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恩田陸が明かす、20年ぶりの続編『ドミノ in 上海』執筆秘話 「広げた風呂敷を畳むことができるか不安でした」

リアルサウンド

20/4/14(火) 10:00

  1992年、『六番目の小夜子』でのデビュー以来、数々のベストセラーとメディア化作品を執筆してきた恩田陸が、2001年の作品『ドミノ』の続編『ドミノin上海』をおよそ20年ぶりにリリースした。舞台を東京から上海に移し、25人+3匹の登場人物がドミノ倒しのように物語を繰り広げていく、568ページに及ぶ大作だ。

 今回は恩田陸本人に、20年ぶりに帰ってきた『ドミノ』の舞台を上海にした理由から、キャラクターのモデル、そして最近ハマっている音楽まで、執筆にまつわる様々なことについて語ってもらった。(編集部)

参考:浅田次郎が語る、物語作家としての主義 「天然の美しさを無視して小説は成立しない」

■20年の時を経て『ドミノ』が帰ってきた!

ーータイトルどおり、今度の舞台は上海ですが……ラストがあんなふうになるとは想像できず、600ページ近くあるのに一気読みでした。

恩田:作者自身も、想像していませんでしたから(笑)。前作を書き終えて「次を書くとしたらどこが舞台だろう?」と考えて、思いついたのが上海だったんです。当時は今以上にイケイケの場所というイメージが強くて、じゃあ、ということで取材にも行ったんですが、そこから書き始めるのに時間がかかり、新聞連載の作品を優先することになってさらに時間がかかり……というわけで、ようやく連載開始できたのが2008年。完成までにこんなに月日がかかってしまいました。

――前作でも登場したホラー映画監督フィリップ・クレイヴンの溺愛するイグアナのダリオが、誤って調理されてしまうところから物語は始まりますが、前作からのファンとしては衝撃でした。「え!? ダリオが死んじゃった!?」と。

恩田:すみません、いきなり殺しちゃって……。最初に、フィリップがお悔やみを言われている姿が思い浮かんで、なんでだろう?と考えたとき、ああダリオが死んじゃったのかなと。中国の料理人なら、イグアナを見たら腕が鳴るかも、っていう感じで大皿に載せてしまいました。そこから始まる序章に登場する人たちがメインで物語は動いてくんだろうとは思っていたんですが、そこから先のことは正直、あまり考えてなかったです。いきあたりばったりで書いているうち、どんどん話がふくらんで、登場人物も増えてしまった。

――結果、25人+3匹に。幽霊になったダリオと、ハードボイルドで悪賢いパンダ・厳厳(ガンガン)。そして、動物園から脱走した厳厳を追うミニチュアダックスフンドの燦燦(サンサン)。とくに厳厳の描写は、恩田さん自身も筆が乗ったんだろうな、と思うくらい生き生きとしていて楽しかったです。

恩田:私の心のふるさと的存在でしたね。詰まったときは、厳厳の描写を入れると話がうまく転がりだす、ということが多かったんです。人間はみんな、基本的に個性が強いというか我が強いというか、なかなかこちらの思いどおりにはならないんですよ。あっちに行ってほしいのに、こいつ意外と疑り深くて動かないな、とか。

――それぞれに思惑がありますしね。悲しみに暮れるクレイヴンのせいで、映画の撮影が進まない。状況を打開すべく呼ばれた風水師。一方で、〈蝙蝠〉と呼ばれる秘宝をめぐって犯罪組織と警察の攻防があり、そこに日本からやってきた観光客のOLや、ダリオを調理した青龍飯店(ホテル)料理長など、みんなが巻き込まれていく……。

恩田:主軸となる〈蝙蝠〉の伏線をどう張っていくのか、というのも書きながら考えていたので、広げた風呂敷をちゃんと畳むことができるだろうかと連載中はずっと不安でした。でもそれも厳厳に救われたというか、終盤で青龍飯店に集まったみんなの前で、彼が〈蝙蝠〉を〇〇〇〇〇くれたおかげで「ああ、やっと終われる」と思ったんですよね。

