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『ピアノの森』が示した、クラシック音楽の新しい形 反田恭平、牛牛ら手掛けたサントラを読み解く

リアルサウンド

19/5/11(土) 18:00

 クラシックを題材にしたTVアニメ『ピアノの森』(NHK総合)のサントラが、日本コロムビアより3月から4月にかけてリリースされている。『ピアノの森』は、一色まこと原作によるコミックをアニメ化したもの。NHK総合にて第1シリーズが2018年4月から7月にかけて放送され、第2シリーズが2019年1月から放送開始、4月14日に最終回を迎えた。

参考:シンガーソングライター大原ゆい子、アニメ作品に寄り添った変幻自在な楽曲制作力

 主人公の一ノ瀬海(カイ)は、天才的なピアノの才能を持ちながらも複雑な家庭環境で育ち、森に打ち捨てられていたピアノ(森のピアノ)をいつもおもちゃ代わりに弾いていた。ある日カイの通う小学校に、世界的なピアニストを父に持つ雨宮修平が転校生として現れる。親友となった雨宮との交流を通してピアニストとして成長していくカイ。やがてショパン・コンクールに挑戦、見事優勝を果たし世界へと羽ばたいていくストーリーである。

 原作コミックは、今から21年前に連載スタートし、2015年に終了した。主人公を始め、登場する人物は皆それぞれの「葛藤」や「苦悩」を抱えており、ピアノを通して出会った人々との交流の中で乗り越えていく。そんなストーリーや人物描写は、現代において、少しも色あせることなく観る者の心に強く響くのだ。

 そんなTVアニメ版の「鍵」を握っていたのは「音楽」だった。なぜなら劇中で流れるピアノ演奏を担当したのが、国内外で活躍する気鋭のピアニストたちだったのである。

 主人公カイの師である音楽教師、阿字野壮介のピアノは、反田恭平が担当。2015年に20歳でデビューアルバム『リスト』をリリースした反田は、その並外れた実力はもちろん、サッカー少年からピアニストへと転向するなど、いわゆる「エリート教育」を受けずにピアノをマスターした経歴から、「クラシック界の若き異端児」としてその名を轟かせた。

 カイの親友でありライバルでもある雨宮修平のピアノは、現在26歳の髙木竜馬が担当。2歳からピアノをはじめ、渋谷幕張高校在学中にウィーン国立音楽大学コンサートピアノ科に首席合格し、現在はウィーン国立音楽大学に在籍する実力派。さらに同作のクライマックスである「ショパン・コンクール」に参加した中国人パン ウェイのピアノは、現在21歳の牛牛(ニュウニュウ)が担当。中国の福建省アモイに生まれた彼は、3歳で初心者用の楽譜を1冊丸ごと弾き両親を驚かせるなど、早くから才能の片鱗を見せる。6歳のときには聴衆1000人の前でデビューリサイタルを行い、わずか8歳で上海音楽学院の中等部に入学。イギリスのチャールズ皇太子からもお墨付きをもらうなど、海外で若き才能を遺憾無く発揮しているピアニストのひとりだ。

 他にも、ショパン・コンクールの参加者であるポーランド人のピアニスト、レフ・シマノフスキをシモン・ネーリング、才色兼備のピアニスト、ソフィ・オルメッソンをジュリエット・ジュルノーが担当。キャラクターの国籍にあわせて演奏者をキャスティングするなど、作り手側の作品愛を感じる細部へのこだわりは原作/アニメファンの期待に十分応えたと言えるし、その豪華なピアニストの面々にはクラシックファンからも歓喜の声が上がっていた。なお、主人公カイの奏者に関しては、非公表となっている。

 さて、そんな中リリースされているのが同アニメのピアノアルバム。第一弾となる『「ピアノの森」一ノ瀬 海 至高の世界』は、その主人公カイの演奏を収めた2枚組。ダイナミックかつ繊細、一歩間違えれば破綻しかねないギリギリのバランスで成り立つ天才的なプレイスタイルを展開している。

