Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

スロージャーナリズムが人々をデジタル疲れから救う? 『デジタル・ミニマリスト』の提案

リアルサウンド

19/10/31(木) 8:00

 私たちはデジタル・ツールで情報を追うのに精いっぱいだ。SNSやニュースフィードに注意を向けさせられ、惰性で情報摂取することもある。しかし、こういった状況は、ユーザーの意志だけではコントロールしようがない。なぜなら、テクノロジーを生み出す企業は、ユーザーが注意を向けるよう意図的に開発・運営しているからである。

 では、デジタル・ツールに追われる生活を止めるにはどうすればよいのか? 『デジタル・ミニマリスト 本当に大切なことに集中する』(早川書房)では、その対処法としてデジタル・ミニマリズム=一握りのツールの主体的な利用を提案する。

 著者のカル・ニューポートは、前著『大事なことに集中する―――気が散るものだらけの世界で生産性を最大化する科学的方法』(ダイヤモンド社)の発売後、読者から次のような反響を受けた。「仕事を離れた場面でもやはり新しいテクノロジーにつきまとわれ、生活の質や充足感が低下しているような気がして、そのことにさらに大きなストレスを感じている」と。それをきっかけに、本書の執筆に取りかかったのだという。

 本書の目標は、「根拠を示してデジタル・ミニマリズムの有効性を伝えること」である。さらに「実践には何が必要か、なぜうまくいくのかを詳しく探求し、そのあとデジタル・ミニマリズムを取り入れるには何をすべきかを説明していく」とある。豊富な実証例からSNSやニュースフィードへの依存構造をひもとき、そこから説得力ある手法を提示するのだ。

 詳細は本書にゆずるとして、本稿ではデジタル・ツールによる“疲労感”の対処法に焦点を当てたい。その一つとして有効なのは、スローメディアの活用だ。

 本書でも触れているように、スローフードの流れに倣うかたちで、スローメディアは登場した。「2010年初め、社会学、テクノロジー、マーケット・リサーチと三者三様のバックグラウンドを持つドイツ人トリオ」が、とある文書をネット上に公開。その名は『Das Slow Media Manifest』。「英語に訳せば『The Slow Media Manifesto(スローメディア・マニフェスト)』」である。  

 以下、全文を見てみる。

「21世紀の最初の10年間、テクノロジーにおける“遊び心”は、メディア環境の技術的基盤に大きな変化をもたらしました。おもな流行語は、ネットワーク、インターネット、ソーシャルメディアです。20年後、人々は新しいテクノロジーを探し求めなくなり、現状よりさらに簡単かつ高速で、費用対効果の高いコンテンツ制作が可能になります。しかし、私たちにとって、スローメディア革命に対する世間の反応は、政治的、文化的、社会的に発展し、統合されるべきだと考えています。「スローダウン」ではなく「スローフード」のような「スロー」という概念がこのための鍵です。「スローフード」のように、スローメディアは単に消費の減速をねらうわけではなく、ニュース素材を慎重に選択し、周到な準備をすることです。スローメディアは誰にでも開けており、読者にとって親切なメディアです。私たちはこのマニフェストをみなさんと共有したいです」(The Slow Media Manifesto)

 イギリスの『Delayed Gratification』は、世界初のスロージャーナリズム誌として2011年に創刊された(以降、DGと表記)。同誌は、速報として一度は報道されているものの、数ヵ月すぎても充分な解説はなされていないとみなしたニュースを収集。速報時のトピックにその背景を付け加えるだけでなく、写真、インフォグラフィック、グラフィックノベルもまじえ、視覚に訴える記事にする。最新号の2019年9月号では、今年の4~6月に報道されたニュースについて詳述している。例えば、火災の起きたノートルダム大聖堂の保存方法や、天安門事件から30年の振り返りといった内容だ。DGは速報系が主流になりがちな報道業界で、スロージャーナリズムを主流に食い込ませることを目標としている。

 また、本書でも触れている『De Correspondent』(英語版)もスローメディアの代表格だ。同誌もまた、「Breaking News」(いま入ったばかりのニュース)とは対立するかたちで、「Unbreaking News」(最新じゃないニュース)を報道する。『ディープフェイクと闘う 「スロージャーナリズム」の時代』(朝日新聞出版)によると、同誌は「物事の背景にある出来事や歴史的経緯など、そのニュース本来の意味にフォーカスして深い解説を加えることで内容を充実」させているとのこと。そして、そのような報道スタイルは、「日々押し寄せるニュースから置いてけぼりになりかけている読者を救済しよう」という挑戦でもあるのだ。

 スローメディアには更新頻度、メディアの規模、テクノロジー形態、収益構造(上記2つは有料制)などによって様々なかたちがある。しかし、速報で消耗する状況を改善できる余地はある、という強い信念は共通しているといえよう。

 様々な手段で注意を引きつけるアテンション・エコノミーによって、人々の注意が細切れで衝動的になっている昨今だが、スロージャーナリズムは主体的に情報を選択し、テキストに深く集中する習慣をよみがえらせる可能性がある。結果として、人々は情報の洪水による疲労感からも解放されるかもしれない。ちなみに、『De Correspondent』は月額1ドルからの投げ銭制だ。海外メディアだが、機械翻訳をつかえば大意はつかめるだろう。新しい報道のかたちとして、一読してみてはどうだろうか。

 日本でもまた、スロージャーナリズムは台頭しつつある。スマートニュースは今年6月に「調査報道とそれを支えるジャーナリストやメディアの活性化」を目的として、子会社「スローニュース株式会社」の設立を発表した。インターネット以降、費用や時間の問題から取り組むことが困難になった調査報道も、スロージャーナリズムによって復活する可能性があるのだ。

 『デジタル・ミニマリスト 本当に大切なことに集中する』では他にも、「スマートフォンを置いて外に出る」、「“いいね”をしない」、「対面での会話を取り戻す」など、デジタル片づけの例を多数提案している。デジタルツールとの関わりを見つめ直すきっかけが欲しい方にはうってつけの一冊といえるだろう。

(文=梅澤亮介)

■書籍情報
『デジタル・ミニマリスト 本当に大切なことに集中する』
カル・ニューポート 著
価格:1,980円(税込)
発売/発行:早川書房

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む