海外映画取材といえばこの人! 渡辺麻紀が見た聞いた! ハリウッド アノ人のホントの顔
マーク・ライランス
連載
第40回
── 海外ではなかなかコロナが収まらず、『ワンダーウーマン1984』や『ナイル殺人事件』が年末に飛んでしまいましたね。なので今回は、麻紀さんからの強い要望に応えてNetflix映画で劇場での公開も始まった『シカゴ7裁判』のマーク・ライランスにしました。
渡辺 マーク・ライランス、実は『BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』(16)のときしか会ったことはないんですが、すごーくすてきな人だったので、是非とも紹介したいなと思いまして。
監督&脚本のアーロン・ソーキンらしさが爆発した『シカゴ7裁判』では、デモの首謀者として逮捕された7人(シカゴ・セブンと呼ばれている)のために立ち上がる弁護士を演じています。1968年が舞台なのでロン毛かつユルいジャケット姿で登場し法廷に立つ。つまり、そういう柔軟さをもった弁護士だということですね。
── 主人公なんですか?
渡辺 いや、映画が群像劇なので、その中の重要なキャラクターのひとりです。クリスファー・ノーランの『ダンケルク』(17)のときも、新人に近い若手たちをグッと締めるような出演をしていましたが、今回もそうです。でも『ダンケルク』よりお茶目でかわいいかも(笑)。
── スピルバーグのお気に入りの役者ですよね?
渡辺 『シカゴ7裁判』も企画が上がったときはスピルバーグ監督、ソーキン脚本で進んでいた。ソーキンの脚本が遅くなってスピルバーグが抜け、ソーキンが結局監督もやることになったのかもしれません。ソーキンはセリフの応酬で見せる作品が多く、そのセリフにはリズムがあるのでアドリブはさせない、と本人が言っていました。だから、舞台の大ベテランであるライランスはソーキン的には向いた役者だと思いますね。
ライランスはスピルバーグの『ブリッジ・オブ・スパイ』(16)でルドルフ・アベル役を演じアカデミー助演男優賞を受賞して、がぜん映画でも引っ張りだこになった英国の舞台俳優。舞台ではトップの人で、スピルバーグはずっとライランスに自作に出て欲しかったけれど、なかなかOKを出してくれなかったとも言われています。『ブリッジ・オブ・スパイ』のときは「絶対、マークに演じてもらうと決めて説得した」と言っていましたし。
── あのライランスは素晴らしかったですね。
渡辺 その後『BFG…』で主人公の巨人を演じていますが、それについてライランスは「『ブリッジ・オブ・スパイ』の撮影が始まって2日目くらいに突然、スティーヴンが『BFG…』の脚本を読んで感想を聞きたいと言ってきたんだ。で、「いい脚本ですね」と言ったら、「それはよかった! マーク、演じてくれるよね?」って。こんな形でオファーを受けたのは初めてだから驚いてしまったよ」と言っていましたね。
その後スピルバーグの『レディ・プレイヤー1』(18)にも出演していて、「ライランスは、あなたのミューズなんですか?」とスピルバーグに聞いたことがあるんですが、そのときの彼の答えは「そうそう(笑)。僕はマークがただただ大好きなんだ。だって彼は誰にでもなれるし、なんだってできる。本当にすごいんだから!」と大絶賛してましたね。
── すごいですね、スピルバーグにそこまで言わせるのは。
渡辺 でしょ? それだけすごい役者にもかかわらず、本人は本当に物腰の柔らかい、すてきなおじさんなんですよ。
ちなみにスピルバーグとノーランという新旧の才人監督と組んで、その差はどんなところにあったか聞いたら、こんな答えを返してくれました。
「ふたりともオールドファッションの映画が大好きで、デジタルよりフィルムの方に愛着がある。クリス(・ノーラン)は、自分の道を切り拓いている途中で、まだ自信がない。自信とは経験に裏づけられるものだから、まだ若い彼は仕方ないよ。一方、スティーヴンの方は脆さもあるんだが、それを経験値でしっかりカバーしている。現場でもリラックスしているのはスティーヴンの方。彼のすごいところは、現場のスタッフたちへの接し方。彼らを師匠として尊敬しているから、そういう思いがにじみ出ているんだ。すべては経験値の差だよ」
確かにノーランの映画って、現場は監督本人も含めてピリピリしてそうじゃないですか?
── 難しい映画が多いから(笑)。でも、ライランスって、それだけ上手なら映画界からも引く手あまただったんじゃないですか?
渡辺 『ブリッジ・オブ・スパイ』の前も脇役などでは出演していますけど、本人の言い分は「私と同世代の役者、たとえばケネス(・ブラナー)やダニエル(・デイ・ルイス)は自然に映画用の演技ができているんだけど、私はそれができなかったというか、どうすればいいのか理解できなかったんだ。でも、スティーヴンはそんな僕を励ましてくれて、どうにか『ブリッジ・オブ・スパイ』でアベルを演じることができたんだ。彼と一緒に仕事をすると、知らなかった自分に出会えるというか、違う才能が開花するような興奮がある。スティーヴンとの出会いが、僕の人生を変えてしまったと言っていいだろうね」。
だからこのふたり、相思相愛なんですよ(笑)。
── それはステキですね(笑)。
渡辺 そしてまた、こうも言ってました。「スティーヴンの現場で僕が好きなのは、彼はプランを変えることがウェルカムなんだ。それは一緒に映画を作っているという感覚をより強めてくれるからね。監督の中には、そういう変更を嫌がる人もいるから」。
ライランスの仕事のファーストチョイスは舞台なので、映画を後回しにしてきたら映画でのブレイクが遅くなったとも言われていて、それもウソではないようでした。「やっぱり優先順位をつけるなら、まずは舞台。絶対に舞台を去ることはないと断言できる。映画のキャリアがなくなっても、僕には舞台があるから」と言ってましたからね。
── やっぱり根っからの舞台人なんですね。
渡辺 そうみたいですね。
私が日本人のせいか、好きな日本映画の話をしてくれて、黒澤明の『生きる』を挙げていました。面白いなーと思ったのは、この作品なら普通、「クロサワの『生きる』」と言うじゃないですか? でも彼は「『生きる』の志村喬が素晴らしい」と言うんです。
「自分の本当の感情を表に出さないけれど、それが心にあることがちゃんと伝わってくる。私はその抑制が素晴らしいと思うんだ。谷を歩けば迷子になり、山に登って見渡し、やっと自分の居る場所が分かる。そういう心の混乱を、役者は目の中で表現しなければいけない。それができて、初めていい役者なんだ。日本の志村サンはそれがちゃんとできている。素晴らしいよ」って。
やっぱり役者なので、俳優の演技で映画を観るんでしょうね。
── 彼が注目している若手の役者は誰なんでしょう? 聞きましたか?
渡辺 エディ・レッドメインだそうです。『シカゴ7裁判』にも出ている。「彼がまだ18歳のとき、シェイクスピアの『十二夜』の舞台でヴィオラを演じさせたんだ。女装させてね! いい役者になると思ったけど、実際、そうなったと思うよ」とうれしそうでした。
今回の共演も楽しんだと思いますよ。ちなみにエディくんも大変いい人だったので、いつか紹介したいです。
Netflix映画『シカゴ7裁判』10月16日(金)より独占配信開始
アップリンク渋谷ほかで劇場公開中
※次回は10/27(火)に掲載予定です。
文:渡辺麻紀
Photo:AFLO