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片桐仁の アートっかかり!

『古事記』の世界がリアルに分かる! 『モノで読む古事記』展

毎月連載

第21回

20/9/10(木)

企画展『モノで読む古事記』が開催されている國學院大學博物館を訪ねた片桐さん。日本上代文学・国学ご専門の渡邉卓准教授と、考古学・宗教考古学ご専門の深澤太郎准教授に、同展をご解説いただきながら鑑賞してきました。

モノを手掛かりに『古事記』を読み解く

左から、片桐仁さん、渡邉卓准教授、深澤太郎准教授
*撮影用にマスクを外しています

渡邉 國學院大學には、古事記の研究・発信を行う「古事記学センター」があり、その成果展として企画したのが『モノで読む古事記』です。考古学の先生と連携して、『古事記』に登場する具体的なモノを手がかりに、物語を読み解いていこうというものです。

片桐 『古事記』というと、日本のはじまりについての話が書かれているんですよね。

渡邉 日本のはじまりの物語が神話として書かれていますが、今われわれがイメージしている神話の世界と、『古事記』を描いた当時の人々がイメージしていた神話的な世界というのは異なります。『古事記』が書かれた8世紀より前の、古墳時代の考古資料に注目することで、『古事記』が書かれた時代の人々がメージしていた世界が見えてくるのではないかと考えています。

『古事記』は上中下巻から成る物語で、上巻は「イザナキ・イザナミ」や「アマテラスの天の岩屋隠れ」「因幡白兎」「ヤマタノオロチ」など、よく知られる神話の物語。中・下巻は、この国に天下った神々の子孫である天皇による国造りなどの物語となります。

本展では『古事記』を編纂した太安万侶おおのやすまろの紹介にはじまり、『古事記』の中巻冒頭までの物語に登場するモノと考古資料とを、全5章で紹介します。

深澤 ただ、ひとつだけ注意していただきたいのが、神話の世界なんて誰も見たことがないんですよね。一方、ここで展示しているのは、『古事記』が編纂された時期からちょっと「前の」時代の人々が実際に作って、使っていたものです。こういった古墳時代の歴史資料は、『古事記』の記述と関係するものもありますが、これらから直ちに、“神話”そのものをイメージされてしまうのは困る。ということを先に言っておきますね。

第1章「太安万侶と古事記の編纂」

第1章「太安万侶と古事記の編纂」展示風景

深澤 太安万侶は、711年に元明天皇から歴史書の編纂を勅命され、わずか4ヶ月で『古事記』完成させました。

片桐 4ヶ月!? 上中下巻の長大な物語をそんな素早く完成させたということは、元になる物語がすでにあったんですか?

深澤 そうなんです。日本には文字文化がなかったため、稗田阿礼ひえだのあれが口承で覚えていたものを太安万侶が書き写したのです。

片桐 なるほど。太安万侶は漢字が書けたんですね。

深澤 古墳時代が終わり、7〜8世紀に律令国家の整備が進むと、役人たちは行政のために漢字を使用するようになりました。ちなみに、1979年に奈良県の茶畑から彼のお墓が発見されたんです。

片桐 20世紀に入ってから彼の実在が証明されたんですね。よく茶畑から発見されましたね!

深澤 火葬人骨とともに発見された墓碑には、太安万侶の住所、位階、死亡・埋没の年月日が記されています。『古事記』を編纂して12年後に亡くなったことがわかったんです。

《真福寺本 古事記(複製)》 応安4(1371)写 古事記学センター蔵

深澤 これは、一番古い『古事記』の写本。一番古くても中世になってしまうんですよ。こちらの『古事記絵伝』は、幕末から明治にかけて描かれたもので、古事記を絵で伝えたものです。

