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海外映画取材といえばこの人! 渡辺麻紀が見た聞いた! ハリウッド アノ人のホントの顔

クリストファー・ノーラン

連載

第39回

── 今回は、最新作の『TENET テネット』が公開されたばかりのクリストファー・ノーランです。『TENET テネット』、一度観ただけでは分からないという評判ですね。

渡辺 そうなんですよ。じゃあ二度観れば分かるのかというと、そうでもないような気もする。実はノーラン、故意に分からないように作ったという説もあるんですが、そういう噂が出るのも分かるくらい不親切(笑)。上映時間は2時間35分あり、ストーリーにもまるでついていけないのに、なぜかまったく退屈はしないんです。力ワザでねじ伏せられた感じでしょうか。

『TENET テネット』 で主演のジョン・デヴィッド・ワシントンに演出をつけるノーラン。

そもそも時間逆行装置の説明シーンで、主人公が理解できないでいると、研究員みたいなお姉さんが「考えるな、感じるんじゃ」とヨーダみたいな助言をする。だから、ストーリーを追うような映画じゃないってことですよ、おそらく。大きな劇場に身を置いて、映画の世界に溶け込めばいいんです、きっと。

考えてみれば『バットマン ビギンズ』(05)のとき、修行中のブルース・ウェインにラーズ・アル・グールが「恐怖を克服するんじゃ」的なセリフを言ってましたからね。これもヨーダっぽかった。

── ノーランは『スター・ウォーズ』(77)、好きなんですか?

渡辺 映画を好きになったきっかけが、最初の『スター・ウォーズ』だったと言ってました。『バットマン ビギンズ』のとき、ラーズ・アル・グール役のリーアム・ニーソンから聞いたんですが、「私も『スター・ウォーズ』っぽすぎると思ってクリスにセリフを変えたほうがいいのではと言ったくらいなんだ。それで残ったのが「恐怖を克服するんじゃ」だったんだよ」と教えてくれました。リーアムは「ノーランが『スター・ウォーズ』を意識していたのは間違いない」と太鼓判押してくれましたから(笑)。

『バットマン ビギンズ』より、「恐怖を克服するんじゃ」的な、ヨーダっぽいというかクワイ=ガン・ジンっぽいというか、なシーン

『インターステラー』(14)のラスト、主人公のマシュー・マコノヒーが相棒のロボットのいる宇宙船に飛び乗るシーンはまるでX-ウィングに乗るルーク・スカイウォーカーじゃないですか? 本人にそれを聞いたら「まったくそのとおり! 最後にはあの『スター・ウォーズ』のような軽快さが欲しかったんだ」って。

── なるほど。

渡辺 あと、彼が好きなのはジェームズ・ボンドです。『インセプション』(10)のときも雪山のシーンがあったし、『TENET テネット』はスパイアクションですからね。人類の滅亡を謀る悪の権化と、まあ一応ブロンド美女が出てきて、舞台も世界8カ所に及び、豪華クルーザーや、金持ちっぽいヨットレース(?)も登場する。

『TENET テネット』 より。たしかに操縦しているのをダニエル・クレイグに置き換えても違和感ゼロ。

私が彼に初めてインタビューしたのは『バットマン ビギンズ』でしたが、そのときからボンドへの愛を語っていましたよ。「敵をラーズ・アル・グールにしたのはボンドの悪役を連想させるから」と言っていたし「ブルース・ウェインのキャラクターを、みんながボンドに憧れるくらい素晴らしいキャラクターに仕上げたいという気持ちが強かった。リアリティの面でもスタントワークの面でもボンドをとても意識した。ボンド映画の素晴らしいところは独自の世界観を創造している点。それを私も目指した」と激白してましたから。だから、バットマンというキャラクターを使って、自分なりのボンド映画を作ったんですよ。

