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中川右介のきのうのエンタメ、あしたの古典

レディー・ガガ主演で『スター誕生』がリメイク~過去作から考察する時代の変化

毎月連載

第6回

18/12/13(木)

『アリー/ スター誕生』

 歌舞伎とオペラは、作品によっては200年も前に作られたものを上演している。当然、初演そのままのかたちではなく、歳月の間に変化していく。だが、その変化の仕方は大きく異なる。

 オペラは、とくに20世紀後半になると、演劇の演出家が進出してきて、時代設定を現代に移すなどの「新演出」「読み替え」が盛んになった。18世紀、19世紀に作られたものを、当時の衣装や大道具、演技術で上演することは、ない。

 だが、どんな新演出でも、音楽はいじらない(編曲はもちろん、追加したりカットしたりしない)、歌詞も変えない、というのが大前提だ。その制約のもとで演出家は新しい解釈で上演しなければならない。

 この「歌詞を変えない、音楽を変えない」という制約こそが、腕の見せ所なのだ。

 一方、歌舞伎も、衣装や大道具は江戸時代そのままではないし、演技術も変化しているので、江戸時代そのままのかたちで上演されてはいない。

 だが、「昔の演劇」だから歌舞伎なのであり、たとえば『仮名手本忠臣蔵』を現代に置き換えて上演するなどという新解釈はしない。そんなことをしたら歌舞伎ではなくなってしまう。

 その一方で、台本は上演のたびに変えられている。初演とまったく同じ台本で上演されることはない。歌舞伎はテキスト重視の演劇ではないのだ。

 欧米はシェイクスピアをはじめ「劇作家が書いたテキスト」が早い時期に確立されたので、オペラでもそれを尊重する傾向にあるが、日本は近代以前に、歌舞伎というそれなりにしっかりした演劇が確立されていたが、それは、上演のたびに役者の都合で台本を変えていいというのが伝統となった。

 ところが、欧米でも、映画のリメイクとなると、オリジナルを尊重しない。

 だいたい同じシナリオで再映画化することが、極めて少ない。日本でも、市川崑が自作の『犬神家の一族』を同じシナリオでリメイクしていたが、これは例外中の例外だろう。

 もともと映画は、「シナリオ通りに撮影された映画は史上1本もない」と言われるほど、撮影現場で書き換えられていくし、編集段階でカットされることもザラなので、シナリオは絶対的なものではない。

 名作映画をリメイクする場合も、基本の人物設定やストーリーは踏襲するとしても、シナリオはまったく別のものが新たに作られる。

『アリー/ スター誕生』

 レディー・ガガ主演で『スター誕生』がリメイクされ、日本では『アリー/ スター誕生』のタイトルで公開される。前のバーブラ・ストライサンド主演のが1976年なので、42年ぶりで、4作目となる。

 無名の女性が男性の大スターに見出されてデビューしてスターになり、ふたりは結婚して幸福になるが、男性のほうが酒に溺れ落ち目になっていき、彼女の邪魔になってはいけないと自殺するという話である。この基本は、4作とも同じだ。

 しかし配給会社は、リメイクであることを隠してはいないが、少なくともセールスポイントとは考えていないようで、宣伝でもほとんど触れられていない。原題にない、ヒロインの名である『アリ―』を邦題にし、『スター誕生』であることを薄めようとしている。

 『スター誕生』は、最初のジャネット・ゲイナー主演版は1937年、次のジュディ・ガーランド主演版は1954年、ストライサンド版は1976年なので、以前は約20年おきに作られていたことになる。

 ストライサンド版から40年の空白が生じたのは、1990年代にはこの物語は陳腐なものと考えられ、誰もリメイクしようと思わなかったからなのか、ふさわしい女優がいなかったからなのか、何の深い意味もないのか、それは分からない。

 過去の『スター誕生』を振り返ると、リメイクにあたり、それぞれの作り手たちは、このストーリーを、かなり大胆にアレンジしていた。

『スタア誕生』(1954年)
価格:DVD 1429円+税
ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
(C) 1954 Warner Bros. All Rights Reserved.