《古事記絵伝》 明治時代頃・19世紀 古事記学センター蔵
《古事記絵伝》 明治時代頃・19世紀 古事記学センター蔵

片桐 ビジュアルで見ると誰もがイメージできますね。

深澤 ただ近世の人のイメージなので、神様の姿や衣装が中国風に描かれているんです。

片桐 本当だ。今の神話のイメージとはちょっと違いますね。

深澤 現在、漫画で描かれるような神話のイメージは、こちらの埴輪にあるような格好をしていますよね。

《千葉県出土 人物埴輪 盛装男子》 古墳時代(後期)・6世紀 國學院大學博物館蔵

深澤 明治時代以降に近代的な考古学が発達すると、8世紀以前の古墳から出土した埴輪の装束を元に、『古事記』を記した当時の人々が考える神様をイメージするようになったんです。この埴輪は左前の上着の下にズボンを履いています。これは、北方騎馬民族の衣装で、朝鮮半島を経て流行したものです。

片桐 帽子をかぶって、あごひげを伸ばしていたんですね。『古事記』が書き記された時代の人たちが想像した神様も、こうした古墳時代の位の高い人たちのイメージと重っていたのかもしれないですね。

第2章「国土の誕生」

深澤 『古事記』は、イザナキ・イザナミによる国土生成の物語からはじまります。ふたりが天の浮橋に立って「あめ沼矛ぬほこ」という矛を海に突き刺してかき混ぜ、引き上げたときにその矛の先からしたたり落ちた雫が島になったというものです。

片桐 長い矛というのが当時存在していたんですか?

深澤 これらは5世紀の建鉾山遺跡から出土したものですが、長い木製の柄の先につけていたであろう鉄製の矛があります。こうした武器は何百個と古墳から出土していますので、貴重な武器を大量に神様や死者に捧げる習慣があったんですね。

《福島県白河市 建鉾山遺跡出土遺物<鉄矛ほか>》 古墳時代(中期)・5世紀 國學院大學博物館蔵

死者も家に住み、食事をする!?

深澤 国土を生成したイザナキ・イザナミは、その後、さまざまな神様を産んでいきますが、火の神を産んだときに負った火傷が原因でイザナミは死んでしまいます。イザナミ会いたさに黄泉よみの国を訪れたイザナキは、黄泉よみの国の食事をしてしまったために、元には戻れないというイザナミと対面する。

ここでの注目は、「黄泉の国の食事」という描写です。実際に、飲食物を象徴する壺型埴輪が出土する古墳もあります。

《奈良県桜井市外山茶臼山古墳出土 壺形埴輪》 古墳時代(前期)・3世紀 國學院大學博物館蔵

片桐 死んだ人も生前と同じように家屋に住んで、食事をするという認識があったんですね。この壺は、実際に煮炊きはできないんですよね?

深澤 壺の底に穴が空いているので、完全に副葬品用に作られたものになります。

不思議なパワーを発揮する櫛

深澤 黄泉の国では、イザナキが警告を破ってイザナミの姿を見てしまうのですが、そのとき、暗がりで火を灯すのに使ったのが、頭に差していた櫛です。櫛の歯を一本折って火をつける。古墳時代に、どんな櫛が使われていたかは、こちらで見ることができます。

《茨城県大洗町 鏡塚古墳出土遺物<竪櫛ほか>》 古墳時代(前期)・4世紀 國學院大學博物館蔵
《茨城県大洗町 鏡塚古墳出土<竪櫛>》 古墳時代(前期)・4世紀 國學院大學博物館蔵

片桐 この櫛、随分小さくないですか?

深澤 そうなんです。ちょっと実用には向いていません。そもそも、櫛は女性が身につけるもので、本当はもっと大きいんですね。小さい櫛を頭にたくさんつけた男性の遺骨も出土していますが、実用ではなく儀礼的なものだったのかもしれません。

『古事記』の神話では、醜く朽ち果てた姿を見られたイザナミが激怒して、黄泉醜女よもつしこめという悪霊たちにイザナキを襲い掛からせます。イザナキは黄泉醜女から逃れるために、身につけていた櫛を投げつける。すると、地面からタケノコが生えてきて、それを黄泉醜女たちが食べている間に逃げる時間を稼ぐことができるのです。

