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性風俗従事者を休業補償する社会的意義とは? ホワイトハンズ代表、過度な自己責任論に警鐘

リアルサウンド

20/4/14(火) 12:00

 新型コロナウイルス対策の休業補償から性風俗従事者が外された問題で、性風俗業界からの要望で厚生労働省が方針を転換したことが大きな話題になっている。

参考:マスク生産で注目、アイリスオーヤマはなぜ危機に強いのか? オイルショックで見出した経営哲学

 厚生労働省が3月18日、感染拡大防止策として小学校などが臨時休校となり子どもの世話のために仕事を休まざるを得なくなった保護者に対する助成金の申請受付を開始。対象となる労働者に有給を取得させた事業主に対し、支払った賃金を上限8330円/日まで助成、個人事業主には定額4100円/日を支援するというものだが、当初は「性風俗関連営業、接待を伴う飲食等営業を行う事業主は受給できない」という条件が盛り込まれていた。(参考:小学校等の臨時休業に伴う保護者の休暇取得支援のための新たな助成金を創設します|厚生労働省※当初の条件は削除済み)

 これに性風俗業従事者たちが「国による職業差別だ」「風俗嬢は見殺しですか」などと反発。4月2日、性風俗当事者支援団体「SWASH」が厚生労働省の加藤大臣らに条件の見直しを求めて要望書を提出。3日の時点で加藤大臣は見直すつもりはないとしていたが、6日には国会で「なぜ風俗業を除外するのか」などの質疑があり、菅官房長官が「再検討する」と答弁。そして7日、加藤大臣が会見で「風俗業などで働く人たちも休業補償の対象とする」と発表し、方針を転換させた。

 同方針には賛否両論があるが、性風俗産業への偏見や過度な自己責任論は、社会にネガティブな影響を及ぼす可能性もあるという。今回、厚労省に対して風俗営業等関係者を休業補償の不支給要件から外すことを求める署名キャンペーンを行った『性風俗シングルマザー 地方都市における女性と子どもの貧困』(集英社新書)の著者で、性風俗従業者へ無料生活・法律相談を提供する「風テラス」の発起人、一般社団法人ホワイトハンズ代表の坂爪真吾氏に話を聞いた。

 一連の動きを見て、坂爪氏は「あっという間に国が方針を変えたのは、ここ数年間の当事者や支援団体の情報発信の積み重ねもあり、報道の取り上げ方が変わったことの影響も大きいだろう。短期間で一万人近い署名が集まったことにも、社会意識の変化を強く感じた。そもそも厚生労働省が今回、性風俗を除外しようとしたのは、これまでの前例に倣っているだけであり、特に合理的な理由や意図があったわけではないのではないか」と語る。

 新型コロナ以前から、厚生労働省の各雇用関係助成金の共通要件には「性風俗関連営業、接待を伴う飲食等営業を行う事業主は受給できない」とある。その理由を加藤大臣は「違法な店が多いことや暴力団とのつながりが問題」としており「今回の休業補償も同様の扱いにした」と述べている。しかし坂爪氏は「10数年間現場を取材してきたが、少なくとも風営法の届出を出して営業しているデリヘルの現場では、暴力団関係者と称する個人には会ったことがないし、暴力団がバックについていると喧伝している店舗も見たことがない」「法令を遵守して営業し、納税をきちんと行っている店舗も多い」と、異を唱えている。(参考:各雇用関係助成金の共通要件|厚生労働省)

 一方、インターネットなどでは「リスク込みで高い収入を得ているのだから我慢すべき」「風俗は脱税している人が多い、税金を投入するのは反対」「補償する場合は納税証明書の提出も義務付けるべき」などの声も挙がった。この「性風俗従事者は高い収入を得ている」という世間のイメージは、実態とはかけ離れている。坂爪氏は、現代の性風俗産業を取り巻く諸問題は、貧困や福祉の領域と重なっていると指摘する。

