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“キモかわいい生きもの”にゆっくり系YouTuberがツッコミ 「へんないきものチャンネル」はどんな本になった?

リアルサウンド

20/5/31(日) 12:00

 2020年5月に発表された第2回「小学生がえらぶ!”こどもの本”総選挙」でも第1回に引き続いて『ざんねんないきもの事典』が第1位となり、シリーズ全巻がベスト10入りするという圧倒的な強さを見せた。

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 子どもは動物が好きだが、なかでも奇妙な生きもの、珍しい生きものが好きなようだ。

 『ざんねんないきもの事典』のヒット以降、類書が無数に刊行されているが、本書『キモイけど実はイイやつなんです。怖いのに何だかかわいく思えてきちゃう生きもの図鑑』(著者ろう、監修實吉達郎、イラスト川崎悟司、バニえもん)もそのひとつだ。

 漢字にはすべてルビが振られているので小学生でも読めるつくりになっている。

 『ざんねん~』がそうであるように「○○だけど××」というギャップのおもしろさがウリで、この本は「キモイけど実はイイ生き物」がコンセプトだ。

 参考文献には『ざんねんないきもの事典』をはじめとする今泉忠明監修本が並び、生きもののイラストは『カメの甲羅はあばら骨』『絶滅した奇妙な動物』などで知られる川崎悟司が担当と、残念な生きものや危険生物本に登場する生物の情報やイラストレーターの有名どころを集めてリミックスしたような内容の1冊になっている。

 たとえば、TVアニメ化もされた貴志祐介の小説『新世界より』でおなじみ(?)のハダカデバネズミ、『テラフォーマーズ』でも「極限環境でも死なない生物」として登場したクマムシといった有名どころから、ベーコンがグネグネうごめくような動きをして口から白い糸を吐き出すデンドロリンクス、ゴキブリに毒針を刺してゾンビ状態にするエメラルドゴキブリバチ、鳥をおびき寄せるために尻尾の先に蜘蛛そっくりのかたちと動きを再現した疑似餌を付けたスパイダーテイルドクサリヘビ、見た目がでろでろの腸(ホルモン)にしか見えない深海魚シワヒモムシなどが登場する。

 では「この本らしさ」はどこにあるか?

 ゆっくり系YouTuber本である点だ。

■ゆっくり系YouTuberとは? へんないきものチャンネルとは?

 「ゆっくり実況」「ゆっくり茶番劇」などと言われる動画群は、同人ゲーム『東方Project』の霊夢と魔理沙を掛け合い用のキャラクターに立て、「棒読みちゃん」「SofTalk」などのAquesTalkを利用した音声合成ソフトを使ってしゃべらせた動画で、ニコニコ動画やYouTube上で無数に制作されている。

 この本の元になった「へんないきものチャンネル」も、もともと霊夢と魔理沙を用いて変な生きものを紹介する棒読み動画をつくっていたチャンネルだ。

 ところがGoogleがニュース記事を合成音声ソフトを使って読み上げるだけの動画をYouTubeから一掃するために入れたAIが、ゆっくり系YouTuberの動画を記事読み上げ動画と区別できずに誤爆しまくって収益化剥奪騒動が起こり(登録者数を伸ばしていたチャンネルが突然「収益化不可」と判定されて広告が付けられなくなる)、へんないきものチャンネルもこれに巻き込まれた。

 結果、霊夢と魔理沙ではなく「きつねさん」と「たぬきさん」というオリジナルキャラクターに語らせ、VOICELOIDの結月ゆかりと弦巻マキの声を使用した動画に切り替えて現在も運営されているという若干ややこしい経緯を持つ。

 ただし、生物系チャンネルと言っても、チャンネル鰐のように実際に珍しい爬虫類や両生類、虫や魚を飼って紹介するわけではない。生態や歴史を調べてまとめた動画をアップしている。

 動画制作者が自ら紹介する生物の動画を撮っているわけではないので、いらすとやさんなどフリー素材を使い倒しており、生きものを紹介するチャンネルなのに、生きものが実際に動く映像は少ない。

 つまり、変な生きものを紹介しているが、「絵」(映像)としてのおもしろさで勝負するというより、きつねさんとたぬきさんという2人のキャラクターが掛け合いで語っていく中身(情報)のインパクトで勝負しているのが特徴だ。

■『キモイけど実はイイやつなんです。』の特徴

 この本では、紹介する生きものの絵を川崎悟司が描き下ろしている。本だから当然、止め絵だが、元の動画でもほとんど動きはないから動画とのギャップは感じない。

 ただ「文字で読む」のと「独特の甲高い合成音声による棒読みで聞く」のは体験としてはかなり別物だ。掛け合いを「聞く」のは、情報量がマッシブでも意外と受けとめやすいが、文字を「読む」だと情報量が多いと少し疲れてしまう。

 『ざんねん~』以降のこの手の本のフォーマットに倣って本書でもひとつの生きものにつき見開きで完結していくスタイルにしているが、この違いを考えると理に適っている。見開き完結だと若干の物足りなさも感じるが、おそらくこれ以上の分量で文字で読まされると疲れてしまう本になっただろう。気になった生きものについてより詳しく知りたければ動画を観ればよく、良い導入になっている。

 もうひとつ『キモイけど実はイイやつなんです。』の特徴なのは、動物研究者・實吉達郎の監修が入っているとはいえ、ネットのノリのツッコミ目線で書かれている点だ。

 へんないきものチャンネルを運営する「ろう」はド文系のマーケッターで、生物学的または動物行動学的に正しく記述しようというより、アクセスがより伸びるように「おもしろく」表現することにフォーカスしている。

 もちろんこの手の本は『ざんねんないきもの事典』にしろ、動物行動学者・今泉忠明は「監修」とクレジットされているが実際にはライターと編集者が主導してコンセプトと文章をまとめている、つまり学術的な精度よりおもしろさを重視したものが大半ではある。

 とはいえ『ざんねん~』のように「児童書」として子どもに楽しく読んでもらうために書かれた文章と、本書のようにニコニコ動画のゆっくり実況などで培われたネット民特有の毒舌、ツッコミ待ちのスタンスで書かれた文章はまた別物である。

 たとえばこの本では「キモい鳴き声」をお題にしたコラムでは、コアラの鳴き声は「ゴゴゴ…グヒー」、カバの鳴き声は「バブー!ウッウッウッ」と形容されている。

 こういうノリで作られた生物図鑑は、本書が初ではないかと思われる(そもそも「ゆっくり」をルーツとする商業出版の書籍自体、筆者は不勉強ながら他に知らないのだが)。

 だから2020年に発売されたYouTuber本であるにもかかわらず、2000年代後半から2010年代前半の、ニコ動が元気だったころの懐かしいにおいを感じる。へんないきものチャンネルは2019年にスタートした新しいチャンネルであり、『ざんねん~』系生きもの本ブームも最近の現象なのに、なんだか一世代前のもののような錯覚に陥ってしまう。

 ゆっくり系YouTuberによる『ざんねんないきもの』/危険生物系生きもの本という、異なる文化的な文脈が交錯しているところが興味深い一冊だ。(飯田一史)

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