春日太一 実は洋画が好き
リチャード・ドナー監督の存在を初めて強く意識した『レディホーク』
毎月連載
第31回
(C)2014 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
リチャード・ドナー監督が亡くなった。
享年91ということを知り、驚いた。ということは、アメリカでは1985年に公開された『グーニーズ』を撮った時、既に50歳を超えていたということになる。あれだけ童心をときめかせられる映画をその歳になっても撮れるとは……なんと素敵な監督なのだろう、改めて、そう思わされた。
本連載の第2回でも書いたが、小学生の時に『グーニーズ』を新宿ミラノ座で観て「映画ってこんなに面白いのか!」と大興奮したことが、今に至る映画好きになっていく入り口だった。
他にも『リーサル・ウェポン』や後にテレビで観た『スーパーマン』など、リチャード・ドナー監督の映画はとにかく明るく楽しく、子供心に映画の面白さを植え付けてくれたのだった。
といって、その頃に監督の名前を意識していたかというと、そうではない。『グーニーズ』は“スピルバーグの映画”という触れ込みで宣伝されており、こちらもそのつもりで接していた。『リーサル・ウェポン』は主演のメル・ギブソンとダニー・グローバー、『スーパーマン』は悪役のジーン・ハックマンに夢中だった。これだけの映画を撮ってきたにもかかわらず、宣伝時に監督名が大きくフィーチャーされることはなかった記憶がある。そのため、小学生にはその存在を意識するのは難しかった。
リチャード・ドナー監督の存在を初めて強く意識したのは、『レディホーク』だった。公開は『グーニーズ』より早いが、観たのははるか後。小学校を出るか、中学に入るかという時期にレンタルビデオで借りたのが最初と思う。
何度か本連載で触れたが、十代前半の頃、ルトガー・ハウアーにハマり込み、その出演作を片っ端から借りていた。その中の一本に『レディホーク』があったのだ。つまり、借りた時点では“ルトガー・ハウアーの映画”という認識に過ぎなかったのである。
そして、これがとんでもなく面白い作品だった。今でも個人的なオールタイムでベスト20に入るくらい大好き。
舞台は中世ヨーロッパ。近衛隊長のナバール(ハウアー)はイザボー(ミシェル・ファイファー)と恋人同士にあったが、イザボーの美しさに横恋慕した司祭(ジョン・ウッド)によって呪いをかけられてしまう。それは、イザボーは陽が昇ると鷹に、ナバールは陽が沈むと狼に変身してしまうというものだった。ふたりは人間同士として会うことができなくなった。
呪いを解き、そして司教を倒す。そのための闘いが描かれていく。設定も物語も最高だが、その映像にワクワクされっ放しだった。
城郭、教会、街並み、地下水道……中世の世界を見事に再現した空間を騎士の扮装をしたルトガー・ハウアーが駆け巡る。それだけで既に大満足である。黒いマントに身を包み、夕日をバックにした馬上のシルエット、その指先に降り立つ鷹……というカッコ良すぎる初登場シーンからもうたまらないし、マントをたなびかせながら刀を振るう姿にはうっとりさせられる。勇壮なテーマ曲に乗って黒い馬を駆りながら弩弓を放つ姿もたまらない。エクスカリバーのような巨大な剣を構える姿も実に様になる……。
加えて、とてつもなく幽玄な美しさを放ち続けるミシェル・ファイファーに、荘厳な雰囲気の似合う、堂々たる品格で立ちはだかる悪の司祭、岩場の古城に隠れ住む偏屈で口は悪いがお人好しの老神父といった他のキャラクターもことごとくが魅力的。
当時好きだったロールプレイングゲーム『ドラゴンクエスト』の世界が鮮明に飛び出してきたかのような映像に、胸がときめいた。
この最高のファンタジー空間を作ったのは誰だろう……ということで、初めてリチャード・ドナーという名前を意識するようになった。そして彼が『グーニーズ』も撮っていたことをこの時に初めて知る。
よく観てみると、『レディホーク』には『グーニーズ』的な冒険活劇の要素も多分にある。そのパートを担うのが、ナバールとイザボーの間を繋ぐスリの青年・フィリップ(マシュー・ブロデリック)。
冒頭の脱獄シーンに始まり、酒場で追手から逃れる場面や古城でイザボーを逃がそうとする場面など、緊張感あふれるサスペンスでありながらどこかユーモラスな動きも入り、ハラハラしながらも時おり笑えて、本作にグイグイ引き込まれる重要な役割を果たしていた。
リチャード・ドナー監督の撮ってきた映画たちによって“映画を楽しむ”ということを知り、いろいろツラかった小中学生時代にどれだけ素敵な現実逃避することができたか……。
今回改めて振り返ってみて、心からの感謝の念が沸き上がってきた。映画の魅力を教えてくださり、ありがとうございました。
関連情報
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発売:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(C)2014 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
プロフィール
春日太一(かすが・たいち)
1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』『仁義なき日本沈没―東宝VS.東映の戦後サバイバル』『仲代達矢が語る 日本映画黄金時代』など多数。近著に『泥沼スクリーン これまで観てきた映画のこと』(文藝春秋)がある。