片桐 櫛にそんな不思議な力があるんですね。

深澤 櫛は本来、女性が使うもの。それを男性が使うとき、超自然的なパワーが発揮されるというエピソードは、この物語以外にも出てきます。

そして、追っ手から逃れて黄泉の国から戻ってきたイザナキは、川で穢れを祓うためにみそぎをします。そのときに身につけている杖や帯、冠、衣、袴、靴、腕輪などを外したという描写があります。

《鍬形石・車輪石・石釧》 古墳時代(前期)・4世紀 國學院大學博物館蔵

片桐 アクセサリーをたくさんつけていますね。

深澤 ここで展示している腕輪型の石製品は、死者のためのもので、実用品ではありません。

片桐 この金の冠は勾玉がたくさんついて豪華ですね。

深澤 これは韓国で出土したものの複製ですが、冠にぶら下がっている勾玉は糸魚川の翡翠から作られたものです。

《韓国慶州鏡塚出土 金冠(模造)》 三国時代(新羅)・5世紀 國學院大學博物館蔵

第3章「高天原から出雲へ」

深澤 国土の生成に続いて記されるのは、アマテラスとスサノオの物語です。スサノオは海の神様ですが、黄泉の国にいる母親のイザナミに会いたいと泣いてばかりいるので、父親のイザナキに追放されてしまいます。そして、姉のアマテラスにいる高天原に行くのですが、そこでも田を破壊したり、糞尿を撒き散らしたり、機織り部屋に皮を剥いだ馬を放り込んだりと乱暴を働くので、見かねたアマテラスはあま石屋いわやに閉じこもってしまう。

片桐 天岩戸あまのいわとの話ですね!

深澤 「天岩戸」という言い方は『日本書紀』からのもので、『古事記』では「あめ石屋いわや」と言います。

片桐 へえ、そんな違いがあるとは知らなかったです。

深澤 アマテラスが隠れると世界は暗闇に覆われ、あらゆる災いが起こるようになる。そうして困り果てた神々は相談して、一計を講じます。お祭り騒ぎをすることで、アマテラスが不思議がって外を覗いたところを引っ張り出すというものです。

そこでお祭りの準備として、鏡や勾玉、占いのための鹿の肩の骨、木の枝にかける布などを作る。古墳時代の祭祀遺跡からは短冊型の鉄製品が、それを整形する際に出る切れ端も一緒に出土しています。ということは、これらの鉄製品は別の場所で作られたのではなく、祭りの現場でつくっていた可能性があるのです。

片桐 物語の中に書かれていることは、実際に行われていたというベースがあるんですね。

深澤 ある程度、事実と符合するところはあると思います。稗田阿礼は実際の祭祀の準備の様子を見て知っていて、それを踏まえて太安万侶に伝えたのかもしれないですね。

《鹿骨(参考)》 現代 個人蔵
《勾玉・管玉(製作工程模型)》 現代 國學院大學博物館蔵
《画文帯神獣鏡》 古墳時代(前期)・3世紀 國學院大學博物館蔵
《三角縁神獣鏡》 古墳時代(前期)・4世紀 國學院大學博物館蔵

ヤマタノオロチを倒した「十拳の剣」

深澤 スサノオは高天原も追放され、出雲に天下るのですが、そこで「八俣やまたのおろち」に差し出されようとしている櫛名田比売くしなだひめと出会い、八俣やまたのおろち退治に乗り出します。そのときに、スサノオが使った剣が「十拳とつかの剣」。ちょうど拳10個分の長さ、約1メートルの刀剣になります。

《直刀》 古墳時代(後期)・6世紀 國學院大學博物館蔵

片桐 これは、ずいぶん状態がいいんですね! 刃文まできれいに見えますよ。

深澤 6世紀の刀ですが、古墳時代のものとは思えないですよね。非常に美しい刀です。

《直刀》 古墳時代(後期)・6世紀 國學院大學博物館蔵

深澤 スサノオが八俣やまたのおろちと戦っているときに、櫛名田比売を小さな櫛に変身させて自分の髪にさして戦ったと記されています。ここでも男性が櫛を身につけることで、超人的なパワーを発揮するという話が出てきます。