――バラバラに動いていたはずの登場人物たちが一堂に集結するところは、前作同様、この作品の山場ですよね。読んでいて、いちばん興奮する場面です。

恩田:もともと『ドミノ』は、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『マグノリア』という映画を観たのがきっかけで書き始めたんです。あの作品も無関係のひとたちを描いた群像劇なんですが、きっとラストでどこかに集結し、物語が繋がるんだろうと思っていたのに、ほぼ無関係のまま終わってしまった。私だったらそうはしないな、と思ったので、前作も今作も“一堂に集める”というのは外せない場面でした。まさか、集まったあとにまたみんなでホテルを出ていっちゃうとは、私も思いませんでしたけど、これだけの長さになった物語を締めくくるには、もっと広い場所じゃなきゃいけなかったということですね。

■「ありえるかも!?」と思える非日常のドライブ感

――25人+3匹を動かすのも大変だとは思うんですが、それぞれの背景を考えるのも大変だったのでは。たとえば前作にも登場した、元暴走族の健児。千葉でデリバリーのピザ屋を営んでいた彼が、上海でデリバリーの寿司屋をたちあげ成功している様子はかなりリアリティがありました。

恩田:中国の、とくに都市部は外食文化で、ほとんど自炊しないんですよ。だから、家で食べるにしてもテイクアウトするか出前をとるだろうなと思った。どこの国にも必ず中華街ができるように、基本的に中国の方々は故郷の料理ばかりを食べるので、上海に行ったときはどこもかしこも中華料理屋ばかりで驚いたんですけど、それでもマクドナルドなどのチェーン店はあるし、寿司のデリバリーをしたら儲かるんじゃないか……と、けっこう現実的に考えました。上海では一時、食品偽装が問題になって、日本の食品が大量に輸入されていましたしね。健児もきっと、もっと成功したいと考えたとき、千葉のピザ屋では行き詰まりを感じるだろうなと思いましたし。

――中国で寿司をつくるのではなく、高度な冷凍技術を導入して日本から輸入するのもなるほどと思いました。

恩田:むかし、クルーズ船に乗ったときに出されたお寿司が、日本から冷凍して持ち込んだものだったんですよ。握りたてみたいな鮮度で、言われなきゃ全然わからなかった。これは使えるな、と思って覚えていたんです。ほかにも、アートフェアの描写がありますけれど、根津美術館が建築費を調達するために中国時計を売ったら予想よりも高く売れたという記事を読んだことがあって。美術市場の付加価値も広がっているだろうな、と思ったことが生きています。

――そこで、前作に画廊勤務として登場した美江さんも絡んできた、と。

恩田:そうですね。前作でその設定はとくにフィーチャーされてませんでしたけど、おかげで彼女も登場させることができました。前作でコンビ(?)だった正博のことは、忘れていました(笑)。

――こちらも前作から続いて登場する保険会社勤務のOL、和美・優子・えり子もそうですが、ドミノシリーズは女性が強いですよね。とくに、健児と結婚して会社をやめたえり子は、その洞察眼と行動力が物語のカギにもなってきます。

恩田:会社員時代の先輩方がみんなたくましかったので、そのイメージが強いかもしれません。対して、3人に虐げられていた森川くんですが、彼も会社をやめ、上海で立派に成功していて……。適材適所って大事だなあ、と書いていて思いました。前作は、合わない場所に身を置かせて申し訳なかった(笑)。物語の本筋とは関係ないですけど、カメオ出演みたいな形で彼も登場させられてよかったです。キャラクターのそういうちょっとしたエピソードを書いているときがいちばん楽しくて、小説を書いているなあって実感できるので。

