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三枝成彰 知って聴くのと知らないで聴くのとでは、大違い!

失われゆく唱歌を残したい

毎月連載

第20回

20/2/8(土)

takerunosuke/Shutterstock.com

「うさぎ追いしかの山……」の歌いだしといえば、唱歌「ふるさと」です。

「故郷」のほかにも、「春がきた」「おぼろ月夜」」「こいのぼり」などが知られていますが、これらはもともと「尋常小学唱歌」として明治時代から学校で教えられ、親しまれてきました。「君が代」や「蛍の光」、「仰げば尊し」などは言わずもがなですが、いずれも広く私たち日本人の心にしみこんでいるといっていい曲の数々です。とくに2020年は東京オリンピック開催ということもあり、「君が代」などは耳にする機会も増えるでしょう。

私には、ここ数年、気がかりなことがあります。いまの若い人たち、そして子どもたちにとって、唱歌や童謡は、親しみのあるものなのでしょうか?

私たち団塊の世代、すなわち戦前・戦中に生まれ、戦後の焼け野原に育った人たちは、こうした唱歌や童謡に対して、ノスタルジーを感じるだろうと思います。こうした歌を聴くと、子ども時代に遊んだ野山や、友達との思い出が、「あのころからずいぶん遠くまできた」という感慨やいくらかの甘酸っぱさとともに呼び覚まされるという人も多いだろうと思います。

あるいは戦争直後に生まれた団塊の世代も、そうかもしれません。貧しさから脱却して実現した高度経済成長、その後に訪れたバブルとバブル崩壊、そうした日本の浮き沈みをこの70年間で経験してきた私たちですが、大人になって、それぞれの道を歩んでいても、原点は何もなかったあのころの少年少女であり、唱歌の歌詞とメロディーとは、つねに心の底にあったといっていいと思います。学校の音楽の授業でも、教科書を開けばつねに唱歌があり、先生の弾くオルガンに合わせてさまざまな歌を歌ったものです。

Chayapak Jansavang/Shutterstock.com

しかし、いまの子どもたちは違うのではないか?ふと、そんな疑問が湧いたのです。

国際化の時代を迎え、いまの子どもたちには勉強することがたくさんあります。従来の勉強に加え、中学校ではダンスも必修科目になりましたし、2020年からは小学校でも英語やプログラミングが必修となるそうです。先生方も当然やるべきことが増えるわけですが、そんななかで、音楽の授業にどれだけ注力できるのかは疑問です。

それがやがて気がかりとなり、いまの音楽の教科書を調べてみることにしました。

東京都で採用されている小学校と中学校の教科書は2社から出ていましたが、小学校の各学年の教科書に掲載されている唱歌と童謡は2~4曲、中学校では1~4曲でした。平成29・30年改訂の学習指導要領の音楽の項目を見ると、音楽の授業における歌唱の教材として、下記のような楽曲が挙げられています。

小学校
1年:「うみ」「かたつむり」「日のまる」「ひらいたひらいた」
2年:「かくれんぼ」「春がきた」「虫のこえ」「夕やけこやけ」
3年:「うさぎ」「茶つみ」「春の小川」「ふじ山」
4年:「さくらさくら」「とんび」「まきばの朝」「もみじ」
5年:「こいのぼり」「子もり歌」「スキーの歌」「冬げしき」
6年:「越天楽今様」「おぼろ月夜」「ふるさと」「われは海の子」

中学校
(『各学年において、以下の共通教材の中から1曲以上を含めること』と但し書きあり)
「赤とんぼ」「荒城の月」「早春賦」「夏の思い出」「花」「花の街」「浜辺の歌」

RYUSHI/Shutterstock.com

いずれも佳曲ばかりですが、もちろんほかにもいい曲はたくさんあることは確かです。しかし、早晩、それも歴史のなかに埋もれていってしまうのではないかと私は思っています。こうした歌のなかに歌われた懐かしい日本の風景が失われていくのと同じく、歌そのものも子どもたちの情感に訴えかけるものではなくなっていくのではないかと。触れる機会が少なくなれば、よけいにその動きは早まるでしょう。その流れに少しでも抗うべく、日本の歌を伝える機会を増やして、後世に残すきっかけを作りたいと思っているのです。

そんな私の考えに共感して下さったのが、2019年9月に亡くなられた声楽家の佐藤しのぶさんでした。

しのぶさんと私とは、オペラ『忠臣蔵』『Jr.バタフライ』といった作品でご一緒してきましたが、2012年には「夏は来ぬ」や「故郷」「村祭」「からたちの花」といった日本の歌の数々を私が編曲したアルバム『日本うた~震える心』を作ったこともありました。

「日本のうた~震える心」佐藤しのぶ
KICC-998
¥2,857 + 税

どれも原曲がシンプルで知られたものばかりなので、かえって私にとってはチャレンジングな企画となりましたが、しのぶさんが歌って下さるとあって、編曲を思いきり自由にさせていただきました。いままでに手がけた編曲の仕事のなかでもとくに気に入っています。

このアルバムを手始めとして、これからおおいに唱歌・童謡復権の運動を展開していこうと約束していたのですが、その矢先にしのぶさんが旅立たれたのはとても残念です。しかし、作品は残りますし、しのぶさんの歌声は残ります。これからも多くの歌い手さんや演奏家の方々に演奏していただきたい作品群です。

私は、このような日本の唱歌や童謡は、文学や美術、あるいは写真や映画などの芸術作品と同じく、失われてゆく日本の風景や情感を記憶にとどめるための大切な先人たちの遺産だと思っています。

そしてまだ私自身、どんなかたちがよいのかつかめてはいないのですが、作り手たちのやりようによっては、日本の歌を、テクノロジーに親しんだいまの子どもたちの心にも訴えるものにできるのではないかという気がしています。

プロフィール

三枝成彰(さえぐさしげあき)

1942年生まれ。東京音楽大学客員教授。東京芸術大学大学院修了。代表作にオペラ「忠臣蔵」「Jr.バタフライ」。2007年、紫綬褒章受章。2008年、日本人初となるプッチーニ国際賞を受賞。2010年、オペラ「忠臣蔵」外伝、男声合唱と管弦楽のための「最後の手紙」を初演。2011年、渡辺晋賞を受賞。2013年、新作オペラ「KAMIKAZE –神風-」を初演。2014年8月、オペラ「Jr.バタフライ」イタリア語版をイタリアのプッチーニ音楽祭にて世界初演。2016年1月、同作品を日本初演。2017年10月、林真理子台本、秋元康演出、千住博美術による新作オペラ「狂おしき真夏の一日」を世界初演した。同年11月、旭日小綬章受章。

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