第4章 「大国主神の国譲り」

深澤 ここからは、オオクニヌシの国づくりが展開していきます。オオクニヌシは、スサノオの娘スセリビメと結婚するのですが、スサノオの家から大刀、弓矢、琴を奪い、スセリヒメと駆け落ちする。大刀、弓矢、琴の3点は、国づくりの力を象徴する物として、5世紀前半頃から祭祀遺跡の出土品で多く見られます。

第4章展示風景
《大刀形埴輪》 古墳時代(後期)・6世紀 國學院大學博物館蔵

深澤 これは「大刀形埴輪」で、大刀を表したもの。実際の大刀はもっと細いのですが、細い形状が作れないので、太く作っているんです。

片桐 見たことない形ですね! 手を入れる部分も独特です。

《靫形埴輪》 古墳時代(後期)・6世紀 國學院大學博物館蔵

深澤 こちらは「ゆぎ形埴輪」と言って、弓矢を背負う道具です。やじりを上に向けて収納した状態になっているのは、単なる武器というよりも、武器の威力を見せつける、象徴的な存在だったと考えられます。

《馬形埴輪》 古墳時代(後期)・6世紀 國學院大學博物館蔵

深澤 また、オオクニヌシが馬に乗る描写がありますが、馬には鞍やあぶみがつけられている。この「馬形埴輪」にも、鞍やあぶみのほか頭に飾りがつけられていることから、馬が貴重な財産として用いられていたことがわかります。

死者の再生を願った石枕

深澤 続いて、オオクニヌシの娘と結婚する天若日子あめわかひこという神様が登場しますが、彼は矢に当たって死んでしまいます。その時、天若日子あめわかひこを埋葬するまでの一定期間、遺体を安置して、食べ物をお供えする場面が出てきます。こういった物語と関連する考古資料が、「石枕」。実際に埋葬までの期間、遺体の頭に据えて安置していたと考えられるものです。

重要文化財《(千葉・市原市姉崎二子塚古墳出土)石枕・立花》 古墳時代(中期)・5世紀 國學院大學博物館蔵

深澤 軟質の石で作られているものですが、その縁に勾玉を二つ組み合わせて花のような形にした飾り、立花りっかが差してあります。

片桐 勾玉の上下を逆にして組み合わせているんですね。

重要文化財《千葉・市原市姉崎二子塚古墳出土 石枕・立花》 古墳時代(中期)・5世紀 國學院大學博物館蔵

深澤 勾玉を反転させているということは、現実を反転させる。つまり、死者を生き返らせたいという願いがあったのではないかと考えられます。

片桐 なるほど。この石に刻まれている模様も独特ですね。

深澤 これは「直弧文ちょっこもん」という模様で、古墳時代前期から長期間に亘って古墳の石室や石棺、大刀の柄、貝製の腕輪などの文様に見られます。

片桐 直線と曲線が組み合わされていて、幾何学的にも見えますが……ずいぶん複雑な形状ですね。朝鮮半島から伝わった文様なんですか?

深澤 これは日本オリジナルのものです。この文様の起源や描かれ方などはまだ解明されていないんですよ。

第5章 「天つ神御子から天皇へ」

深澤 『古事記』では、アマテラスの子孫たちが初代天皇となる神武天皇へとつながり、皇位継承の物語へと展開していきます。ここでは、アマテラスの子孫である、海佐知毘古と山佐知毘古の兄弟の話を見ていきます。

片桐 釣り道具と狩猟道具を交換して、釣針をなくしてしまうという話ですよね?

