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樋口尚文 銀幕の個性派たち

荒川良々、くどさとわかりやすさを脱ぎ捨てて

毎月連載

第53回

Netflixオリジナルシリーズ『呪怨:呪いの家』 Netflixにて全世界独占配信中

個性派俳優のことをずっととりあげていながら、こんなことを言うと顰蹙を買うかもしれないが、「大人計画」に集う俳優たちがずっと苦手であった。「大人計画」という括りはいかにも大雑把だが、そうひとまとめにしてもかまわないくらいにこの劇団=芸能事務所には、ある種の共通項を持つ俳優がみごとに揃っている。

列挙していくと、松尾スズキ、宮藤官九郎、顔田顔彦、阿部サダヲ、宮崎吐夢、皆川猿時、村杉蝉之介、荒川良々、近藤公園、猫背椿、田村たがめ、平岩紙……などなど。いずれ劣らぬ個性派で、しかも実力の伴った俳優ばかりなのだが、みんながその外観と演技の異色さをあらかじめ狙っているところがいささか面白味を欠く気がしたのだ。「ファニーな容貌」と「ユニークな演技」をあらかじめ強烈に売りにされると興ざめでもあるし、何かそのわかりやすさへのおさまり方が伸びしろを感じさせない気がした。

もちろん黄金期の撮影所にだって「大人計画」に勝るとも劣らぬ特徴的な脇役はたくさんいた。山茶花究や沢村いき雄などは「大人計画」に在籍していそうな風貌雰囲気である。ただ、彼らが違ったのは、自らのユニークな味をわかりやすくぎらぎらと表に出していたというよりも、量産される映画群のなかで高利貸しをやったりやくざの親分をやったりタクシーの運転手をやったり守衛をやったりしながら、くどい自己主張をするのではなく、自然にあるがままにスクリーンの一隅を照らしてきたということだ。

やはり映画のバイプレーヤーというのは、映画固有の時間のなかでじわじわと魅力を醸してゆくもので、マンガの一枚絵みたいにわかりやすくユニークさ、ファニーさをアピールするような雰囲気や演技は、長い物語を味わう堪え性のないテレビのバラエティの視聴者を相手にしているような気がしてしまうのである。私の偏見も大いにあるとは思うものの、「大人計画」の役者たちのわかりやすすぎる押し出しは、ちょっとそんなきらいがあるような気がしたのだ。そしてまた、そういったわかりやすさをとかく大衆は好むので、その狙いすました感じもちょっとどうかと思った。

Netflixオリジナルシリーズ『呪怨:呪いの家』
Netflixにて全世界独占配信中

ところが最近、続けて「大人計画」の看板俳優の最新の仕事を観て、その思いこみがにわかに修正されてゆくのを感じた。ひとつは大森立嗣監督『MOTHER マザー』で、主人公のシングルマザーの長澤まさみをたぶらかすホストに扮した阿部サダヲの演技。今ひとつは三宅唱監督のNetflixのドラマシリーズ『呪怨:呪いの家』で心霊研究家に扮した荒川良々の演技。ともにいつの間にか俳優としてのキャリアも長くなっているが、これらの演技にあっては、いわゆる「大人計画」的なフレームが金属疲労を起こしてヒビ割れてきたような印象があったのだ。もちろん二人とも演技とイメージを定番化、陳腐化させない努力を払っているのは理解できるのだが、それを超えた“構わなさ”の味が感じられて魅力的だった。これは技ではなくキャリアがもたらすニュアンスなのかもしれない。

ちなみに荒川良々はサブカル漫画のキャラみたいな風貌でずっと若々しく見られるが、実は1974年生まれの46歳。『呪怨:呪いの家』では、そのいいオッサンぶりが、共演の黒島結菜の溌剌ぶりと対照をなして、妙にいいのだ。2008年の映画初主演作『全然大丈夫』のほかはこまごまとした出演が多いが、映画でもドラマでもやや突出した異色な役柄をふられることが多いので、なかなか本人も何気ない役柄を型にはまらず演ずるという機会に恵まれないのかもしれない。『呪怨:呪いの家』では三宅唱監督が絵に描いたような定番ホラーの設定を排除して、紋切型のリアクションなども禁止したので、「心霊研究家」というレッテルすら剥がれた正体不明の匿名のオッサンが画面のなかを心もとなくうろうろしているような印象となり、そこがいかにも新鮮であった。

さてこんな荒川良々はどこの出身なのだろうと調べると、佐賀県小城市というのでちょっと笑った。小城はしばしばコジロと誤読されるがオギと読み、小城羊羹=オギヨウカンと竹下製菓のブラックモンブランというお菓子やアイス以外はあまり思い出すものもない、県の中央にありながら実に地味な土地である(マスコットキャラは、ようかん右衛門!)。そこは“狙っていない”荒川良々のようなオジサンが茫洋とそぞろ歩いているようなところで、少し道がそれたら荒川も著名人ではなくそういったオジサンの一員として終生小城に暮らしたかもしれない。だが、俳優としての味を担保するものは、都会のメディアになじむくどさ、わかりやすさではなく、この小城の持てるかたちもなき風味であろう。それを意外や『呪怨:呪いの家』を観ながら確信したのであった。


最新出演作品

Netflixオリジナルシリーズ『呪怨:呪いの家』
7月3日(金) Netflixにて全世界独占配信(全6話)

監督:三宅唱
脚本:高橋洋/一瀬隆重
出演:荒川良々/黒島結菜
里々佳/長村航希/岩井堂聖子/井之脇海/テイ龍進/松浦祐也/土村芳/柄本時生/仙道敦子/倉科カナ
【番組サイト】https://www.netflix.com/jp/title/81059942


プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』。新作『葬式の名人』がDVD・配信リリース。

『葬式の名人』(C)“The Master of Funerals” Film Partners

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

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