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星野源、文筆家としての表現は「私」に近いーー『蘇える変態』ほか、代表的エッセイを読み解く

リアルサウンド

20/3/13(金) 11:00

 星野源は昨年、日本人男性ソロアーティストとしては5人目の5大ドームツアーを行った。限られた人にしかできないことをやったのだから、人気の高さを証明している。

 その東京ドーム公演のステージで彼は寝転がり、天井を見上げて「真っ暗!」といったのだった。ドームの天井には照明がなく横から光が当てられるため、そう見えたのである。小説家の米澤穂信は「この会場で、というか日本中で、スポットライトをいちばんに浴びていちばん輝いている人が見える景色は暗闇なんですね」といっていたと、星野はインタビューで明かした(『ロッキング・オン・ジャパン』2019年12月号)。彼本人も米澤の指摘を肯定しつつ、いろんな人にとってもそうで自分が特別とは思わないと語っていた。

 昨秋には多国籍バンドのスーパーオーガニズムとのコラボを収録したEP『Same Thing』をリリースし、4月から放送のTBS系ドラマ『MIU404』では綾野剛とW主演で刑事役を務める。そのように音楽家、俳優として活躍する星野は文筆家でもあり、これまでエッセイ集を刊行してきたほか、現在も『ダ・ヴィンチ』で3カ月に1度の連載を継続している。そして、光と影のコントラストを語った先の記事を読んだ際、私がなんとなく思い出したのが、星野が書いた『蘇える変態』(2014年)だった。

 女性向けファッション誌『GINZA』での連載をまとめたものだが、「おっぱい」と題された章から始まるなど、日々の出来事や思いを綴ったなかにしばしばエロネタが登場するくだけた内容だ。しかし、終盤で雰囲気が変わる。2012年のくも膜下出血による活動休止、翌年の復帰と病の再発、退院から活動再開へという激動の時期が「生きる」「生きる2」「楽しい地獄だより」の章題で書かれている。

 1度目の入院前には「化物」、2度目の入院前には同名映画の主題歌「地獄でなぜ悪い」を制作していた。まるで直後の自身に起きることを予感していたような楽曲であり、アーティスト活動に戻れた後からふり返れば、それらの偶然は劇的にみえる。だが、辛かった時期を回想するエッセイで星野は、自分が「蘇える」ドラマのなかに「変態」の側面を書きこんでいた。

 2度目の手術後の激しい痛みや気持ち悪さに対し、世話してくれる看護師とSMプレイをしていると妄想することで、気持ちいいことをしているのだと思おうとする。だが、あまりの体調の悪さで自分をごまかせない。滑稽でありながら苦しさがよく伝わる文章だ。アーティストが病に打ち勝つという感動的な物語になりやすいシチュエーションと、きれいごとではすまない個人の私的な状態。この対比は、華やかな光に包まれた人気者が、孤独な闇を抱えてもいるというドームのあの場面に通じる。

 入稿後に星野が倒れ、結果的に入院後に発刊された『働く男』(2013年)の文庫版(2015年)のまえがきには、働くことがアイデンティティだった彼が、大病を経験して「働きたくない男」に変わったとある。その後も忙しく働いているが、かつてのような仕事への依存感はなくなったと吐露していた。音楽家、俳優、文筆家として多方面で活動し続ける今もその心持ちは維持されているようにみえる。

 彼の仕事とはなにかといえば、音楽、演技、文筆のどれもが不特定多数にむけて表現を届けることだ。そのなかで俳優業は別人を演じることだし、曲作りでは物語や設定を膨らませ自分から遠いものまで描くことができる。それに対し、日々の暮らしや思い、仕事についてなど身辺を題材にしたエッセイを主にした文筆業は、素の彼に最も近いところにあるはずだ。

 ところが星野は、文筆業を意外な動機で始めている。『いのちの車窓から』(2017年)所収の「文章」によると、彼は執筆開始の動機を問われれば松尾スズキや宮沢章夫の文章に憧れたからと答えてきたが、もう一つ理由があったという。メールを書くのが下手で上手くならないため、無理にでも仕事にしてしまえば上達するだろうと考え、知りあいの編集者にお願いして書かせてもらうようになった。その結果、次第に自分の想いを文章にできる楽しみを覚えていったのだった。

 この話と対になると思われるのが、やはり『いのちの車窓から』の「友人」に書かれたエピソードである。彼は病気療養中に誰かと話したかったが、働けない状態で仕事関係者に会ったら落ちこむだろうと考えた。このため、自らの素性に触れず、嘘はいわずポジティブなことだけを書くと決めて、短期間ではあったがツイッター上のコミュニケーションに励んだ。私的なメールが下手なことをきっかけに文筆家のプロになった彼が、私的にツイートすることで元気になれたのである。

 「仕事=不特定多数にむけた表現」と「私=個人的に抱えている思い」の微妙な距離感で彼の活動は成り立っている。ドームでの象徴的な場面に引きつけていえば、前者が光、後者が闇だ。星野は当初、声に自信がなかったために2000年代はじめ、インスト・バンドのSAKEROCKから本格的な音楽活動に入り、歌手活動は遅れてスタートしている。シンガーとしてのファーストソロ『ばかのうた』(2010年)について彼は、「歌が下手でも、大事なのは「歌う」ことだと。/声に自信がなくても、歌心があればいいんだなと思えるようになりました」と『働く男』で書いていた。「歌う」場を作ることで歌の表現を覚えていったわけだ。仕事にすることで文章を書く楽しみを知った彼は、発想のありかたが一貫しているようにみえる。

 『蘇える変態』の「ミュージックステーション」の章で、「普通に見えるけど実は攻めている」ものが好きで、タモリのように「ポピュラーの象徴なのに濃密にオルタナティブであり続ける存在」に憧れると記していた星野源。2016年のTBS系ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』出演と主題歌「恋」のヒットによるブレイクを経て、星野本人が普通だが攻めている、ポピュラーだがオルタナティブというポジションの代表になった。彼の一連のエッセイを読んだうえで考えると、「普通」「ポピュラー」とは不特定多数むけのことであり、「攻めている」「オルタナティブ」とは「私」性、あるいは『蘇える変態』がいうところの「変態」である。

 音楽家としての最新作『Same Thing』のリードトラックは、イギリスのロンドンを拠点とするスーパーオーガニズムをフィーチャーした英語詞の曲だ。世界進出という言葉を連想してしまうが、このEPのラストには「私」と題されたアコギ弾き語りの曲も収められている。『Same Thing』に関し前掲インタビューで星野は「決して世界進出ではなくて、世界が来たっていうことなんです(笑)」「だから、近所になったってことなんですよね」と話していた。「私=個人的に抱えている思い」を中心にした同心円を「仕事=不特定多数にむけた表現」を通じてどんどん広げていく。その同心円こそ、彼が「近所」と呼ぶものだろう。

 いくつも重なった星野の同心円のなかでも、特に「私」に近い側にあるのが、文筆業である。彼のエッセイには、心の内に抱えた暗がりと周囲を照らす表現の源が書きとめられており、滑稽だが前むきで、とても人間くさい。

■円堂都司昭
文芸・音楽評論家。著書に『エンタメ小説進化論』(講談社)、『ディズニーの隣の風景』(原書房)、『ソーシャル化する音楽』(青土社)など。

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