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川本三郎の『映画のメリーゴーラウンド』

『スティング』の“騙し”の名場面から…ジョージ・ロイ・ヒル『リトル・ロマンス』に出てくる映画好きの少年…、最後は大陸横断超特急「二十世紀号」の話につながりました。

隔週連載

第52回

20/6/9(火)

 ジョージ・ロイ・ヒル監督の『スティング』(1973年)は、いわゆるコンマン(詐欺師)たちがシカゴのギャングのボスをみごとに騙す愉快な映画だが、この映画には、あっと驚く“騙し”の名場面がある。ギャングではなく、観客をうまく騙している。
 この映画はあまりに有名だし、拙文を読んで下さっている方は当然、観ていると思うのであえて書いてしまうことにする。
 天才詐欺師ポール・ニューマンの下で修業することになったロバート・レッドフォードは、シカゴに行き、ギャングのロバート・ショウをはめる策略に一役買う。
 彼は独身なのでいつも行きつけの食堂で食事をする。そこのウェイトレスと親しくなる。敵に追われるところを彼女に助けられたりして、やがてベッドを共にするようになる。
 さほど美人とも思えない、やせた地味な女性である。ディミトラ・アーリスという他の映画では観たことのない女優が演じている。
 だから観客の多くは、彼女のことをさほど気にもとめない。
 ある日、ロバート・レッドフォードが彼女に会いに行く。彼のうしろから黒手袋をした謎の男がつけてくる。いきなり銃をレッドフォードの方に向けて撃つ。
 あわやと思うと、男が撃ったのはレッドフォードの先にいるウェイトレスのほう。レッドフォードは驚くし、観客もなぜ彼女がと驚く。
 と、額を撃たれて倒れた女の右手には拳銃が握られている。女は実はギャングの輩下の殺し屋だった!
 この場面は『スティング』のなかでいちばん驚いた。まさか、地味なウェイトレスが殺し屋だったとは。まさに究極の“騙し”。
 ジョージ・ロイ・ヒルは、あえてディミトラ・アーリスというあまり知られていない目立たない女優を起用したのだろう。
 それが成功した。

 余談になるが、レッドフォードが食堂でウェイトレスの彼女にこんな注文をする。「定食を」。字幕に出るが、英語では“Blue Plate Special”と言っている。「本日の定食」のこと。
 2003年に、食をめぐる短篇小説をつなげた本を日本放送出版協会から出版した。タイトルは『青いお皿の特別料理』。『スティング』でこの言葉を知って、使うことにした。

 13歳の男の子と女の子がヴェネチアの映画館に入る。ちょうど『スティング』が上映されている。
 ジョージ・ロイ・ヒル監督の『リトル・ロマンス』(1979年)。ロイ・ヒルは自分の映画に自分の前の作品を巧みに入れた。
 『リトル・ロマンス』は、パリっ子の男の子(セロニアス・ベルナルド)と、アメリカからパリにやってきた金持の娘(ダイアン・レイン)が親しくなり、橋の下で日没にキスをすると永遠に結ばれるという言い伝えのあるヴェネチアの「ためいき橋」まで旅をする愛すべきロードムービー。
 この伝説を教えたイギリスの老紳士、実は詐欺師、ローレンス・オリヴィエが二人に同行する。
 パリっ子の男の子は大の映画ファン。
 冒頭、パリの映画館で観るのは、ジョージ・ロイ・ヒル自身の『明日に向って撃て!』(1969年)。
 ポール・ニューマンのブッチ・キャシディと、“泳げない”サンダンス・キッド、ロバート・レッドフォードが川に飛び込む場面に、男の子はにっこり。おそらく何度も観ているのだろう。