 著書の中で取材した、子どもを育てながら性風俗店で働くひとり親はどの家庭も決して裕福な暮らしはしていない。それでも性風俗の仕事を選ぶのは、会社員として働くと子どもの都合で休みづらいなど時間的な制約を受けること、かといってシフト制アルバイトの最低時給では必要な生活費を稼ぐことが困難だからだ。特別な資格を持たない、子どもの父親から養育費が支払われないといった事情があるなどして、社会の枠組みから漏れてしまった層を、性風俗産業が掬い上げている実情がある。

 さらに坂爪氏は「たとえ高い収入を得ているからといって、国が補償から除外していいというわけではない。補償の話だけでなく、『高い収入を得ているのだから、盗撮や誹謗中傷、性暴力被害などのリスクを甘んじて受け入れるべき』という考えは誤り」と付け加える。これまでも性風俗産業に投げかけられる自己責任論は少なくなかったが、こうした意見が過度になると社会にどのような影響を与えるのか。

「もともと性風俗従事者は、人に頼ろうとせず全て自分が頑張ればいいと考える人が多い。世間に向けて声を上げても響かないだろうと最初から諦めてしまい、困った時に誰かに相談するという選択肢がそもそもない」

 なぜ人に頼ろうとしないのか。それは、子どもの頃からの環境も影響しているという。従事者の母親もシングルマザーで、人に頼らず全て自分で頑張っていた姿を見ているとそれが当たり前となる。こうした世代間連鎖と、風当たりの強い世論が起こす弊害として、坂爪氏の著書『性風俗シングルマザー』ではこんな女性の事例が紹介されている。

 水商売の仕事をするシングルマザーの母親のもとで育ち、自身も高校中退後にアルバイトと水商売などで生活。学歴、職歴もないまま24歳まで働き、妊娠が発覚したが父親である男性とは別れて一人で抱えてこんでしまう。話しづらい事情のため市の相談窓口へつながれず、妊娠検査や医療費助成の仕組みも知らず、誰にも相談できないままキャバクラで働き続けた。店長に大きくなったお腹を指摘されても太っただけと押し通し、出産当日まで勤務していたという。重い体を引きずりながら家に帰りベッドに横たわると陣痛が始まった。そんなときでも、彼女が取った行動は救急車を呼ぶことではなくスマホで分娩の方法を調べることだった。陣痛から2時間、たった一人で出産を終えた後も、手足を震わせて泣いている新生児を目の前にどうすればいいかわからない。警察に捕まってしまうかもしれないという極度の不安と混乱の中、妊娠相談を行っている支援団体にメールを送った。一刻を争う状況でも、電話には抵抗があったのだという。

「自己責任論が大きくなると、後ろめたさを抱える人がますます追い詰められてしまう。まずは公的な支援を通して生活を立て直し、それから納税について学ぶ機会を与えられれば、納税者を増やすことにもつながる。これを未来への投資とみなすだけの社会的合意をつくりだしていかなければならない」と坂爪氏はいう。

 実際に「風テラス」に寄せられる納税相談は非常に多い。納税したくないのではなく、納税をしてまっとうに生活したいと考えている人が多いということだ。「風テラス」では、水商売や性風俗で働く女性の確定申告に強い税理士を紹介することも行っている。

 さらに坂爪氏は、性風俗産業の健全化に向けて国に働きかけていきたいと考えている。

「性風俗業者は国や銀行からお金を借りられない。融資や補償の制度から排除されているため、手元の資金を維持するために納税への抵抗感が生じてしまう。その空気を変え、法令を遵守し、納税を適正に行っている性風俗従業者がきちんと融資や補償を受けられるような仕組みになれば、業界全体が健全化し、国が心配する暴力団とのつながりや不正なども起こりにくくなる」

 長い間、声を上げにくかった性風俗産業だが、今回の休業補償では国の方針を変えるまでに至った。世論は確実に変わってきている。(石井かすみ)

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