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『家売るオンナの逆襲』三軒家万智は“時代遅れ”なのか? 松田翔太ら新キャストにみる新たな構造

リアルサウンド

19/1/16(水) 6:00

 2016年夏放送の『家売るオンナ』から、2017年5月放送のスペシャル版『帰ってきた家売るオンナ』を経て、遂に続編『家売るオンナの逆襲』(日本テレビ系)が始まった。昨年10月期のドラマ『大恋愛~僕を忘れる君と』(TBS系)も好評だった大石静オリジナル脚本のこのドラマ。最初のシリーズからはや2年、社会はどんどん変化していき「マイホーム」を持つことへの欲望自体が希薄になりつつある今日この頃、不動産業界を舞台にしたお仕事ドラマは第2シリーズで何を見せようと言うのか。

参考:北川景子の「GO!」は健在! 『家売るオンナの逆襲』千葉雄大×松田翔太の恋に話題沸騰

 そこで、新しい風そのものを体現するかのように颯爽と登場したのが、松田翔太演じるフリーランスの不動産屋・留守堂謙治である。そして、テーコー不動産の新人2人には、SP版からの出演である草川拓弥演じる鍵村と、長井短演じる床嶋のコンビ。彼らが加わることで、新たに見えてくる構造があった。

 まず、鍵村と床嶋は、第1シリーズにおけるイモトアヤコ演じる白洲美加や、新木優子演じるデスク・室田のポジションと一致するが、それだけではない。「ゲロ勝ち」「了解道中膝栗毛」など、「なんなんだそれは」と仲村トオルじゃなくても言いたくなる言葉を連発する彼らはなにより“若者文化”を語るための役割を担っている。特に梶原善演じる布施と、仲村トオル演じる屋代というおじさんコンビ、そして鍵村と床嶋という若者コンビの2組にそれぞれ「テレビ」と「YouTube動画」の良さを議論させた場面でそれは際立っていた。

 屋代と布施はテレビの信頼性と「独りよがりのたれながし」であるYouTubeを批判し、一方の鍵村と床嶋は逆にそこが魅力なのだと語る。そもそもこのドラマ自体が「テレビドラマ」であることから、その場面は妙な印象を残す。「私たちは古いのか」という問題をさりげなく呈示してくるからである。

 そして、松田翔太演じる留守堂である。北川景子演じるヒロイン・三軒家万智のライバルポジションにあたる留守堂の「家の売り方」は、万智のそれとは違い、穏やかで優しくスマートだ。「世間の目から自分を守ってくれる家」を探す炎上系YouTuberのにくまる(加藤諒)に対し、依頼通りの完璧な家を紹介し、彼の日々注目される苦しみを理解し「お逃げになってもよろしいのでは」と優しく抱きしめる。

 一方の万智は相変わらずの荒療治。にくまるの希望には応えず、逆に家を覆う壁を壊し、「世間の目に晒され続ける家」を作り、彼を焚きつけることで、留守堂の提案する平穏な生活に満足できなくなった彼をおびき寄せる策をとった。本当は世間の注目を浴び続けることにこそ生きがいを感じるにくまるの、本人も気づいていない本質を万智が見抜いたためだ。

 まるで「北風と太陽」の逆バージョンである。暖かく包み込んだ留守堂の策ににくまるはかえって耐え切れず、北風たる万智の策に乗った。

 フリーランスで、優しく穏やかな性格、胸元の黒の名刺入れの奥に秘めたピンク色から垣間見せるどこか女性的なムード、そして、フェンシングで鍛えたしなやかな身のこなし。そんな留守堂のキャラクターを全て裏返しにすると、我らが三軒家万智のキャラクターになる。つまりは、会社員、白洲が言うところの「あんな横暴な野獣、時代錯誤なロボット人間」たる厳しさと破天荒さ、常に男たちを凌ぎ、従える強さを持つ男勝りなムード、そしてロボットのようにデフォルメされた立ち居振る舞いだ。

 いかにも当世風の“ニューヒーロー”にも見える留守堂の登場、さらには若者代表2人組の存在によって浮き彫りになってくるのは、三軒家万智のキャラクターとしての“古さ”だ。三軒家万智は決して時代のニューヒロインとは言えない。昨今、デフォルメされた虚像、男性社会の中で戦うために身につけた強固な鎧を当然のように纏ったヒロインが正当化される時代は主流ではなくなりつつあり、世間はより、野木亜紀子脚本のドラマに代表されるように、リアリティに満ちた、等身大のヒロインを求めるようになった。

 だが、果たして本当にそうだろうか。彼女は逆に「時代遅れ」であることが魅力なのではないか。第1シーズンの最終回において布施が「昔のがむしゃらな働き方を今の世の中はバカにするし否定するけど、古き良き時代をバリバリ肯定してくれるサンチーは尊い」と言っていたように。

 三軒家万智の魅力は、新しいことでも古いことでもなく、時代の流れに左右されないところにある。パワハラを恐れず新人を一切甘やかさず、「一億総活躍なんて言われて外で働いて自立することだけが価値ある生き方じゃない、あなたの天職はプロフェッショナル専業主婦」とその人の本質を見極めれば批判を恐れず「時流」とされることも平気で否定する一方で、YouTuberになってみたり、最近話題の、夫婦が別々のお墓に入ることを取り入れてみたりする。

 彼女は、平成の終わりという一つの区切りが差し迫り、古いものを忘れ去り、何事も新しいものが正義になる昨今において、古い考え方も新しい考え方も使えるもの全てを駆使し、誰かにとっての最適な道を呈示しようとする人物なのである。それが、一周回って新しく、一周回って正しいのだ。

 一度は会社を離れ(屋代が「僕は会社の犬なんかじゃない、男だ!」と呟いて決意する場面もあった)、社長・万智と、課長・屋代になったにも関わらず、2人は元の会社に戻り元の課長とチーフのポジションに納まっている。一旦は脱サラの道を選びながらも、再び会社員に戻った彼らは、何に「逆襲」しようというのだろうか。彼女の戦いは、始まったばかりである。(藤原奈緒)

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