ただ、ノーランがすごかったのは、次の作品でボンドも、これまでのバットマンも超えちゃったところ。

── 『ダークナイト』(08)ですね。

渡辺 バットマンにそれほどの愛着があるわけじゃないから、タイトルからも“バットマン”の文字を消し、あの黄色と黒のお馴染みのマークもなくしてしまった。「私がタイトルを変えたんだよ。“ダークナイト”と“バットマン”は同意語だし“ダークナイト”の方がゴッサムシティとバットマンの関係性がちゃんと伝わるから」と、その理由を語っていましたね。

まあ、この作品で世界を驚愕させて以来、ずーっと話題作、ヒット作ばかりを作り続け、明らかな失敗作は1本もないという、すごい打率を誇っている。

アメコミ映画自体のイメージをガラッと変えた『ダークナイト』の、日本では見慣れないUS版ポスター。カッコイイ!

── ノーランはSFが好きなんですか? 『TENET テネット』『インセプション』『インターステラー』、みんなSFですよね。

渡辺 SFについては『インセプション』のときに聞いたんですよ。この映画自体、現実と幻想の境界線が分からない映画だから、SFファンとしてはついフィリップ・K・ディックを思い出すじゃないですか? ところがノーランはほぼ読んだことがないと言うんですよ!

「影響があると思うんだけど正直、彼の小説はほとんど読んだことがないんだ。唯一読んだのが『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(『ブレードランナー』の原作)だけ。本作を作る前、あえて読まないようにしたんだ。影響を受けたくないから。でも、(ホルヘ・ルイス・)ボルヘスは大好きで、彼の視点は大好きだ」って。そして「私は『インセプション』をSFと考えたことはない。テクニックの面だけで見るとSF的だから君はそう思うんだろうけど、私は人間の心を探った映画だととらえている」と言ってました。

夢の中で無重力状態になるホテル、グニャっと折りたたまれるビル群など、映像も衝撃だった『インセプション』。劇場公開10周年を記念して、8月にはIMAX4Dで緊急公開も。

ちなみにこのとき、好きなSF映画を挙げてもらったんです。『マトリックス』(99)、『ブレードランナー』(82)、『2001年宇宙の旅』(68)、『ダークシティ』(98)、『イグジステンズ』(99)、『13F』(99)、『トータル・リコール』(90)の7本でした。

選出理由は「主観的なリアリティというものが果たしてリアリティなのか、ということを扱った作品。主題は“我々は主観的なリアリティというもののプリズナーになっていて、客観的なリアリティを忘れているのではないか?”ということになる」。個人的には『ダークシティ』が入っているのがうれしいですけどね(笑)。

まあ、この問いかけ自体がとてもディックぽいし、実際この7本の中にはディック原作が2本、監督自身、ディックの影響と言っている映画が1本(『イグジステンス』)、あとの作品も少なかれ影響を感じてしまう。そもそもディック的なテーマが好きなんだと思います。『TENET テネット』もそういう要素がありますしね。

『TENET テネット』 をIMAXカメラで撮影中のノーラン。

ちなみに、このインタビューのときにも“夢”にかけて「夢の企画はもしかしてボンド映画?」って聞いたんですよ。すると答えは「ぜひぜひやりたいよ! この映画でちょっとだけその夢を叶えられたけど、もしチャンスがあるなら絶対にやりたい。ボンド映画を観ながら育った私にとってはやはりスペシャルなんだ」と、まさに前のめりで答えていた(笑)。私もすっごく観たいですよ、ノーラン・ボンド。

── 絶対、みんな観たいですよ。

渡辺 もうひとつ、この『インセプション』のインタビューのとき、くだらないけど、ずっと気になっていたことを聞いたんです。いつもベストを着ているけど、何か意味があるのって。そのインタビューのときもベストだったから。