――そういう、地に足の着いた人物造形から生まれるリアリティがあるからこそ、物語が非現実にジャンプしても、どこか「ありえるかも……」と楽しめるんだと思います。厳厳みたいに賢くて、人間を出し抜くパンダがいてもおかしくないな、とか。

恩田:彼のように、漢詩を読めるパンダはいないと思いますけどね(笑)。

――風水師と、神官の娘と、山伏の子孫が集結して、超常現象に立ち向かうことも(笑)。

恩田:ああ、でも、風水師には会ったんですよ。簡単な風水講座を受けたんですけど、私の顔をじーっと見て、「あなた〇年に仕事を変えたでしょ?」って。それが、私が独立した年だったんです。どうしてそんなことがわかるんだろうってびっくりしちゃって。最初は疑っていた通訳の方も、最後のほうは「私はどうですか?」って前のめりで聞いていたくらい。その印象が強烈だったので、今回、登場させることにしました。そんな感じであちこちからネタを引っ張ってきて、書きながら考えていった感じですね。決めずに書く、というのはいつものことですけれど、型にはめなかったからこそ出せたドライブ感はあったかな、と思います。

■何も考えずに笑えるスカッとしたエンタメを

――時間がかかったからこそ、並走した物語がたくさんあったのではないかと思うのですが、混乱はしなかったんですか?

恩田:しましたね(笑)。飽きっぽいので、並走することには向いているというか、物語同士が混線することはないんですけど、なにぶん人数も多いし、間隔があいていたので、「この人が最後に登場したのはいつだっけ?」とか「時系列はどうなっているんだっけ?」とか。最終的には担当編集者さんがつくってくれた表を見ながら書いていました。あとは、今回のようにエンターテインメントに徹した小説を書くときは、自分のテンションをあわせるのがすごく大変なんですよね。他の物語がシリアスだったりすると、戻ってくるのに時間がかかる。

――書く小説ごとに、聴く音楽を変えてスイッチを変える、なんてことはあるんですか。

恩田:前作の『ドミノ』はプリンスの「The Rest of My Life」がイメージにぴったりだったので、テーマ曲にしていました。『錆びた太陽』という小説のときもストレイテナーの曲がしっくりくるな、と思っていましたが、その2作くらいで、今作を含め、曲を決めることはめったにありません。昔から“ながら勉強”が苦手で、書き始める前にテンションをあげるために音楽を聴く、ということはありますけれど、それも特定の曲というわけではないですね。

――ジャンルは、ジャズやクラシックが多いですか?

恩田:そうですね。最近は上原ひろみさんのアルバムをよく聴いています。あとは、ブリティッシュロックが好きなので、クーラ・シェイカーにハマっていた時期もありました。あとは、ケイト・ブッシュの大ファンなのでアルバムは全部もっています。幅広くなんでもというよりは、好きなバンドやアーティストの曲をくりかえし聴くことのほうが多いですね。

――恩田さんの作品は、『蜜蜂と遠雷』のような音楽小説だけでなく、音楽的な“流れ”のようなものを感じることが多いので、音楽を聴きながらなのかな、と思っていました。今回の『ドミノin上海』も、これほど壮大な物語でありながら、止まるべきところが見つからず、夢中になって最後まで駆け抜けてしまいましたし。

恩田:そうおっしゃってくださる方が意外と多くてほっとしました。教訓も何もない話ですし、ただただ笑って読んでもらいたい、スカッとした気分になってほしい、という思いで書いていましたから。私がはじめて食事を忘れてのめりこむ経験をしたのは、ロアルド・ダールの『チョコレート工場の秘密』でしたが、あんなふうに皆さんも夢中になってくださったら、と思います。

――外に出ることがままならず、鬱々とした気持ちになっている人が多い今はとくに、ただ笑えて、楽しい気分になれる、本書のような小説こそ求められている気がします。

恩田:外出できないのなら、せめて脳内旅行を、本書で楽しんでいただければ幸いです。

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