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大倉忠義と広瀬アリスの“ディスコミュニケーション” 『知ってるワイフ』にみる夫婦の問題

リアルサウンド

21/1/21(木) 6:00

 愛し合って結ばれた2人はいつまでも幸せに暮らしました。なーんてことが夢物語であることを私たちは知っている。なぜなら「結婚」の次には「生活」という名の「日常」が待っているからだ。

 そんな夫婦の現実を軽いタッチでコーティングしながらガツンと描くドラマがある。大倉忠義と広瀬アリスがどこにでもいそうな夫婦を演じ、O.A.のたびに“妻の怒りがリアルすぎて怖い”“ウチの夫とまったく同じ”とネットをザワつかせている『知ってるワイフ』(フジテレビ系)である。

 本作は韓国で2018年に放送された同名ドラマを基に再構成されているのだが、両方視聴してみると日本版の方がよりキツい。なぜそう感じるのだろう。

 日韓の微妙な描写の違いがもっとも如実に表れたのが第1話の夫の回想シーン。夫婦がスーパーで大量に買い物をし、レジの順番までもう少しというところで、夫が髭剃り用品を買い忘れたと言い出し、すぐに戻ると妻に告げて並び列から抜ける。

 この時、日本版だと妻の澪(広瀬アリス)は幼い長女の手をつなぎ、さらにまだ立てない長男を抱っこひもで体の前に抱えながらカートを押している。グズる子供たち、周囲の視線、思うように動かせない体。レジの順番が来ても夫は戻らず、仕方なく澪は列を抜ける。やっと帰ってきた夫・元春(大倉忠義)は、替え刃のほかにキッチンペーパーも手に持ち「キッチンペーパー大特価~」と無邪気に笑う。そこで爆発する澪「ふざけんなよ!」

 かわって韓国版だと買い物をしているのは夫婦2人のみで、その場に子供はいない。妻のウジン(ハン・ジミン)は1人でレジの列に並び、夫のジュソク(チソン)は自分が必要なシェービングジェルだけを手に戻ってくるのだ。

 韓国版が自分の思う通りに相手が動かなかったことに怒る妻と、天然風味の夫という関係性を前面に出しているのに対し、日本版では「子育ての苦労を何もわかっていない」と怒る妻と、「良かれと思って安売りのキッチンペーパーも持ってきたのに怒鳴られ呆然とする夫」という夫婦のディスコミュニケーションがシビアに描かれる。その場の子供の有無で表現されたこの違いは大きい。

 また、韓国版の妻=ウジンの仕事はエステティシャン。富裕層のマダムに施術をする中で、彼女からバリ旅行の自慢話を聞かされ、見下された態度を取られる。対して日本版の妻=澪のアルバイト先はファミレス。自分は子供たちを保育園に預け、親子で食事に来ているお客にサーブをする業務だ。

 ここでも、韓国版のウジンが女性としての痛みを強く認識しているのに対し、日本版では働く母親としてのつらさが澪からにじみ出ていたように思う。

 そして、日韓共通のキツさが妻の母親に対する夫の無関心さ。若年性アルツハイマーらしい母親のことを心配し、そのことを夫に相談しようとしても、夫の関心は妻の母の状態ではなく、義母が作る肉じゃがやキムチの有無。うう、書いていて何とも言えない気持ちになってきた。

 さらに、元春もジュソクも家庭の愚痴を話せる同僚や友人がいてガス抜きができているのに対し、澪やウジンにそういう仲間がいる描写はない。妻たちは結婚を機に、それまで築いたキャリアとは違う職種の仕事に就きながら、家事と育児、そして母親の介護にと孤独に走り回っている。

 と、ここまでの流れだと、完全に夫である元春やジュソクが悪いようにも思えるが、それは違う。

 元春もジュソクも浮気や暴力、個人的な借金があるわけでなく、スマホの待ち受けを子供たちにしているような夫であり父親だ。妻が寝室にいれば自分でご飯をチンして食べる。ただ彼らには圧倒的に足りないものがある……それは想像力。

 妻がなぜ自分に対して怒りをぶつけてくるのか、元春もジュソクもその本質を想像し、理解しようとはしない。澪やウジンの怒りの底にあるのは「もっと自分や子供たちを見てほしい。一緒に家庭を運営してほしい」という悲痛な叫びなのに。夫たちには怒る妻がただのモンスターに見えているのだ。

 感情を抑えきれなくなった澪は、元春が小遣いを貯めて買った大事なゲーム機にシャワーの水をかける。その行為に怒り狂った元春は、公園で出会った不思議な男(生瀬勝久)からもらったコインを使い、10年前にタイムスリップ。澪との出会いをスルーして、自分に想いを寄せていた大企業グループ会長の娘・沙也佳(瀧本美織)と結婚する。

 しかし、リッチなお嬢様との結婚生活にも不満をもらす元春。そこに銀行の同僚として現れる澪。明るく前向きに、そして楽しそうに仕事をこなす彼女を見て元春はようやく思い出す。「そうだ、澪はいつも笑っていた」。遅いよ、気づくのが。

 この『知ってるワイフ』ほど、男女、もしくは既婚者と単身者で捉え方が違うドラマは近年なかったように思う。澪の怒りを「わかるよ……」と共感しながら見つめるか、「こえーよ」と笑うか。これまで出たいくつかの記事に「鬼嫁」「モンスター妻」の文字が踊っているのも象徴的だ。

 過去を変え、“理想の妻”沙也佳と結婚した元春は「俺は幸せになる!」と宣言した通り、ハッピーな結婚生活を送れるのか。オリジナルの韓国版では……いや、やめておこう。これは日本で2021年を生きる私たちに突き付けられた“夫婦”の物語なのだから。

■上村由紀子
ドラマコラムニスト×演劇ライター。芸術系の大学を卒業後、FMラジオDJ、リポーター、TVナレーター等を経てライターに。TBS『マツコの知らない世界』(劇場の世界案内人)、『アカデミーナイトG』、テレビ東京『よじごじDays』、TBSラジオ『サキドリ!感激シアター』(舞台コメンテーター)等、メディア出演も多数。雑誌、Web媒体で俳優、クリエイターへのインタビュー取材を担当しながら、文春オンライン、産経デジタル等でエンタメ考察のコラムを連載中。ハワイ、沖縄、博多大吉が好き。Twitter:@makigami_p

■放送情報
木曜劇場『知ってるワイフ』
フジテレビ系にて、毎週木曜22:00~22:54放送 
出演:大倉忠義、広瀬アリス、松下洸平、川栄李奈、森田甘路、末澤誠也(Aぇ!group/ジャニーズJr.)、佐野ひなこ、安藤ニコ、マギー、猫背椿、おかやまはじめ、瀧本美織、生瀬勝久、片平なぎさ
脚本:橋部敦子
編成企画:狩野雄太
プロデュース:貸川聡子
演出:土方政人、山内大典、木村真人
音楽:河野伸
制作:フジテレビ
制作著作:共同テレビ
(c)フジテレビ

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