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人類は深海の5%も目視できていないーー暗黒世界に横たわる巨大地形、その雄大なストーリーとは?

リアルサウンド

20/6/15(月) 10:00

 昨年はイベント・ホライズン・テレスコープが史上初めてブラックホールの撮像に成功、最近ではスペースXが民間企業として初めて有人宇宙飛行に成功するなど、話題にこと欠かない宇宙開発だが、そんな宇宙よりもある意味で「遠い」と言われているのが、本書『見えない絶景 深海底巨大地形』(講談社ブルーバックス)で取り扱うテーマ「深海」だ。深いところではエベレストを丸ごと飲み込むほどの深さがあり、光が届かない暗黒世界。2019年にはアメリカの探検家、ヴィクター・ヴェスコヴォがマリアナ海溝のチャレンジャー海淵にて10,928mという最深の潜航を更新したが、人類はまだ深海の5%も目視できていないと言われている。

 そんな謎深き海底世界だが、日進月歩の研究によって徐々にその姿が明らかにされている。本書は深海研究の第一人者である著者による、深海世界への入門書だ。

参考:作曲は“モード”から始めるべし? 『作曲の科学』が伝える、異色の作曲理論

■深海の巨大地形の成り立ち

 その構成は世界の深海地形を俯瞰する第1章「深海底世界一周」を軸としている。これは岩手県宮古市の宮古港から海底世界を東へぐるりと一周するという設定で、地球の主要な海底地形を詳らかに紹介するもの。日本列島の倍以上の規模を持つ海の台地「海台」、月の直径をも上まわる規模だという海の崖「巨大断裂帯」、地球2周分の長さを誇る超巨大な海底山脈「海嶺」、地上のあらゆるものを飲み込むほどの深さを持つ「海溝」などなど、ここ数十年の研究で明らかにされてきた海底世界の姿が、豊富な潜航経験と知識を持つ著者の実経験を交えながら生き生きと描き出されていく。約2~3億年前に存在した超大陸「パンゲア」を引き裂いた大西洋中央海嶺のくだりなど、その規格外のスケールや、架空の潜水艇「ヴァーチャル・ブルー」を使うという遊び心溢れる設定はさながらSF小説のようで、胸を躍らせながら読み進めるうちに、地学への知識も得ることができる。海嶺や海溝の存在は日本人にとって身近な地震の発生とも密接に結びついており、私たちが地学的にどういったところに住んでいるのか、そういった理解を深める上でも有用だろう。

 第2章以降は深海の巨大地形がどのようにして成り立ったのか、そこから地球そのものの誕生にも論を進める壮大なものだ。著者も断っているが、地球科学はまだまだ謎が多く、ここに書かれていることは著者独自の見解や想像に基づいた内容も多い。だが、そこがまた面白い。

いささか不真面目な私に言わせれば、証拠がないからと議論せずにいるのは、地球科学のいちばん面白いところをみすみす捨ててしまっているようなものです。少ない手がかりから想像(ときに妄想)をふくらませるのは私が最も好むところです。(本書より)

 著者のこのような姿勢とたくましい想像力は本書を親しみやすく、また魅力的なものにしている。「プレートテクトニクス」によって作られた海底の巨大地形、地域による地形の相違、ハワイの溶岩湖を例にとったプレートテクトニクスのおこりなど、日常あまりに当たり前のものとして意識することのない地球の活動に対して、可能な限りの科学的裏付けと推察がなされており、時にハッとした気づきを与えてくれる。特に第4章「冥王代の物語」は圧倒的で、ビッグバンによる宇宙の発生から、元素、鉱石、岩石の誕生、そこから地球が生まれ、マグマオーシャンができ、空と海、陸が誕生する……、そしてそれらの終焉までが論理立てて推理されていく。その気の遠くなるような時間と雄大さを伴った巨視的なストーリーは非常に鮮やかであり、刺激的だ。

■日本の深海底研究が止まってしまう可能性も

 深海底の知られざる世界と、そこから見える地球の正体という大きなテーマに挑んだ本書だが、いわゆる科学モノのような難解さはなく、カジュアルに読み進められる一冊に仕上げられている。あとがきに書かれているが、日本が誇る潜水艇である「しんかい6500」の老朽化が懸念されており、後継機が作られなければ、日本の深海底研究は止まってしまうそうだ。本書にある親しみやすさは、そうした状況を打破すべく凝らされた工夫なのかもしれない。地球科学というものに改めて目を向ける機会として、広く読まれることを期待したい。

■熊谷和樹(くまがい かずき)
1985年生まれ。ライター/編集者/カメラマン。元「アコースティック・ギター・マガジン』(リットー・ミュージック)編集部所属。現在は音楽MVのディレクション、音楽系メディアを中心にライターとして活動中。

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