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立川直樹のエンタテインメント探偵

『ヤン・リーピンの覇王別姫~十面埋伏~』は期待と想像をはるかに超えている!

毎月連載

第19回

『ヤン・リーピンの覇王別姫 ~十面埋伏~』

 やられた! 『ヤン・リーピンの覇王別姫~十面埋伏~』期待と想像をはるかに超えていた。無数のハサミがフリ下がった舞台上方を覆う鈍い輝きのオブジェにまず驚かされて始まった2時間の舞台は息を呑む、洗練を極めた演出で観る者を圧倒した。

 中国紀元前の物語を史実に忠実というより、独自の表現と視点で新しい光を照射し既成概念を超え、本当に凄いものを創り出したヤン・リーピンには完全に脱帽だ。

 中国伝統舞踊や武術系の研ぎ澄まされた型と、現代舞踊のクールな動きミックスさせた振付に、琵琶や琴、太鼓などによる伝統楽器による斬新なアレンジの生演奏で舞台で躍動する出演者たちの抜群のテクニックと表現力はロンドンのダンスの殿堂サドラーズ・ウェルズ劇場で大好評を博したというのも納得の素晴しさ。スタッフも映画『グリーン・デスティニー』でアカデミー賞最優秀美術賞を受賞し、2014年の『孔雀』でもタッグを組んだ鬼才クリエイター、ティム・イップが美術・衣裳デザインを務め、緊迫感や登場人物たちの運命の暗示など様々なシーンを表現する2万本のハサミはアメリカを中心に国際的に活躍する美術家、ベイリー・リュウも参画して舞台が創られ、そこに開場中から終演まで紙を切り、文字や人型を作り出す切り絵師がいるなど、ヤン・リーピンのヴィジョンは途方もないところまで拡がっていったが、“奇蹟の舞姫”として一世を風靡したヤン・リーピンはこの作品で“奇蹟と魔法を起こす演出家”として世界中で賞讃されることになるだろう。

『ヤン・リーピンの覇王別姫 ~十面埋伏~』

 物語の終盤に、血や命のはかなさを意味するものとして舞台上を埋め尽くした赤い羽根は今は亡きピナ・バウシュが使った赤いチューリップを思い起こさせたし、時空の移動のうまさは寺山修司やパゾリーニといった天才の仕事とクロスしているようにも思えた。

 そして重要なのは、この作品がヤン・リーピンの新しい冒険といえるものであることだ。10代の荒井由実やYMOを世に送り出したプロデューサーであり、『翼をください』や『エメラルドの伝説』など数々の名曲の作曲者でもある村井邦彦の息子であるヒロ・ムライが銃社会や黒人差別を批判したラッパー兼俳優チャイルディッシュ・ガンビーノの『ディズ・イズ・アメリカ』で最優秀ミュージックビデオ賞を受賞した以外は、アメリカ芸能界のお祭りの域を出なかったグラミー賞の授賞式の狂騒とは真逆のところに位置するアート・エンタテインメントの極致とも言えるが、本当に価値基準や判断が難しい時代になってきていると心から思う。

『ボヘミアン・ラプソディ』(C)2018 Twentieth Century Fox

 それに情報の伝わり方。3月7日まで青山にあるブティックで開催されている『対極の美 コシノジュンコのジャポニズム展』なども、黒とゴールドがうまく調和している感じなど見るに値するものが多いのに人知れず終わってしまいそうなことが実に残念な気がするが、遂に興行収入が日本だけでも100億円を超えてしまったという『ボヘミアン・ラプソディ』のメガヒットによって、映画としてはずっとよく出来ている『アリー/ スター誕生』がそのあおりを受けて大コケしてしまったことも現代社会の現状であると思わざるを得ない。

 かつてキング・クリムゾンのロバート・フリップが口にした「大量生産大量遺棄される音楽とは一線を画していたい」という言葉は21世紀になって20年近くが経過した今、とても暗示的であり、その音楽と同じようにいぶし銀の輝きを放っている。

 そして、かのスティーヴィー・ワンダーが『サー・デューク』という名曲を作り、リスペクトの気持を表現したデューク・エリントンが口にした「世の中にはいい音楽と悪い音楽しかない」という名言。本当に今や世の中ではいい音楽や映画、きちんとした美術作品とかが軽視されている気がする。

作品紹介

『ヤン・リーピンの覇王別姫~十面埋伏~』

日程:2019年2月21日~24日
会場:Bunkamuraオーチャードホール
芸術監督・演出・振付:ヤン・リーピン
出演:ヤン・リーピンカンパニー

『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年・米)

2018年11月9日公開
配給:20世紀フォックス映画
監督:ブライアン・シンガー
出演:ラミ・マレック/ルーシー・ボイントン/グウィリム・リー/ベン・ハーディ

『アリー/ スター誕生』(2018年・米)

2019年12月21日公開
配給:ワーナー・ブラザース映画
監督・製作・脚本:ブラッドリー・クーパー
出演:レディー・ガガ/ブラッドリー・クーパー

プロフィール

立川直樹(たちかわ・なおき)

1949年、東京都生まれ。プロデューサー、ディレクター。フランスの作家ボリス・ヴィアンに憧れた青年時代を経て、60年代後半からメディアの交流をテーマに音楽、映画、アート、ステージなど幅広いジャンルを手がける。近著に石坂敬一との共著『すべてはスリーコードから始まった』(サンクチュアリ出版刊)、『ザ・ライナーノーツ』(HMV record shop刊)。

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