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樋口尚文 銀幕の個性派たち

瑳川哲朗、粛々たる「隊長顔」の美徳

毎月連載

第68回

『ウルトラマンA』隊長役の時の瑳川哲朗 Ⓒ円谷プロ

瑳川哲朗と言えば、多くの人は東京12チャンネル=テレビ東京の長寿人気時代劇『大江戸捜査網』の「旦那」こと井坂十蔵を思い出すだろう。だが、私が最初に強烈に瑳川哲朗に出会ったのは、1967年2月放映のテレビ映画『マグマ大使』第32話「大涌谷の決闘」でのことだった。あるもともとは善良なる怪獣の殺生をめぐって地球の創造者アースがオリュムポスの神々のもとを訪れ、その代表たる全知全能の至上神ゼウスが大義において殲滅を指示する。ここで神話スタイルで彫像のように端正な面立ちの若い俳優が、アースに扮するベテラン・清水元をも圧倒する感じで宣託を下す。

幼き日にこの子ども向け特撮番組に突如現れた気高き風貌と語調がやけに印象に残ったのだが(そう言えばこの回の脚本は創造社から離れた直後の石堂淑朗だった)、実はこれがブレイク寸前の瑳川哲朗だったことを後で知って驚いた。なぜあんな子ども向け番組に出ていたのだろうと思ったら、実は瑳川は『月光仮面』で名をなした職人監督・船床定男監督の宣弘社時代劇『新・隠密剣士』『丹下左膳』に出ていたので、その縁に違いない。

さて今ブレイクと書いたのは、同67年1月から始まった大佛次郎原作のNHK大河ドラマ『三姉妹』で瑳川はかなり注目を集め始めたのだった。幕末から明治維新にかけての騒然たる時代を旗本の三姉妹の動静を通して描いたこのドラマで、瑳川が扮したのは新選組の近藤勇だった。これはいかにもお似合いの役どころで、なんと瑳川は69年のNHK金曜時代劇『鞍馬天狗』でも、71年のTBSポーラテレビ小説『お登勢』でも、近藤勇を演じている。

事ほどさようにゼウスから近藤勇まで瑳川はその凛々しく安定した「隊長顔」で、こうした中心的なリーダー役を振られることが多かった。これは象徴的な配役で、新選組の物語にあっては組織の中心は近藤勇だが、個性的で波乱に富みよりドラマティックなのは土方歳三のほうである。瑳川は劇中の組織のセンターとして常に安定した芯棒となって、実質は華々しく奔放な主人公を「補佐」して引き立てているパターンが多かった。

1970年から84年までレギュラー筆頭であり続けた『大江戸捜査網』は瑳川の代表作で、役どころは隠密同心のリーダー格だが、劇中で最も華やかに立ち回るのはシーズンごとにすげ変わってゆく杉良太郎、里見浩太朗、松方弘樹といった主役たちだった。同様に、同時代の子どもたちにはひじょうに印象的だった1972年のTBS『ウルトラマンA』で演じたTACの竜五郎隊長などはまさに「隊長顔」の面目躍如たる役どころではあったが、最も目立つのはあたりまえだがウルトラマンAに変身する北斗星司隊員(高峰圭二)のほうだった。端正な「隊長顔」というのは、こうしてかなりいい番手に恵まれながら、どうしても生硬で真面目な役柄になることが多かったわけだが、瑳川の美徳はそれをいつもこつこつとありがたくこなしているところだった。

それゆえに1977年の坂口安吾原作、曾根中生監督のATG映画『不連続殺人事件』で瑳川が地方の財閥家の嫡男・歌川一馬に扮した時は、好色な父が女中に産ませた腹違いの妹と道ならぬ関係に落ち、戦後の混乱のなかで妻を金で買う屈折したキャラクターに扮し、あの生真面目な「隊長顔」と役柄のミスマッチが逆に倒錯の味を出していて、いたく印象的だった。あの『大江戸捜査網』の二枚目剣豪・瑳川哲朗が日活ロマンポルノの異才・曾根中生の作品でこんなダークサイドを抱えた人物を演ずるのかと、そのことも意外であったが、よくよく考えると二人の接点はスタート当初の『大江戸捜査網』(『大江戸捜査網アンタッチャブル』というタイトルだった!)は日活が制作を請け負っていて、なんとその助監督が曾根義忠こと曽根中生だったのだ。お定まりの娯楽時代劇をせっせと作りながら、瑳川と曾根がそれぞれ何かいい企画ではめを外したいなと目論んでいたとしたら、痛快なことである。誠実な瑳川「隊長」に合掌。

晩年の瑳川さん(「日本タレント名鑑」から)

瑳川哲朗 最新出演作品

ステージ『NINAGAWA・マクベス』
2015年9月7日〜10月3日 Bunkamura シアターコクーン
2018年4月7日 、「蜷川幸雄シアター2」として2015年の舞台収録版を映画館で公開。

演出:蜷川幸雄
作 :ウィリアム・シェイクスピア
出演:市村正親/田中裕子/田中裕子/橋本さとし/柳楽優弥/瑳川哲朗/吉田鋼太郎

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』『葬式の名人』。新著は『秋吉久美子 調書』。

『葬式の名人』

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

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