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『MIU404』は回を重ねるごとに面白さが加速 野木亜紀子が突きつける“弱者たちの叫び”

リアルサウンド

20/7/24(金) 10:00

 この世界はままならないことで溢れている。一度足を踏み外したら最後、修正が効かない。第3話におけるデジタルタトゥーによって社会的制裁を必要以上に受けてしまう高校生たちや、第4話における「手取り14万」というフレーズなど、『MIU404』(TBS系)はこれでもかと言うほど閉塞感に満ちた現代社会を映し出す。何を訴えても「自己責任」と言い捨てられるこの世界で、星野源演じる志摩と、綾野剛演じる伊吹の2人は、「ルーブ・ゴールドバーグ・マシン(ピタゴラ装置)」から外れ、今にも零れ落ちそうな球を懸命にキャッチして、元の道に戻そうとしているかのようだ。

 『MIU404』は第3話における菅田将暉の登場というサプライズも含め、面白さがどんどん加速している。

 第3話は、陸上部という居場所を理不尽に奪われ、いたずら通報をして警察から逃げ切ったら勝ちという無益なゲームを繰り返す高校生たちの話だ。山田杏奈から頬にキスされて照れる前田旺志郎の姿からして、瑞々しい青春ドラマのような第3話は、少年たちがひたすら走る物語であると同時に、“落ちる”物語でもある。

 志摩が例え話に使った即席のピタゴラ装置から零れ落ちた球は、4機捜メンバー含めた大人たち中心に高校生たちを混ぜた2度目の円陣に1人だけ入れず、結果的に疎外されてしまった少年・成川(鈴鹿央士)が落ちていくさまを不吉に暗示する。落ちた先にいたのは、菅田演じる傘をさした赤い服の男だった。

 最初のショットも奇妙なものである。山田杏奈演じる女子高生が虚偽の通報をする電話ボックスは、画面が横向きになっているために、“嘘”であることを示しているともとれるが、終盤彼女を守るため犯人と格闘する志摩と伊吹が落ちる水槽のようにも見える。ある意味志摩と伊吹は、道を外れ、今にも落ちそうな少年少女たちの代わりとして、颯爽と落ちた。刑事ドラマ的にはいかにもバディものの醍醐味といった形で、賑やかに騒ぎ、慌てふためきながら。

 “落ちる”と言えば、第4話のヒロイン・美村里江演じる哀しきヒロイン・青池透子もまた、彼女が洗うカジノのチップがカップの底のほうに沈む描写のように、“落ちた”のだった。一度道を踏み外したが、もう一人の「ミリオンダラーガール」羽野麦(黒川智花)に救われることで軌道修正されたはずだった。だが、思わぬ社会の落とし穴に再び落ち、後戻りができない道をひた走っている。『アンナチュラル』(TBS系)第2話の名もなき御遺体「ミケちゃん」や、『コタキ兄弟と四苦八苦』(テレビ東京系)第1話において血を流しながら兄弟の元に現れた市川実日子演じる依頼主など、あらゆる野木亜紀子作品の戦う女性たちを思い起こさせる存在である。

 伊吹は防犯カメラ越しに青池の目を見つめ、青池は看板越しに、異国の名もなき少女の目を見つめる。それぞれにまだ会ったことのない誰かと話したい、救いたいと願う2人の全力の追いかけっこ。伊吹は彼女の全力疾走に間に合わず、彼女の遺体と向き合うことになる。だがそれは、悲劇に見せかけた、彼女にとっての勝利だった。

 青池透子の物語には、第4話序盤の志摩と伊吹の会話という前置きがある。伊吹が志摩に語る、「タイガーマスク現象」のエピソードだ。タイガーマスクの主人公「伊達直人」を名乗った人物が、児童福祉施設にランドセルの寄付をしたという話を聞いた多くの人々が模倣してランドセルを送ったため、施設側は逆に困ってしまったという実際の話だが、実は伊吹もその内の1人だったと話す。志摩はその時「世の中には、こんなにもいいことをしたいやつがいるんだな」と思ったのだと言う。そして「そのわりに世界はよくならない」と憂う。なぜなら、“いいこと”をするには心の余裕と金銭的な余裕がいるから。

 その言葉に対応するように、彼女なりのマネーロンダリングにより、守り通した汚いお金を綺麗な宝石に変え、ウサギのぬいぐるみとして寄付することに成功した青池は、「これまで全然余裕がなくて募金とかしたことなかったんです。だから」と晴れやかな笑顔を浮かべる。

 彼女が残りの命の時間を懸けて行ったのはそんな“いいこと”だ。せせこましい世の中では時に「寄付=美談/偽善」としてやっかみと共に片づけられる、心と金銭的な余裕の両方がある人のみができる“いいこと”は、「わたしさん」というありふれたアカウント名の彼女のSNSが発した渾身の叫びとなって、彼女が流す血となって、ぬいぐるみのウサギの目となって、なんとなくテレビ画面を見つめている視聴者の心を突き刺す。

 「どこなら綺麗に生きられるだろう」と呟いた彼女は、綺麗なままでは渡っていけなかった日本社会への恨み言を見事に反転させる。真っ当に生きたくても生きられずギリギリの状態で生きていた彼女はようやく“心の余裕”を得て、死んでいく。まだ見ぬ異国の「ミリオンダラーガール」に、物語の“続き”を託して。

 そして、バックに流れるのどかなメロンパンの歌とは不釣り合いな、星野源演じる志摩の、死に対して一切の怯えを見せない、むしろ死を望んでいるかのような穏やかな狂気の表情。第4話は影も形も現さなかった菅田演じる赤い服の男。第1話の老女とは違い、見つからないままの成川少年、彼を掴むことができなかった九重(岡田健史)。タイプの異なる事件を解決していく1話完結型のドラマであるにも関わらず、零れ落ちるように残されていく謎と不穏な空気が我々の心を掴んで離さない。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。

■放送情報
金曜ドラマ『MIU404』
TBS系にて、毎週金曜22:00~22:54放送
出演:綾野剛、星野源、岡田健史、橋本じゅん、渡邊圭祐、金井勇太、生瀬勝久、麻生久美子
脚本:野木亜紀子
演出:塚原あゆ子、竹村謙太郎、加藤尚樹
プロデュース:新井順子
音楽:得田真裕
製作:TBSスパークル、TBS
(c)TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/MIU404_TBS/

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