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樋口尚文 銀幕の個性派たち

小松政夫、けはいを消し去る至芸

毎月連載

第66回

21/1/14(木)

『めぐみへの誓い』から (C)映画「めぐみへの誓い」製作委員会

時代を映す筋金入りのポップさ

「小松の親分」こと小松政夫が逝った。戦中に生まれて戦後の昭和を疾走した世代がまたひとり鬼籍に入った。この世代のポップさは筋金入りである。なんといっても戦争から解放された日本は貧しさの極にあったものの、それから半世紀近くは経済も右肩上がり、特に小松が20代は毎年嘘のようにGNPが伸びてゆく高度成長の真っ盛りだった。小松の芸はこの社会の景気のよさを盛り上げ、働きに働く日本人を理屈抜きに笑わせてスカッとさせるものでなくてはならなかった。

それゆえか、小松の芸は会社の宴会芸でまねするにはもってこいのものばかりだった。「知らない!知らない!知らない!もー」「どうして!どうしてなの!おせーて!」「もーいや!もーいや!こんな生活」「そーでしょ?そーでしょ?そりゃそうだもん」「ながーい目で見てください」「どーかひとつ」……。いったいなぜこれがおかしいのかさっぱりわからないのだが、こうして書いていてもくすくす笑えて来る。これらは文脈ぬきのようでいて、実は突飛な思いつきではなく高度成長期の日常生活のなかで交わされる庶民感情を映した言葉の『紋切型辞典』なのだった。

もともと博多の繁華街のどまん中の、裕福な家に生まれた幼き小松は、父の死によって貧しき日々を経験する。さまざまな職を経てセールスマンでかなり優秀な成績をあげていた頃、さまざまな顧客を観察しながら、こういう庶民の気持ちをつかんでいた。その人間観察のエッセンスを凝縮したひとことコントなので、まさに活力あった時代の営業マンなどにとっては瞬時にして身につまされ、おかしさをかき立てられ、日本じゅうの宴会を沸かせたに違いない。

小松が芸能の道に入るきっかけとなったのは、たまたま師である植木等の付き人兼運転手になったことだが、この二人の出会いが所得倍増計画もたけなわの1964年の東京五輪の年だったというのは象徴的だ。そして1967年にクレージーキャッツの舞台でつなぎのコントをやっている時に、あの淀川長治のものまね「はい、またまたお会いしました」「怖いですね、怖いですね」が誕生するのだが、これもまた時代を映すものだ。

モーレツ社員の働きバチたちが三種の神器のテレビを買って、明日からまた会社だという時にゆったり「日曜洋画劇場」をオシャレな淀川長治の解説で見て英気を養う、というのは(今の若い世代には到底わかってもらえないかもしれないが)高度成長期の平均的なサラリーマンがやっと手に入れた快適な暮らしだったのだ。庶民の愚痴や嘆きのひとことコントの一方で、オハコとなった淀川長治のものまねはあの時代のつつましい幸福感をみんなで共有確認するサインであった。

誰でもない誰かになる芸

『モルエラニの霧の中』から (C)室蘭映画製作応援団2020。

さて淀川つながりで言うと、小松政夫は俳優としても終生さまざまな映画に出演しているのだが、いわゆる「小松政夫」として引用されてゲストで一発芸を披露する場合を除いて、普通に市井の人に扮したりする時、小松は一転「けはいを消す」天才でもあった。多くの映画ファンを魅了した高倉健主演の『駅 STATION』に小松が出ていたことを覚えている人がどのくらいいるだろうか。高倉扮する警官が里帰りする島の、幼馴染の田中邦衛の弟が小松なのだが、あのブラウン管のなかで「電線音頭」を唄うポップな小松とは別人のような溶け込みかたなのだった。

そんな小松が最晩年に出演した映画がたまさか続けて公開される。ひとつは室蘭を舞台にした『モルエラニの霧の中』で、病いで会話も難しくなった妻を献身的に介護する夫の役に、小松のやさしさが悲痛ににじむ。もうひとつは、おそらく最後の映画出演となった『めぐみへの誓い』で、なんと北朝鮮工作員の拉致に協力する印刷所の経営者という役で、短い出演ながら渾身でやましさを表現してみせた。こうして小松の最後の役柄にはあのコントの無根拠な荒唐無稽の味とは真反対の暗さが漂うのだが、同じ暗さのアプローチでも晩年の小松政夫のたたずまいを、実にうまく玄妙に活かしていたのは2015年の黒沢清監督『岸辺の旅』だろう。

この作品で現実と非現実のあわいに存在する新聞店主の「島影さん」という困難な役を小松政夫は実に自然に演じてみせた。小松は「小松の親分」のけはいを消しているのはもとより、これが冥土に行きそびれている「幽霊」だというけはいをも消してみせる。そしてそのことゆえに小松は正体不明の存在となり、いわゆる「幽霊的なるもの」をなぞるのではなく「幽霊そのもの」を演じてみせて、観る者に静かな戦慄を催させた。これはそんじょそこらの小器用な俳優には死んでもたどりつけない域の芸である。稀代のコメディアンにして名優に合掌。

小松政夫 最新出演作品

『モルエラニの霧の中』
2021年2月6日公開 配給:T-artist
監督・脚本:坪川拓史
出演:大杉漣/大塚寧々/水橋研二/小松政夫/坂本長利/香川京子

『めぐみへの誓い』
2021年2月19日公開 配給:アティカス
監督・原作・脚本:野伏翔
出演:菜月/原田大二郎/石村とも子/大鶴義丹/小松政夫/仁支川峰子


プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』『葬式の名人』。新著は『秋吉久美子 調書』。

『葬式の名人』

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

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