 曲目も、モーツァルトのピアノ・ソナタ第2番や、リストの「ラ・カンパネラ」、そしてもちろんショパン・コンクールで演奏されたレパートリーなどが網羅されており、中でもコンクールのファイナルで演奏する、ショパンのピアノ協奏曲第1番は、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団との共演で、コンクールの舞台であるフィルハーモニーホールでレコーディングされるなど、こだわり抜かれた内容だ。

 また、4月17日にリリースされた『「ピアノの森」Piano Best Collection II 』には、主人公カイによる演奏のほか、阿字野壮介役の反田恭平や、雨宮修平役の高木竜馬、パン・ウェイ役の牛牛による演奏も収録。最大の聴きどころは、物語のクライマックスとなったカイと阿字野による「ラフマニノフ:2台ピアノのための組曲(ロマンス)」で、聴けばアニメの名シーンが目の前に蘇ること必至だ。

 他にも、雨宮修平、パン・ウェイにそれぞれフォーカスをあてた『「ピアノの森」雨宮修平の軌跡』(演奏:髙木竜馬ほか)『「ピアノの森」パン・ウェイ 不滅の魂』(演奏;牛牛)もすでにリリースされており、好評を博している。

 カイのピアノとはまた一味違う、丁寧で温かみのある雨宮の奏法。両親が共にピアニストというアカデミックな環境で育った雨宮は、物語が進むにつれて自身のピアノと向き合い、奏者としての真の才能に目覚めていく。そんな雨宮の内面の変貌が、髙木の手によって彩られる。

 一方のパン・ウェイは、雨宮とは対照的に両親の愛とは無縁とも言える波乱万丈な人生を歩んだキャラクター。孤高のピアニストであるパン・ウェイが、阿字野との邂逅によってピアノを心から楽しむことを知るまでを、牛牛がその演奏で見事に演じている。

 『ピアノの森』劇伴担当の富貴晴美氏が「やっぱり違う奏者が演奏していることで、よりコンクールを観ているような感覚というか、「ショパン・コンクールもきっとこんな感じだな」って思います」と語っていたように、一人の奏者が全てを弾き分けたとしていたら、登場人物たちの個性や演奏のリアリテイをここまで追求することはできなかっただろう。(参考:TVアニメ『ピアノの森』劇伴担当・富貴晴美インタビュー)

 一般的に聞き馴染みのあるクラシックの名曲たちが、キャラクターになりきった新進気鋭のピアニストの瑞々しい演奏によって表現されていく様は、物語の中のBGM的なサウンドトラックとしてではなく、純粋にひとつのクラシック作品として評価できる内容になっているのではないだろうか。その上、登場人物たちの心情を雄弁に語る楽曲群は、『ピアノの森』の物語と照らし合わせて聴くことで、その重要性がより浮き彫りになってくる。

 私たちがクラシックの演奏を聴く何よりの醍醐味は、その演奏者がスコアを通して作曲者と「対話」する様子を、つぶさに観察できるところにある。ところが『ピアノの森』は、それぞれの演奏者が自身にキャラクターを「憑依」させるというプロセスを経て、そこから作曲家に対峙する「入れ子構造」になっているのが特徴だ。しかもその演奏を、「アニメーション」を使って見せることにより、「作曲者」「演奏者」「キャラクター」そして「アニメーション」という4つの表現がタペストリーのように重なり合い、これまでにない「視聴体験」をもたらすことに成功しているのである。

 生粋のクラシックファンも唸るピアニストを集めた『ピアノの森』サントラ。ポップスと比べると、クラシック音楽はどこか堅いイメージを持ってしまうが、『ピアノの森』という拓けた作品を通すことによって、そのハードルはグッと低くなるように感じる。『ピアノの森』を観てクラシックに興味を持ったクラシックビギナーはもちろん、作品は未見のクラシックファンも楽しめること請け合いだ。(黒田隆憲)

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