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樋口尚文 銀幕の個性派たち

大前均、容貌魁偉に秘めし役者の純情

毎月連載

第47回

写真は、Kin Omaeの名で出演した、日本ロケで作られたマカロニ・ウェスタン『The SILENT STRANGER』(1968年:日本未公開)から

個性派俳優とひとくちに言っても、演技がきわめて特徴的な場合から、見た目がとにかく際立っている場合から、本当にさまざまなタイプがいるわけだが、中にはひたすら大男であることを旗印にして数々の映画に顔を出していた例もある。1950年代半ばから60年代半ばにかけて時おり見かけた「羅生門綱五郎」という脇役俳優をご存知だろうか。作品によっては乱暴に「羅生門」とだけクレジットされていたこともあるが、この凄まじく特徴的な芸名の俳優は、それだけでなく203センチの大男だった。

黒澤明監督『用心棒』の宿場の悪役一味として三船敏郎の桑畑三十郎を投げ飛ばした大男と言えば思い出せる読者諸兄もいることだろうが、大島渚監督『太陽の墓場』などでは釜ヶ崎の住人たちが暴動を起こす、誰が誰やらわからない夜のロングショットでもひときわでかい羅生門だけはシルエットでわかった。他にもフランク・タシュリン監督のパラマウント映画『底抜け慰問屋行ったり来たり』では朝鮮戦争の慰問に行くジェリー・ルイス扮するマジシャンに噛みつく日本の野球チームの打者を演じたり、片岡千恵蔵の『ヒマラヤ無宿 心臓破りの野郎ども』ではなんと雪男を演じたり、異色の役どころが多かった。

そんな羅生門は実は日本統治時代に育った台湾人で、戦前には花籠部屋に弟子入りして「新高山一郎」(!)の四股名で初土俵を踏んだ。ちなみに真珠湾攻撃の暗号文にも使われた新高山=ニイタカヤマは台湾にある現・玉山で、富士山より600メートルも高く、台湾が日本領であった時代は日本の最高峰は富士ではなく新高山だった。それほどにデカいとされた羅生門は、戦後まもなく力士は廃業、日本プロレスに入った。だがそんな経歴は知らずとも、1960年にレスラーに転身したジャイアント馬場と風貌がよく似ていて(身長もほぼ同じだったが実は馬場のほうが30キロ以上痩身だったし、ふたわまりほど若かった)私も羅生門が出てくるたびにそう思っていた。66年には国映配給の向井寛監督のピンク映画『悪女日記』にも出ていたらしいが、以後の行方は不明とされる。もし2020年現在存命であったら、100歳である。


大林宣彦監督から酒席できいた“大柄”役者秘話


さて、“大柄”を売りにした個性派をとりあげようと思ったのは、実は唐突に羅生門を思い出したからではない。実はここからが本題で、このたび鬼籍の人となられた大林宣彦監督から、ある“大柄”で味のある俳優の逸話をうかがっていたのを思い出したからだ。その人とは、大前均。1935年生まれの大前は、明大商学部卒業後に東映京都撮影所に入社、1960年のマキノ雅弘監督『若き日の次郎長 東海の顔役』を皮切りに、中村(萬屋)錦之助主演作を中心に印象的な脇役をこなし、1965年にフリーとなってからは邦画各社の作品に顔を出した。

大前は、羅生門ほどではないにせよ身長190センチ、体重115キロ、柔道五段といわれた容貌魁偉を活かし、まさに大男っぷりと精悍な顔立ちで目立ちまくっていた。68年の今村昌平原作の日活映画『東シナ海』では頭が弱くて無口なマグロ船乗組員に扮したが、これは逆に大柄さとのギャップを活かして印象的だった。とはいえ基本は73年の深作欣二監督『仁義なき戦い』『仁義なき戦い 代理戦争』や75年の唐十郎監督のATG作品『任侠外伝 玄界灘』などのおっかないやくざ役が定番で、数多いテレビ作品でも侠客、用心棒役が多かった。

そんななかで私が好きだったのは、なんとジョセフ・コットンと共演した本多猪四郎監督の東宝映画『緯度0大作戦』の未来的潜水艦の乗組員・甲保(中国人なのか?)で「はい艦長!」以外の台詞はなかった気もするが、オリエンタルな剛力ヒーロー感があって妙にカッコよかった(73年の日本テレビのドラマ『水滸伝』の鉄牛もしかりで、なんとなく『アベンジャーズ』要員にひとりはいそうなタイプなのである)。子ども番組でも、ドラマ『猿の軍団』のビップ大臣や『電子戦隊デンジマン』のバンリキ魔王など人気の悪役キャラクターを熱演した。

さて、“大男”の脇役というステレオタイプをさんざん演じてきた大前を、脇役とはいえ物語のポイントになる印象的な役柄をもって召喚したのが、大林宣彦監督だった。その代表例は、91年の『ふたり』で仲よし姉妹の妹(石田ひかり)の目前で姉(中嶋朋子)の命を凄惨なかたちで奪ってしまう大型トラックの運転手の役だった。これはごく短い出番ではあったが、みごとな配役だった。

この後も大林は、大前を『はるか、ノスタルジィ』の娼窟の男、『あした』の遭難した船の船長などの役で起用し、それぞれ作品のスパイスとなった。ところがゼロ年代の『理由』を最後に、大前が大林映画に姿を見せなくなった。そして大前は2011年に75歳で逝去するのだが、生前の大林監督から酒席でしみじみとその経緯を聞いたことがあった。

実は大林映画に呼ばれるようになってからの大前は、そのことに猛烈に感謝し、短い出番に対してずっと前から家庭内で役づくりをするようになった。それがやや度を越したものであったために、大林映画から呼ばれるたびに、家の中はなかなか大変なことになっていたらしい。そして晩年、心身に不調をきたした大前はいよいよエスカレートして、ついにそのことを案ずるご家族から大林監督に「本当に本当にありがたいことなのですが、もう思い入れが強すぎて大前が壊れてしまいかねませんので、どうかもう声をおかけにならないでください」と切なる要望が来て、驚いた大林監督はオファーを控えることにしたという。私はそれを聞いて言葉を奪われ、大林監督の目をじっと見ていた。

この俳優といういきものの、銀幕の参加者となることへの異様なまでの思いとは、いったいなんであろうか。大林監督のご逝去で、もはや忘れ去られつつある異貌の人の逸話がよみがえり、ここで遅ればせの追悼をしたいと思った。


プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』。新作『葬式の名人』がDVD・配信リリース。

『葬式の名人』(C)“The Master of Funerals” Film Partners

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

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