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ましのみの楽曲が現代の若者の心に響く理由 『死にたい夜にかぎって』OP主題歌を機に考察

リアルサウンド

20/3/31(火) 21:00

 3月18日発売のアルバム『つらなってODORIVA』収録曲「7」がMBS/TBSドラマイズム『死にたい夜にかぎって』オープニング主題歌に起用されているましのみ。同曲が毎話切なさにつつまれるドラマの雰囲気を盛り立ててきた。

(関連:ましのみが迎えた“変化”の理由 sasakure.UKとのコラボ曲「エスパーとスケルトン」から紐解く

 『死にたい夜にかぎって』は、「君の笑った顔、虫の裏側に似てるよね。カナブンとかの裏側みたい」――憧れのクラスメイトにそう指摘され、この日を境にうまく笑えなくなった、という著者・爪切男本人の実体験に基づくストーリー。様々な女性たちに翻弄され、「ろくでもない人生」を送りつつも、「まあいいか」と言えてしまう、愛とユーモアのある男が主人公だ。

 「7」はまさに〈ろくでもない僕でさ〉という歌詞で始まり、ドラマの主人公の胸の内を歌ったような楽曲。この曲は、他人にどう思われても二人の世界は温かいということをよく表現しており、この点でも物語とリンクしている。人によっては「最悪」と言われかねない人生を「最愛」とする姿勢を、見上げるだけでそこにある〈僕らの闇を照らすミラーボール〉と表現しているところが、個人的に好きだ。闇を照らす満天の星ではなく、ミラーボール。あたり一面を広く照らすものではないけれど、僕らを笑顔にしてくれる光に、この歌の主人公、ひいてはましのみは気づく力があるのだと思う。

 中野舞子監督によるドラマ仕立てのMVも、楽曲の世界観を広げてくれる。二人の登場人物の何気ない日々のカットに想いを馳せながら、歌詞を堪能するのも良いだろう。後半、ミラーボールのような色とりどりの光が、二人に当たるシーンも美しい。

 ましのみといえば、これまでエレクトロサウンドやチップチューンを取り入れ、声のキーも高く可愛らしい印象の楽曲が多かった。しかし今回はゆったりと低いトーンで歌い上げられ、これまでとは異なるシンガーとしての魅力が一層引き出されている。

 また、同曲にはましのみというアーティスト個人の「欲」のようなものが、良い意味で感じられない。他者の幸せに対する願いがあるように感じるのだ。実際、タイトルの「7」の由来は「“ろくでもない”我々に幸がありますようにとラッキーセブンの「7」」なのだという。ましのみは以前インタビューで、デビューからの2年間は「「世間という怪物に対して、いかに突き刺すか?」ということを考えながら音楽を作っていた」(参照:CINRA)と話していた。ましのみはそういったフェーズを抜け、自分ではない誰かの生活のための音楽を、自信を持って作れるようになっているのだと、本作から感じた。

 ミニアルバム『つらなってODORIVA』の他曲でも、一癖も二癖もある言葉選びのセンスでままならない人生を痛快に歌う。「NOW LOADING」は、ましのみ自身も好きだというパソコン音楽クラブが編曲。ましのみらしさのあるエレクトロ調でありながら、ゆったりとなめらかに進む一曲だ。〈君の気配がしつこくてさ〉と昔の恋を忘れられない主人公が自暴自棄になっている様が、〈踊ればいいんだろう〉〈浮つくリズム〉〈胡蝶の夢〉などのワードで浮遊感を持って描かれている。「エスパーとスケルトン」はましのみが「全人類の中にあるクヨクヨした乙女心に向けて書いた曲」と語っているとおり、細かいことや駆け引きなんて考えずに恋をしよう、という気にさせてくれる。単に「恋せよ乙女」ではなく〈迂闊に恋せよ乙女〉と歌っているところが実に清々しい。「薄っぺらじゃないキスをして」はサビの壮大さにハッとさせられる一曲。また最後の「のみ込む」も含め、生音感を大切にした音録りで、声とピアノが前面に出ているのも印象的だ。全5曲の中に、ましのみの「今」を感じることができる作品である。

 “ODORIVA”の意味についてましのみは、「日々のいろんな状況に寄り添える、休憩ができる、逃げ場」(参照:ポニーキャニオン公式ニュース)と語っており、まさに恋愛を軸に、恋の始まりから終わりまで、様々な感情が描かれている。「なかなか前に進めないときでも、前に進んでいくための一段に後から振り返ったらなっているというか。“ODORIVA”が連なることで前に進んでいけるというイメージ」と本人はさらりと語っているが、逃げ場が次に進むための一歩、という捉え方は簡単にできるものではない。“弱さ”を受け止めたり、“休むこと”や“逃げること”を肯定できるマインドこそがましのみの優れた点であり、本質であり、現代の若者の心を掴む所以なのだと思う。この先も踊り場を挟みながら、彼女自身も一段一段進みゆく姿を応援していきたい。(深海アオミ)

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