 1作目はハリウッドを舞台にした映画俳優の物語だが、ジュディ・ガーランドというミュージカル女優を起用した2作目は、ミュージカル映画の世界が舞台となる。それでも映画界での物語であることに変わりはないので、2作ともヒロインが受賞する栄冠はアカデミー賞だ。

 3作目のストライサンド主演版になって、舞台は映画界ではなく、音楽界に変化する。ヒロインが受賞するのはグラミー賞だ。そして今回の4作目も音楽界が舞台で、グラミー賞の授賞式で、ある悲劇が起きる。

 こうみると、1作目から2作目で普通のドラマからミュージカルへ書き換えられ、それが3作目ではハリウッドの要素がなくなって、純粋なミュージシャンたちのドラマへと大胆な書き換えがなされたが、4作目は3作目と「世界」は変わっていない。

 3作目と4作目の間には40年の歳月が流れており、この間の最も大きな社会的変化は「ネット」だろう。だが、その変化は物語の骨格に改変を迫るほどのものではなかったようだ。

 むしろ、レディー・ガガ版が、これまでと異なるのは、家族の描かれ方だ。

『アリー/ スター誕生』

 ストライサンド版では彼女と相手役のクリストファーソンは、ふたりとも親も兄弟姉妹も出てこないが、ガガ版では彼女は父親と一緒に暮らしているし、相手役のブラッドリー・クーパーも、歳の離れた兄が重要な登場人物となっている。

 この40年間でアメリカ社会は、成人した男女たちがひとりでは生きていないように変化したのだろうか。

 1930年代に作られた『スター誕生』の物語は、日本でいう「夫婦別姓を求める声」に逆行している。ラストで、彼女が夫の姓を誇らしげに名乗るのが物語の「最大の感動ポイント」となっているからだ。

 今回もこの点は踏襲はしているが、「夫の姓を名乗る」ことを「感動」の核心に据えることに、ためらいがあるのか、ちょっと曖昧に感じた。

 リメイクものは、前作と比較することで、「時代の変化」の考察ができる。

 20年後くらいに、「スター誕生」がまた作られるとして、今度はどの世界が舞台になるのだろう。

 オリンピックを目指すスポーツ選手の物語だろうか。フィギュアスケートなど、絵になると思うが。

 あるいは男女が逆転しているかもしれない。それとも同性カップルの物語だろうか。

掲載写真:『アリー/ スター誕生』より (C)2018 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

作品紹介

『アリー/ スター誕生』(2018年)

監督・製作・脚本:ブラッドリー・クーパー
出演:レディー・ガガ/ブラッドリー・クーパー

『スター誕生』(1976年)

監督:フランク・ピアスン
出演:バーブラ・ストライサンド/クリス・クリストファーソン

『スタア誕生』(1954年)

監督:ジョージ・キューカー
出演:ジュディ・ガーランド/ジェームズ・メイスン

『スタア誕生』(1937年)

監督:ウィリアム・ウェルマン
出演:ジャネット・ゲイナー/フレデリック・マーチ

プロフィール

中川右介(なかがわ・ゆうすけ)

1960年東京生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社アルファベータを創立。クラシック、映画、文学者の評伝を出版。現在は文筆業。映画、歌舞伎、ポップスに関する著書多数。近著に『海老蔵を見る、歌舞伎を見る』(毎日新聞出版)、『世界を動かした「偽書」の歴史』(ベストセラーズ)、『松竹と東宝 興行をビジネスにした男たち』(光文社)、『1968年』 (朝日新聞出版)、『サブカル勃興史 すべては1970年代に始まった』(KADOKAWA)など。

『サブカル勃興史 すべては1970年代に始まった』
発売日:2018年11月10日
著者:中川右介 KADOKAWA刊

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