Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

『十二国記』シリーズはなぜ大ヒット作になった? 現役書店員が考察する、ファン層拡大のプロセス

リアルサウンド

19/11/6(水) 8:00

 それは台風の日だった。

 10月12日、全国一斉発売。小野不由美『十二国記』シリーズ18年ぶりの新刊『十二国記 白銀の墟 玄の月』(新潮文庫)1・2巻である。11月9日には3・4巻が発売される。Twitterでも「十二国記有給を取ります」という言葉が飛び交ったり、新潮社公式Twitterも「台風の情報をご確認のうえ、新刊購入のために無理な外出はされませんようお願いします」と注意を促したりなどの盛り上がりを見せた。ある地方の本屋の書店員である私の職場も例外ではなく、町の本屋の苦境が囁かれる昨今であるが、正面平台の一番目立つところにうず高く積み上げた『十二国記』は発売当日に瞬く間に売れていった。

 第1巻は、新潮文庫史上最高となる50万部スタートにも関わらず、3日で各10万部の増刷が決定し、2週連続で売上ランキング首位をキープし続けた。3・4巻発売後も、1・2巻どころか既刊含めて売上は上がり続けるだろう。なぜ、こんなにも『十ニ国記』フィーバーが起きているのか。

 『十ニ国記』は、1991年に新潮社で単独の作品として発売された原点とも言われる作品で、2012年完全版発売の際にシリーズの一部として再刊行されたため現在は「エピソード0」的な位置づけで知られている『魔性の子』は例外として、元々、1992年に講談社のティーンズ向けライトノベルレーベル「講談社X文庫ホワイトハート」で発売された『月の影 影の海』から始まり、2001年発売の『黄昏の岸 暁の天』まで続く。また、2000年からは、読者層が成長することで年齢層が上がったことが関係しているのだろうが、一般文庫である講談社文庫でも刊行が始まっている。2003年にはNHKでアニメ化され、そこでも多くのファンを増やすことになる。

 そして2012年から、現在どこの書店でも大規模に販売されているだろう新潮文庫版が、短篇集『丕緒の鳥』を加え、完全版として順次刊行されていき、18年ぶりの書き下ろし長編『十二国記 白銀の墟 玄の月』が発売された現在に至るのである。

 こうして見るといくつかの分岐点があることがわかる。まずは、1992年の少女向けライトノベルとしての発売。ここでハマった世代が現在のアラフォー世代である。それまでに『悪霊シリーズ』(同じく講談社X文庫ホワイトハート)といった人気シリーズもあり、『十ニ国記』の物語は、当時の10代の少女たちの心を掴んで放さなかった。また、『ソード・アート・オンライン』を代表とするライトノベルの一大ジャンルである「異世界系」に繋がる部分が、ライトノベルファンを押さえていたとも言える。

 その後、小野不由美は1998年に『屍鬼』(新潮社)を発表。ここでティーンネイジャーのみならず、一般読者、特にホラー小説ファン層からの信頼も厚くなっていく。つまりは2000年から刊行された講談社文庫版の読者は、8年経って成長した以前からのファンのみならず、『屍鬼』以降の新規のファン、大人の読書家たちも含んでいた。新潮文庫版の刊行の際は映画にもなった『残穢』(新潮社)が発売されているため、尚更であろう。『十ニ国記』の物語は大河ドラマのように骨太な歴史ものとしても、1人の女性が逆境にめげず、強く逞しく生き、成長していく物語としても、幅広い読者の心を掴んだ。

 そして次のポイントは2003年のアニメ化である。ここでもまた、新たに夢中になる10代がたくさん生まれる。この時期に10代だったのが現在のアラサー世代である。

 高校生の頃アニメで夢中になった知人は、20代になって新潮文庫版を大人買いした。そうやって、複数の出版社、形態、媒体を変え続けることによって、元々のファンが自身の成長に合わせて、感慨と共に新規媒体を購入していく。

 そして、18年ぶりの新作、『十二国記 白銀の墟 玄の月』である。新作発売の告知が流れた昨年末から発売の10月にかけて、新潮社のプロモーションは念入りで、書店には大型の宣伝・告知用ポスター等が続々と届けられた。そこに『十ニ国記』と共に青春を過ごした元文学少女である現在の書店員たちの並々ならぬ情熱が注がれたのは言うまでもない。多くの書店の『十ニ国記』コーナーにたっぷりの愛が篭もった手書きPOPが踊っているのを散見した。通路を歩く人が、『十ニ国記』新刊発売告知の段階の既刊本フェアの前で足を止めて「え?新刊?本当に!?」と小躍りした。熱心なファンは、新刊発売を前に10代の頃に読んだ本をもう一度読み返していた。語り合う仲間を増やすために愛を熱烈に語る人も、わかりやすい入門の仕方を一緒に考えようとする人もいた。その熱意に押されてアニメを観始めた人も、本を片っ端から読み始めた人もいた。この爆発的な人気を知って、「読んでみようかしら」とレジで微笑みかけてくれたご婦人もいた。

 18年。その歳月待ち続けた人もいれば、途中で出会った人もいるだろう。十数年越しのプレゼントのような、そんな気分なのかもしれない。その間に子供は大人になった。多くの人生のターニングポイントを迎え、多くのことを経験した。人生の中で一番多感な時期に、『十ニ国記』と出会い、読書の興奮に胸を躍らせた記憶が、彼らの心を幸福にざわつかせ、発売日に書店に駆けつけさせたのだとしたら、なんと幸せなことだろうと思うのである。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住の書店員。「映画芸術」などに寄稿。

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む