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音楽シーンの”超大物”と次々コラボ――木村カエラはなぜモテる?

リアルサウンド

13/10/12(土) 17:27

 第2子を出産したことでも注目を集める木村カエラが10月30日にリリースするコラボアルバム『ROCK』の全曲試聴が特設サイトでスタートした。石野卓球とコラボした「FUNKYTOWN」は先行配信も行われている。

 プライベートレーベル「ELA」の1作目である同作には、細野晴臣、岡村靖幸、奥田民生、Chara、岸田繁(くるり)など、そうそうたるメンバーが参加している。彼女はなぜ、ここまでミュージシャンに“モテる”のだろうか。取材経験のある音楽ライターの柴那典氏に話を聞いた。

「木村カエラはファッション雑誌『Seventeen』でモデルとして活動し、音楽情報番組『saku saku』への出演をきっかけに、2004年にミュージシャンとしてデビューしました。知名度を一気に上げたのは、2005年リリースのシングル『リルラ リルハ』。プロデュースを担当したのは、“アイゴン”こと會田茂一です。彼は90年代に“渋谷系の裏番長”EL-MALOのメンバーとして活躍、その後はプロデューサーとして様々なアーティストを手がけながら、ロックバンド・髭のギタリストを務めるなど、自身もミュージシャンとして活動しています。その次にリリースしたシングルは、奥田民生プロデュースの『BEAT』。これは、奥田民生のソロ10周年記念映画『カスタムメイド 10.30』に木村カエラが主演したことをきっかけに作られた曲で、奥田民生による映画主題歌『トリッパー』とも同発でした。

 デビュー直後から、アイゴン、奥田民生という2人のロックアイコンと繋がりを持ち、また、2006年には再結成したサディスティック・ミカ・バンドのシンガーにも抜擢されています。早い段階でヒット作に恵まれただけでなく、単に『Seventeenのモデルが歌手デビューして成功した』というだけでないイメージを獲得した。これはほかのモデル出身のミュージシャンと比較しても幸福だったと言えるでしょう」

 デビュー間もないころからミュージシャンに愛されていた理由を、柴氏はこう分析する。

「木村カエラは、インタビューにおいてデビュー当時の自分のことを『人見知りだった』『自信がなかった』と言っています。自由奔放なパブリックイメージとは対照的に、人のことを考えず自分の好きなように振る舞うタイプの人ではなかった。むしろ周囲に気を遣うし、人見知りで自信がないぶん、周りのクリエイターのやりたいことを尊重し、きちんとコミュニケーションをとろうと努力していた。その一方で、奇抜なモノや尖ったモノに憧れる自分の好みはブレることがなかった。

 要するに、木村カエラは、人を気遣える性格を持ちながら、奇抜で尖ったモノが大好きという、二面性のあるキャラクターだったのです。そんな彼女は、周りのミュージシャンやプロデューサーとっては、非常に魅力的な“素材”に見えたのではないでしょうか」

 そんな木村カエラの大きな転機となったのは、2009年のシングル『Butterfly』。結婚式の定番曲として人気の高いこの曲をきっかけに、彼女の心境に変化が起こったと柴氏は推測する。

「友人の結婚式のために制作したそうで、木村カエラにとっても大切な楽曲。しかし、ストレートで感動的なこの曲は“奇抜でキャッチー”という彼女のもともとのイメージとは、大きく異なります。『Butterfly』だけの木村カエラじゃないということを示していかなければならない――そうした考えから、彼女の中で“発信する”という意識がより強くなったのではと予想します。

 実は、木村カエラはもともとパンクやハードコアなど日本のインディーズシーンのミュージシャンと深い繋がりを持っている人です。デビュー前の高校生時代に組んでいたバンドANIMOは、FULLSCRATH、the HIATUSのメンバーであるギタリストmasasucksがメンバー。そういった人脈から、パンクロックバンド・ASPARAGUSの渡邊忍や、スカバンド・SCAFULL KINGのメンバーなどがバックバンドを務めるようになりました。とくに渡邊は、2011年のアルバム『8EIGHT8』を丸々1枚プロデュースしており、単なるバックバンドではなく共作者のような立ち位置の人。彼が手がけた楽曲で代表的なものは、「モード学園」のCMソングにも起用されてヒットした2006年の「TREE CLIMBERS」で、サザンオールスターズの桑田佳祐も、自身の番組『桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜』において宇多田ヒカルやミスチルをおさえて“21世紀のベストソング20”の第1位に選ぶなど、この曲を非常に高く評価しています」

 桑田佳祐と木村カエラがコラボをしたことはないが、シンガーとして高く評価しているようだ。こんなところにも、彼女の“愛されっぷり”が表れている。

「ここ数年は、先に述べたようなコアなジャンルの人たちと活動し、シンガーとしての幅を広げてきましたが、この10月にリリースされるコラボアルバムでは、細野晴臣や奥田民生、さらにはブラジルのガールズバンドCSSなど海外アーティストとも手を組んでいる。プライベートレーベルを立ち上げた一発目のタイミングなので、“もっと全方位に、いろんな人と一緒にやっていこう”という方向性を打ち出したと考えられます」

 そのスタンスは、音楽シーンの中で今後、木村カエラはどういう存在になっていくのかを考える上で、重要になってくるようだ。

「彼女自身がどう考えているかは別として、『マドンナのようになるのではないか』という説があります。マドンナがデビューしたのは80年代初頭ですが、90年代以降も第一線で活躍し続け、起用するのはいつも、先鋭的で、かつ玄人筋にも評価が高いミュージシャンです。例えば、1998年のアルバム『レイ・オブ・ライト』では、ウィリアム・オービットというアンビエント系クラブ・ミュージックの第一人者をプロデューサーに起用しています。また、2012年のアルバム『MDMA』では、M.I.Aとニッキー・ミナージュとフィーチャリングしました。どちらも、2010年代にアンダーグラウンドで高い評価を得たアーティストです。

 マドンナは、新しい人とコラボをすることによって、自分の印象を塗り替えてきた。それが、50歳を越えてもなおポップスターとして最前線に立つことができている理由でしょう。木村カエラも、そのようにして自分のイメージを刷新し続けることができるタイプだと思います」

 柴氏はさらに、“提案型のミュージシャン”であることも指摘する。

「先ほど、『初期の彼女は、気を遣える性格と尖ったものが好きという趣向の二面性が素材としての魅力を放っていた』と言いましたが、今は発信する力も評価されていると思います。彼女はアンテナをすごく張っていて、例えばメジャーデビューする前のavengers in sci-fiから楽曲提供を受けたりと、まだ注目を集めていない有望株をみつける嗅覚がある。ラジオでPerfumeを紹介し、ヒットのきっかけを作ったというエピソードも、その典型ですね。レーベルの設立もその延長線上にある試みだと思います。

 新しい才能をフックアップすることで常に第一線で活躍する女性アーティストには、洋楽ではマドンナとビョークという巨大な成功例があります。10年後や20年後を見据え、マドンナやビョークのようなリスペクトを浴びる存在になっていくというのが、木村カエラの目指していく一つの道になるのではないでしょうか」

  シンガーとしての実力に加えて、センスとコンセプト力に長けていることが、モテる理由のようだ。
(文=編集部)

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