深澤 そうです。物語の中で重要な役割を果たす釣針ですが、古墳時代3世紀の釣り針がこちらで見ることができます。

片桐 結構大きい! 鉄製なんですね。

深澤 これだけしっかりしているということは、実際に大型魚を釣り上げるのに使われていた可能性も考えられます。

第5章展示風景

禁足地から出土した「フツノミタマ」

深澤 初代天皇となる神武天皇は、九州から大和に入る際に地元の神様に気圧されてしまう。すると、天から「フツノミタマ」という霊刀がもたらされ、その力で神武天皇たちは危機から救われるという話が記されています。

片桐 これもずいぶんと大きな刀ですね。ホンモノなんですか!?

深澤 これは、石上神宮の禁足地から出土した大刀の写しになります。この形は、中国・漢で流行っていたものだということが分かっています。

《素環頭内反大刀(「韴霊大刀」写)》 原品:後漢・1-3世紀、明治45(1912)年 北澤八幡神社蔵

深澤 古墳時代は朝鮮半島から最先端の文化がもたらされていましたが、律令国家になると今度は中国との交流が盛んになり、中国の最先端文化がもたらされるようになるという、大きな流れがありました。

中国製の鏡や大刀といった輸入品は、当時の人には大きなインパクトがあったはずです。大変貴重なので手元に置いておきたけれど、それを死者や神様に捧げることで、大きな加護を願ったのだろうと思います。

縄文土器、土偶から埴輪まで
常設展も大充実!

深澤 ここまでが企画展ですが、常設展として「考古」「神道」「校史」の3つのゾーンで、本学所蔵の資料やコレクションを紹介しています。

片桐 「考古ゾーン」には土器から土偶、埴輪など、ものすごい種類の考古資料がたくさんあるんですね!

草創期から晩期までさまざまな土器がずらりと並ぶ
《新潟県長岡市岩野原遺跡出土 深鉢(馬高式土器、火焔型土器)》 縄文時代中期 國學院大學博物館所蔵
多様なスタイルの土偶を見ることができる

深澤 イチ押しはこの遮光器土偶なんですが、実は復元部分が着脱式になっています。

《遮光器土偶》 縄文時代晩期中葉 國學院大學博物館所蔵
土偶を製作した痕跡を念入りに確かめる片桐さん

片桐 外れるんですか!?

深澤 こうして中を見ると、当時の人々がどうやって作ったのかがわかりますよね。

片桐 これまで何度か粘土で土偶を作ってきましたけど、写真を見るだけだと厚みとかがわからないんです。実際は薄いんですよね〜。もっと分厚いと思い込んでいました!

深澤 中は空洞になっていて、紐作りで薄く作られています。縄文の跡をつけた後に磨く、磨消すりけし縄文という文様がつけられていますね。

片桐 微妙に左右対称じゃなかったりするから、真似しようと思っても相当難しい。これ先に見ていたら、土偶作りも違っていたかもしれませんね。

今回初めて國學院大學博物館に来ましたが、すごいですね! 『古事記』についてもいろいろ知ることができたし、特別に土偶まで持たせてもらえて(笑)。今日一番興奮してしまいました!

構成・文:渡部真里代 撮影:星野洋介

開催情報

企画展『モノで読む古事記』
10月31日(土)まで國學院大學博物館にて開催

(注)國學院大學博物館は現在、木・金・土の12:00〜16:00(最終入館15:30)の短縮開館となっています。新型コロナウイルスの状況により、開館スケジュールなど予定が変更される場合がありますので、HPなどでお確かめのうえご来館ください。

國學院大學博物館では、常設展及び企画展をネット上で観覧できるオンラインミュージアムをHP上にて開催中。展示解説やミュージアムトーク動画を公開しています。

関連リンク

國學院大學博物館

プロフィール

片桐仁 

1973年生まれ。多摩美術大学卒業。舞台を中心にテレビ・ラジオで活躍。TBS日曜劇場「99.9 刑事事件専門弁護士」、BSプレミアムドラマ「捜査会議はリビングで!」、TBSラジオ「JUNKサタデー エレ片のコント太郎」、NHK Eテレ「シャキーン!」などに出演。講談社『フライデー』での連載をきっかけに粘土彫刻家としても活動。粘土を盛る粘土作品の展覧会「ギリ展」を全国各地で開催。

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