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『スイッチ』は“坂元裕二オールタイムベスト”? コロナ禍の現実では『Living』と真逆の印象に

リアルサウンド

20/6/22(月) 14:04

 6月21日21時から、テレビ朝日系で坂元裕二脚本のスペシャルドラマ『スイッチ』が放送された。

 監督は映画『君の膵臓をたべたい』や岡田惠和脚本の『連続ドラマW そして、生きる』(WOWOW)などで知られる月川翔。主人公は検察官の駒月直(阿部サダヲ)と弁護士の蔦谷円(松たか子)。

【写真】坂元裕二がドラマ執筆休止前の最後の作品となった『anone』

 二人は元恋人で、今でもお互いの恋人を紹介し合う仲の良い関係だ。ある日、駒月が担当していた「連続突き飛ばし事件」の被疑者を蔦谷が弁護することになる。この事件をきっかけに、二人の意外な過去が明らかになっていく。

 2018年の『anone』(日本テレビ系)以降、ドラマ脚本の執筆を休んでいた坂元だったが、先日はNHKの『リモートドラマ Living』の脚本を執筆し、続けざまに本作『スイッチ』の発表となった。

 『リモートドラマ Living』が今までにない特殊な作品だったのに対し、今回の『スイッチ』は『カルテット』(TBS系)の軽妙な会話を基調に、『最高の離婚』(フジテレビ系)、『わたしたちの教科書』(フジテレビ系)、そして『東京ラブストーリー』(フジテレビ系)といった過去の坂元裕二作品の美味しいところをひとまとめにしたような盛りだくさんの作品だった。

 本作を観ていて感心したポイントが二点ある。

 一点は、駒月と蔦谷が付き合っているお互いの恋人の描写。二人はうんざりするぐらい健全で、インスタ映えする日常を送っており、夜の観覧車に乗りたいと、てらいなく言える人種だ。

 坂元裕二は人生が楽しくなくて卑屈なくせに上から目線で他人を冷笑している人たちの話を繰り返し書いている。そういう観点から見ると彼らは“敵”とでも言うような存在で、冷笑的に描かれているのだが、そんな二人の印象が途中でガラリと変わるのだ。

 その瞬間、「あなた、私たちのことつまらない人間だと思ってたでしょ?」と問い詰められたような、なんとも気まずい気持ちになるのだが、ここでちゃんと「気まずく」させてくれた点において、とても誠実な作品だと感じた。

 もう一点は、物語の折り返し地点で明らかになる駒月と蔦谷の過去。

 被害者の入院する病院を訪れた駒月は、被害者を襲う暴漢を羽交い締めにして襲撃を防ぐ。マスクをとると暴漢はなんと蔦谷。駒月は彼女の行動を予測して病院で待ち構えていたのだ。二人は学生の時に両親をトンネルの落盤事故で亡くしており、手抜き工事の原因を作った県知事を蔦谷は殺そうとした。その時は駒月が止めて、10年後に別件で知事を刑務所に入れたのだが、それ以降、ヒドイことをしても裁かれずにいる人間を見ると“スイッチ”が入り、衝動的に犯人を殺そうとし、その都度、駒月が立件して蔦谷の殺人を防いできたことが明らかになる。

 蔦谷は「刑務所から出てきたらあいつを殺す」と今でも思っているのだが、このあたりは『それでも、生きてゆく』(フジテレビ系)を彷彿させる。本作は被害者の救済を入り口に、最終的には殺人を起こした加害者の救済まで描こうとするが、最後の最後で苦い断絶を(被害者と加害者が)経験する姿が描かれる。「加害者の救済」は坂元が繰り返し描こうとする難しいテーマだが、このテーマまで盛り込むのかと驚いた。

 そして、ここで二人の思い出の曲としてカラオケで歌われるのがJUDY AND MARYの「LOVER SOUL」なのだが、この選曲も『最高の離婚』を観ていた人なら思わずニヤリとするものだろう。

 その意味でも「坂元裕二オールタイムベスト」みたいな作品だが、美味しいところを詰めこんだ結果、本人による二次創作を見せられているような気持ちになるのは若干複雑である。

 一方、ついつい気になったのが、コロナ禍の描き方だ。

 おそらく撮影はコロナの流行以前に済んでいたため、仕方ないとは頭ではわかるのだが、劇中でのマスク着用やソーシャルディスタンスに対する配慮のなさ、登場人物が直接、肌に触る場面が気になってしまい、その度に気持ちが離れてしまった。

 監視カメラなどの描写から推察するに2020年2月中の話なのだろう。そう考えるとギリギリセーフとも言えるのだが、劇中で宮崎駿や宮本茂といった現実の固有名詞が登場するリアルな作品だったからこそ生まれた違和感だったのかもしれない。

 宮藤官九郎もそうだが、坂元裕二は固有名詞の作家で、現実に存在する商品や人物名を登場人物に言わせることで物語のリアリティを高めており、だからこそ、震災以降の現実を切る取ることができた。

 本作もまた、2019年前後に起きた様々な事件にインスパイアされている。その部分は面白かったが、コロナ以前の放送だったら、もっと違う印象だったのかもしれない。この辺りはファンタジーの枠組みを使うことでコロナ禍の現実にアプローチできた『リモートドラマ Living』とは真逆の印象で、作り手の意図を超えたところに現実というノイズが混ざりこんでしまったように感じた。

 先鋭的な作家ほど現実との戦いから逃れられないものだが、コロナ禍の現実を踏まえた上で、坂元にはこのスタッフと新しいドラマを作ってほしい。そう思わせる仕上がりだったことは間違えないだろう。

(成馬零一)

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