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樋口尚文 銀幕の個性派たち

三浦春馬、個性派を志向し続けた「老成」のひと

毎月連載

第54回

写真:Shutterstock/アフロ

元子役の大ベテラン個性派俳優についてすでに本稿を書き進めていたのだが、つい先ほど三浦春馬が自ら命を絶ったという報が出て、しかも彼がやはり子役出身だったことを初めて知り、今回の稿は三浦春馬に捧げることにした。

というのも数年前にさまざまな昭和の名子役の方々にインタビューして一冊の本として上梓したのだが、その仕事を通して最終的に感じたことは、子役という仕事がみんなの思っているレベルの何倍も当人の人格形成に影響を及ぼし、一生涯の道筋を変えてしまうくらいの苛酷さを含んでいるということだった。

もちろん三浦春馬の自死の遠因がそこにあるなどと軽々に論ずることは慎みたいが、少なくともあのまだ三十歳になりたてなのに「老成」した感じの印象には元子役特有のものを感じた。子役には、幼い頃から年長のスタッフたちの言葉に敏感であることが求められ、ストイックにそれをこなし、また子どもらしい無邪気な感情の発露を抑えて、大人びたプロとしての振舞いが求められる。幼き日の三浦春馬が語る映像もまさにそれを感じさせるが、ハイティーン以降の彼もこうした子役としてのトレーニングデイを経た俳優特有の、落ち着きと諦観じみたものを常に漂わせていた。

そんな三浦春馬が1997年のNHKテレビ小説『あぐり』や1999年の原田眞人監督の映画『金融腐蝕列島[呪縛]』に子役として出ていたとは全く知らなかったが(前者には生田斗真も出ていた)、一躍彼を広く知らしめたのは2006年の映画『恋空』だろう。ケータイ小説が原作ともの珍しく喧伝されたが、筋書は往年の『愛と死をみつめて』の新世紀版といった感じの青春メロドラマだった。それなのに、新垣結衣の無敵のフレッシュさと、それを手堅く受け止め、盛り立てる三浦春馬の安定感ゆえに、多くの若い観客を惹きつけた。

みんなが16歳の大型新人だと思っていたに違いない三浦は、そんなふうに若くしてどこか自己限定的で、それが安定感を生んでいた。同年のドラマ『14才の母』でも中二の志田未来を妊娠させてしまう有名中学の三年生を演じたが、現実に翻弄されるティーンエージャーを真摯に演じている彼自身はひじょうに落ち着いて見えた。そして2008年には人気ドラマシリーズ『ごくせん』第3シリーズを経て、ドラマ『ブラッディ・マンデイ』で天才ハッカーの高校生役で主演を果たす。これは意欲的なつくりのサスペンスで、三浦が乗って演じているのがわかったが、なぜか視聴率が今ひとつだったので本人がひじょうに気にしていたとも言われる。

しかし2009年のドラマ『サムライ・ハイスクール』で時おり武将の霊がおりてくる草食系男子というユニークな役柄に挑んだり、2011年のドラマ『大切なことはすべて君が教えてくれた』では年齢的にはじめての教師役を好演したり、映画でも2010年にいかにもファンタジックで優しい二枚目を映画『君に届け』で演じたそばから、2011年の映画『東京公園』では青山真治監督の澄明な作家的世界観のなかでのびのびと主演をつとめたり、単なる二枚目俳優におさまらない振れ幅を追求しているのがよくわかった。そんな意味で、私にとっての三浦春馬は、ひたすら主役のステイタスを志向するスタア俳優ではなく、主役であれ脇役であれ役柄の面白さを第一義とする「個性派俳優」なのであった。

『コンフィデンスマンJP プリンセス編』(C)2020「コンフィデンスマンJP」製作委員会

この後も2013年のドラマ『ラスト♡シンデレラ』でそつなくラブコメをこなしたかと思えば、その製作陣に三浦が提案して実現した2014年のドラマ『僕のいた時間』では難病と闘い懸命に生きる主人公を熱演し、さらに2016年にはカズオ・イシグロ原作の異色作『わたしを離さないで』でも印象深い演技を見せた。同時期には映画でも、2014年の行定勲監督の意欲作『真夜中の五分前』に主演したかと思えば、2015年の樋口真嗣監督の娯楽大作『進撃の巨人』に主演するなど、こうしたチャレンジの幅を常に感じさせ、さらに『キンキーブーツ』や『罪と罰』など舞台でも果敢な芝居を見せていた。こうした三浦春馬の試みは(いま彼が子役出身と知って得心がいくのだが)若さを勢いまかせに噴出させているというよりも、はじめに書いたように一見「老成」したストイックさをもって行われるのだった。

しかしこんなことになる前は、私は必ずしも三浦春馬の「老成」ぶりを(普通の子役出身俳優にありがちな)後ろ向きのおとなしさと一緒くたにする気にはなれなかった。むしろその落ち着きぶりが、これから長年にわたって本当に老熟するまで、じわじわといいものを見せ続けてくれるのではないか(ひとときの旬に散る花火ではなく)という“伸びしろ”に感じさせた。多くの俳優が、その魅力の源泉を“若さ”に負うてうるなかにあって、これはひじょうに独特なものだという気がした。

NHKで3年目に入っていた『世界はほしいモノにあふれてる』という人気番組で、三浦春馬は司会をつとめていたが、その司会としての三浦のたたずまいにとても好感を持ったので、ついつい毎回チャンネルを合わせていた。そのいつも肩の力をぬいて、素朴にゆったり構えている三浦の“素”の姿勢が、くだんの“伸びしろ”の根拠なのかもしれない、と勝手に思っていた。三浦春馬が年齢を重ねたら、成瀬巳喜男の映画に出てくる上原謙のような、凄く二枚目なのに妙にあれこれ人生の苦渋や迷いやエゴを感じさせるスタア性格俳優になってくれるのではないかとずっと考えていたのだが、その妄想もこれでかなわなくなった。

私は三浦春馬が出ている映画『コンフィデンスマンJP プリンセス編』の試写を観たすぐ後に彼の訃報を聞いて愕然としたが、この映画のなかでの彼はキザなジゴロの詐欺師に扮して華麗なオーバーアクトで笑わせてくれた。こんな屈託のない演技を楽し気に見せてくれる人が、そうおいそれと自らの命を絶つものだろうか。人の抱える闇というものは本当に御し難いものだが、いずれにしてもこうしたかたちでの若すぎる才能の喪失は、ひじょうにこたえる。三浦春馬の死は、疫病禍のただなかにおける深い黒点のような記憶として、人々を憂鬱にいざない続けることだろう。

最新出演作品

『コンフィデンスマンJP プリンセス編』(C)2020「コンフィデンスマンJP」製作委員会

2020年7月23日公開 東宝
監督:田中亮 脚本:古沢良太
出演:長澤まさみ/東出昌大/小手伸也/小日向文世/関水渚/前田敦子/ビビアン・スー/白濱亜嵐/古川雄大/滝藤賢一/濱田岳/石黒賢/生瀬勝久/柴田恭兵/北大路欣也/竹内結子/三浦春馬/広末涼子/江口洋介

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』。新作『葬式の名人』がDVD・配信リリース。

『葬式の名人』

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

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