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池上彰の 映画で世界がわかる!

『バイス』―アメリカを操った“邪悪”な副大統領、ディック・チェイニー

毎月連載

第11回

19/4/5(金)

タイトルの「バイス」とはバイス・プレジデントの略。つまり副大統領のことなのですが、単独のVICEには「悪徳・邪悪」という意味もあります。アメリカのブッシュ政権(息子)時代のディック・チェイニー副大統領が、まさに「邪悪」な存在だったという意味のタイトルなのです。このネーミングのうまさは見事です。

今年3月23日、シリアでIS(イスラム国)の討伐に当たっていたクルド人主体のシリア民主軍は、ISの最後の拠点を制圧したと発表しました。実に長い戦いでした。多くの罪のない人たちが犠牲になりました。このISが生まれるきっかけをつくったのは、ブッシュ政権であり、それを支えたチェイニー副大統領だったのです。

大学を中退し、酒浸りの日々を送っていたチェイニーの若き日々から描かれる本作品は、一瞬、ジョージ・W・ブッシュ(息子)の青年期のシーンから始まったのかと錯覚してしまいました。

エリート街道をまっしぐらに進んで大統領になった父親のジョージ・H・W・ブッシュと違い、息子のブッシュは出来が悪く酒浸り。いつも父親に尻ぬぐいをしてもらっていたのですが、ある日、「キリストの再来を見た」として、「回心した(Born-again)キリスト教徒」として生活態度を改め、政治の世界に入っていきます。

とはいえ、国際情勢についても政治についても基礎的な知識が徹底的に欠落している人物を操るのは容易なこと。妻の叱咤激励で酒浸りの日々から脱出し、野心をたぎらせたチェイニーは、ブッシュ大統領を支える副大統領の立場で大統領を操っていきます。

ブッシュ政権時代、いつも陽気な大統領の陰に隠れるようにしていたチェイニーの陰険な顔を忘れることはできません。

虚偽の情報を流し、イラク戦争を仕掛ける悪党ぶり

いったんは政界を引退し、平穏な日々を送ることになり、「めでたし、めでたし」と映画の終了テロップが流れ始めたと思いきや、そこから二幕目がスタート。この構成も見事です。

「副大統領は、大統領の死を待つだけの退屈な仕事」と評されるのですが、チェイニーは実質的な大統領権力を奪っていきます。

2001年9月の同時多発テロを受け、チェイニーはラムズフェルド国防長官と組んで、イラク戦争を仕掛けます。当時のイラクのフセイン大統領は、イスラム過激派が大嫌い。国内でイスラム原理主義者を容赦なく弾圧していました。

しかし、そんな知識のないブッシュ大統領に対して、チェイニーやラムズフェルドは、「イラクの大量破壊兵器がイスラム過激派に渡ったら大変だ」と脅し、「イラクが大量破壊兵器を製造・貯蔵している」という虚偽の情報を流して世論を誘導。イラクを攻撃させるのです。

チェイニーがイラクを狙ったまさかの理由とは?

なぜチェイニーがイラクを狙ったのか。映画でも出てきますが、チェイニーはアメリカのハリバートン社のCEO(最高経営責任者)であり、最大の個人株主だったのです。ハリバートンは、世界最大の石油掘削機の販売会社。フセイン政権を倒し、アメリカ寄りの政権ができれば、イラクの石油で大儲けできます。

さらにイラク戦争ではアメリカ軍を支えるさまざまな業務の委託を受け、莫大な利益を得ます。「戦争で大儲けをする」という絵に描いたような構図が出現するのです。

しかし、ブッシュ政権に「フセイン後」の青写真はありませんでした。フセイン大統領が倒れると、フセイン政権を支えていた軍の兵士たちは全員解雇されます。怒った彼らは武器を持って反政府活動に参加。この中からやがてISの前身組織が生まれます。

フセイン政権を支えた官僚たちも解雇され、彼らはISの支配地域の官僚となってISを支えることになります。アメリカのイラク攻撃と、その後のISの台頭で、いったいどれだけの人が亡くなったのか。そんなことを考えながら、この映画をご覧ください。

*編集部から 池上彰さんの連載「池上彰の 映画で世界がわかる!」は毎月18日に掲載しておりますが、今回とりあげた映画の公開が4月5日のため、特別に繰り上げて掲載させていただきました。

掲載写真:『バイス』 より
(C)2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All rights reserved.

『バイス』

4月5日(金)よりTOHO シネマズ 日比谷他全国ロードショー
配給:ロングライド
  上映時間:132分
監督:アダム・マッケイ
出演:クリスチャン・ベール/エイミー・アダムス/スティーブ・カレル/サム・ロックウェルほか

プロフィール

池上 彰(いけがみ・あきら)

1950年長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。記者やキャスターをへて、2005年に退職。以後、フリーランスのジャーナリストとして各種メディアで活躍するほか、東京工業大学などの大学教授を歴任。著書は『伝える力』『世界を変えた10冊の本』など多数。

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