『純愛日記』も『黄金の七人 1+6エロチカ大作戦』も『ロミオとジュリエット』も、セックスを「いいもの」として扱っている作品から、大きな影響を受けました。ですが、まわりからお門違いな目にあうと、ニッポンはまだまだイケてないなと感じました。そもそも当時の自分は授業の合間に、ヘンリー・ミラーの『北回帰線』『南回帰線』を読んでいたような女子だったので、そういう価値観ができていた。セックスやヌードについては免疫があったというより「肯定派」だった(笑)。それなのに、通俗的に、貞操観念による認識からの取り扱いをされると、本当にがっかりの上、怒ってました。

そう言えば、これはセクシュアルなポイントではないのですが、『個人教授』では最初のシーンで18歳のルノー・ベルレーが学校で哲学の授業を受けているところでも心をつかまれました。そこでは教授が、あの有名な「ゼノンのパラドックス」を講釈している。A地点とB地点の距離は二分割できる、その分割された二点の距離もまた二分割できる、だから的に向って矢を射ても二点の距離はどこまでも二分割できるので永遠に矢は的に当たらない……というあの理屈が、当時の私には凄く響いたんです。いわゆる「アキレスと亀」ですね。

あのたとえは、ルノー・ベルレーがどんなに年上のナタリー・ドロンに恋焦がれても、その距離は縮まらないということをほのめかしていたのでしょう。でも当時の私にとっては日常の決まりきった世界が全く違うものに見えてくるような、そういう啓示だったのかもしれない。頭でっかちな私は、そんな世界を別のフェーズでとらえ直すようなことばかり考えていたんです。『個人教授』はまず学校に哲学の授業があるということで「イケてる!」と思ったわけですが(笑)その講義内容にもとてもそそられました。

『秋吉久美子 調書』より

人生観も価値観も変えた一本の映画

そういう意味でさらに人生観や価値観を変えた映画というと、これはジャスト30歳くらいの頃に観た作品ですが、アンドレイ・コンチャロフスキー監督の『マリアの恋人』でしょうか。戦争から帰ってきた男が、戦地でのショックから売春婦は抱けるのに妻を抱けない体になってしまう。妻はやむなくさすらいの歌うたいの男に身をゆだね、子どもまで設けてしまうけれど、これがこの夫婦の破綻ではなく再生のプロセスだったというお話。

これは女性、もしくは人間の生き方の美学や哲学を描いているけれど、凄く宗教的なバックボーンを感じました。なかなか日本ではこういう機微を描けないと思う。傷ついている人を強引に持ち上げるのではなく、逆にその人の置かれた地平まで降りていって受容する。自らが命を捨てて死者までも救済しようとするキリストの心がなければ、なかなかこの境地はわからないと思う。

ナスターシャ・キンスキーがこの妻を演じてとても美しく、見事でした。ナスターシャ・キンスキーと言えば、まだ17歳くらいの頃に出た青春物の『レッスンC』も『純愛日記』みたいに学園の恋やセックスを描いていて、こんな美しい人が他愛無くヌードになることに、凄い!と、尊敬の念さえ持ってしまったのですが(笑)、マリアの恋人』の頃になると、彼女の存在は私の中で、役と共に神格化されました。私は、『マリアの恋人』のような壮絶な純粋さというのか、そういうことへ向かうヒロインに感じ入ってしまったがために、普通の意味での幸せをいくらか失ってしまったかもしれません。そのことに後悔があるわけでもないのですが。

秋吉久美子 成分 DATA

『南太平洋』
1958年 アメリカ
監督:ジョシュア・ローガン 原作:ジェームズ・A・ミッチェナー
出演:ロッサノ・ブラッツィ/ミッツィ・ゲイナー/レイ・ウォルストン

『黄金の七人 1+6エロチカ大作戦』
1971年 イタリア
監督・脚本:マルコ・ビカリオ
出演:ロッサナ・ポデスタ/ランド・ブッツァンカ/シルバ・コシナ

『ロミオとジュリエット』
1969年 イギリス/イタリア
監督・脚本:フランコ・ゼフィレッリ 原作:ウィリアム・シェイクスピア
出演:オリビア・ハッセー/レナード・ホワイティング/マイケル・ヨーク/ローレンス・オリビエ

『北回帰線』『南回帰線』
著者:ヘンリー・ミラー

『個人教授』
1968年 フランス
監督・脚本:ミシェル・ボワロン
出演:ナタリー・ドロン/ルノー・ベルレー/ロベール・オッセン/ベルナール・ル・コク

『マリアの恋人』
1984年 アメリカ
監督・脚本:アンドレイ・コンチャロフスキー
出演:ナスターシャ・キンスキー/ジョン・サベージ/ロバート・ミッチャム/キース・キャラダイン

『レッスンC』
1978年 西ドイツ/アメリカ
監督:アンドレ・ファルワジ
出演:ナスターシャ・キンスキー/ゲリー・サンドクイスト/キャロリン・オーナー

『秋吉久美子 調書』(筑摩書房刊/2,200円+税)
著者:秋吉久美子/樋口尚文

特集上映「ありのままの久美子」
2020.10.17〜30 シネマヴェーラ渋谷

上映作品:『十六歳の戦争』(1973)/『赤ちょうちん』(1974)/『妹』(1974)/『バージンブルース』(1974)/『挽歌』(1976)/『さらば夏の光よ』(1976)/『あにいもうと』(1976)/『突然、嵐のように』(1977)/『異人たちとの夏』(1988)/『可愛い悪魔』(1982)/『冒険者カミカゼ -ADVENTURER KAMIKAZE-』(1981)/『さらば愛しき大地』(1982)/『誘惑者』(1989)/『インターミッション』(2013)

取材・構成=樋口尚文 / 撮影=南信司

当連載は毎週金曜更新。次回は10月16日アップ予定です。

プロフィール

秋吉久美子(あきよし・くみこ)

女優・詩人・歌手。1972年、松竹『旅の重さ』で映画初出演、その後、1973年製作の『十六歳の戦争』で初主演を果たし、1974年公開の藤田敏八監督『赤ちょうん』『妹』『バージンブルース』の主演三部作で一躍注目を浴びる。以後は『八甲田山』『不毛地帯』のような大作から『さらば夏の光よ』『あにいもうと』のようなプログラム・ピクチャーまで幅広く活躍、『異人たちとの夏』『深い河』などの文芸作での主演で数々の女優賞を獲得。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。

樋口尚文(ひぐち・なおふみ)

映画評論家、映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『ロマンポルノと実録やくざ映画 禁じられた70年代日本映画』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』ほか多数。共著に『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『女優水野久美』『万華鏡の女女優ひし美ゆり子』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』など。監督作に『インターミッション』『葬式の名人』。早稲田大学政治経済学部卒。

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