すると答えが「母親が、新作に入る度に新しいベストを手作りしてくれるんだ。その映画の撮影中はそれを着るのが習慣になった」って。だから「それは『アポロ13』(95)のエド・ハリスと同じですね」って言ったんですよ。NASA管制官の彼はロケット打ち上げの度に奥さんが縫ってくれたお手製ベストを着ているという設定だったので。すると「そうなの? 観てないんだよ『アポロ13』」って言うんです。私、すごく驚いて「信じられない! あれもリアルな映画ですよ!」と思わず言ったら「ごめん、今度ちゃんと観るよ」って。

これです! カンヌでもちゃんと着てた、ママお手製(らしい)ベスト姿。

── 確かに『アポロ13』を観ていないのは、ちょっと驚きますね。

渡辺 いや、だからノーランって、とても正直なんだと思うんです。『プレステージ』(06)のときも、クリストファー・プリーストの原作(『奇術師』)と違いすぎると、原作好きだったので少々攻撃的になっても、ちゃんと受け止めて答えてくれる。だって「スピリチュアルな部分は最初から入れるつもりはなかった」とか「原作者には会ってない」とか言うし、そもそも復讐譚になっているところがイヤでしたからね。彼は「復讐譚というより、科学と魔法の話にしているつもりなんだ。“今日の魔法が明日の科学になる”という部分だ」と説明していましたけど。

だから、いい人だなーと思ったのは、そういうネガティブな質問にもちゃんと真面目に答えてくれるところなんですよ。

── 映画も大作が多く、しかもそれが小難しいっぽいので、インタビューはやりづらそうだけど、違うんですね?

渡辺 やりにくいどころが、どんなヘンな質問にもちゃんと答えてくれるので楽しいくらいです。中には「そんなくだらない質問」というオーラを出す人もいますが、ノーランはちゃんと答えてくれる。しかも『バットマン ビギンズ』からずっと対応に変わりがないのもいいなーって。もう巨匠っぽいんですけどね。

『ダークナイト ライジング』撮影中のノーラン。なんか渡そうとしてるのにキメキメ。

あとは、かわいいところかな。『ダンケルク』(17)のとき、スピットファイアー(※第2次世界大戦時のイギリス軍の主力戦闘機)のパイロット役のトム・ハーディ、彼だけ妙にかっこよくないかと言うと、「当たり前だよ。私の祖父は第2次大戦でランカスター爆撃機のナビゲーターだったんだ。父はいつもその話をしていて飛行機が大好きだった。だから今回は絶対、パイロットをかっこよく描くって決めていた。そしてトムに絶対に演じてもらうと脚本を書くときから決めていたんだ」。

すごく理屈っぽく、リアルを追求しながら映画を作っているわりには、ひょいっとパーソナルな部分を挟み込んでくる。その落差が愛らしいというかかわいい。

── それはちょっと意外ですね。

渡辺 私はノーラン映画の終わり方がいつも好きで、「ラストがいつも大好きです!」みたいなことを言ったら、「実はいつも、ラストを先に決めてから脚本を書いている」と言ってました。だから「でも、途中で変更することもありますよね?」と突っ込むと、「ない。ラストは絶対に変えない」って。『TENET テネット』も、それまでよく分かんないんですが、ラストはよーく分かって、ジンとしちゃうんですよ。だから「このラストは先に決めてたんだなー」って(笑)。

── 『インセプション』のラストは印象的でしたね。

渡辺 私もあのラストは大好きです。劇場の観客全員が、あのコマが倒れるのか回り続けるのか見つめ続ける。

『インセプション』ラストシーンにも登場する問題のコマ。倒れるの!? 倒れないの!?

あのラストで、観客全員が同じものを見て、同じようにハラハラしているって、劇場好きのノーラン的には最高にうれしかったんじゃないですかね。ああいう一体感を与えてくれる映画は、もしかしたら初めてかもしれないと思いましたから。そういう意味でも、やはり大きなスクリーンで“体験”したい監督なんだと思います。

※次回は10/13(火)に掲載予定です。

文:渡辺麻紀
Photo:AFLO
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