 さらにハンフリー・ボガート、ローレン・バコール主演、ハワード・ホークス監督の『脱出』(1944年)、ジョン・ウェイン、キム・ダービー主演、ヘンリー・ハサウェイ監督の『勇気ある追跡』(1969年)、それにバート・レイノルズ、カトリーヌ・ドヌーブ主演、ロバート・アルドリッチ監督の『ハッスル』(1975年)。いずれもフランス語に吹替えられている。ハリウッドのスターたちがフランス語を喋ってるのがなんだか可笑しい。
 男の子はヴェルサイユ宮殿で会ったアメリカの女の子の名前が「ローレン」と知ると、「僕のことはボギーと呼んでくれ」。
 パリで撮影中の本物のブロードリック・クロフォードに会うと「あなたはリチャード・ウィドマークとは共演していませんよ」と本人も記憶があいまいになっているのを正したりする。
 男の子と女の子がヴェネチアの映画館で観る『スティング』は、ちょうどポール・ニューマンが列車のなかでロバート・ショウとポーカーをするところ。
 この列車は大陸横断超特急「二十世紀号」。ハワード・ホークス監督、ジョン・バリモア、キャメル・ロンバード主演のコメディ『特急二十世紀』(Twentieth Century)で広く知られるようになった。

 

イラストレーション:高松啓二

紹介された映画


『スティング』
1973年 アメリカ
監督:ジョージ・ロイ・ヒル 脚本:デヴィッド・S・ウォード
出演:ポール・ニューマン/ロバート・レッドフォード/ロバート・ショウ/チャールズ・ダーニング/ハロルド・グールド
DVD&Blu-ray:NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン



『リトル・ロマンス』
1979年 アメリカ
監督:ジョージ・ロイ・ヒル 原作:パトリック・コーヴァン
脚本:アラン・バーンズ
出演:セロニアス・ベルナルド/ダイアン・レイン/ローレンス・オリヴィエ/アーサー・ヒル/ブロードリック・クロフォード
DVD:ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント



『明日に向って撃て!』
1969年 アメリカ
監督:ジョージ・ロイ・ヒル 脚本:ウィリアム・ゴールドマン
出演:ポール・ニューマン/ロバート・レッドフォード/キャサリン・ロス/ストローザー・マーティン/ジェフ・コーリー
DVD&Blu-ray:ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社



『脱出』
1944年 アメリカ
監督:ハワード・ホークス 原作:アーネスト・ヘミングウェイ
脚本:ジュールス・ファースマン/ウィリアム・フォークナー/クリーヴ・F・アダムズ/ホイットマン・チャンバーズ
出演:ハンフリー・ボガート/ローレン・バコール/ウォルター・ブレナン/ホーギー・カーマイケル/ドロレス・モラン
DVD&Blu-ray:ワーナー・ホーム・ビデオ



『勇気ある追跡』
1969年 アメリカ
監督:ヘンリー・ハサウェイ 原作:チャールズ・ポーティス
脚本:マーガリット・ロバーツ
出演:ジョン・ウェイン/グレン・キャンベル/キム・ダービー/ジェフ・コーリー/ロバート・デュヴァル/デニス・ホッパー
DVD&Blu-ray:パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン



『ハッスル』
1975年 アメリカ
監督:ロバート・アルドリッチ 脚本:スティーヴ・シェイガン
出演:バート・レイノルズ/カトリーヌ・ドヌーヴ/ベン・ジョンソン/ポール・ウィンフィールド/アイリーン・ブレナン/エディ・アルバート/アーネスト・ボーグナイン
DVD:パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン



『特急二十世紀』
1934年 アメリカ
監督:ハワード・ホークス 原作:チャールズ・ブルース・ミルホランド
脚本:ベン・ヘクト/チャールズ・マッカーサー
出演:ジョン・バリモア/キャロル・ロンバード/ウォルター・コノリー/ロスコー・カーンズ/ラルフ・フォーブス
DVD:ブロードウェイ



プロフィール

川本 三郎(かわもと・さぶろう)

1944年東京生まれ。映画評論家/文芸評論家。東京大学法学部を卒業後、朝日新聞社に入社。「週刊朝日」「朝日ジャーナル」の記者として活躍後、文芸・映画の評論、翻訳、エッセイなどの執筆活動を続けている。91年『大正幻影』でサントリー学芸賞、97年『荷風と東京』で読売文学賞、2003年『林芙美子の昭和』で毎日出版文化賞、2012年『白秋望景』で伊藤整文学賞を受賞。1970年前後の実体験を描いた著書『マイ・バック・ページ』は、2011年に妻夫木聡と松山ケンイチ主演で映画化もされた。近著は『あの映画に、この鉄道』(キネマ旬報社、10月2日刊)。

  出版:キネマ旬報社 2,700円(2,500円+税)

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