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作曲は“モード”から始めるべし? 『作曲の科学』が伝える、異色の作曲理論

リアルサウンド

19/11/2(土) 8:00

 著者のフランソワ・デュボワは世界的なマリンバ奏者/作曲家として活躍するフランス人。その独創的な音楽活動を通して、当時ほとんど存在していなかったマリンバソリストとしての道を開拓し、作曲家としても目覚ましい業績を残してきた人物だ。教育にも熱心で、1998年から慶應義塾大学で「音楽専攻ではない学生に向けた」作曲講義の教鞭をとるなどの経歴を持ち、「デュボワ・メソッド」と呼ばれるキャリア教育の手法も開発している。本書はそんな著者の経験を通して生まれた異色の作曲理論本である。

 「作曲」と聞けば漠然とした感性の世界をイメージする人も少なくないと思うが、著者は創作の要素として「感性」の重要性を認めつつも、音楽理論や楽典(読譜や記譜の方法)といった知識をインプットしておくことも必要不可欠だと説く。例えば、風呂場で何気なく口ずさむようなメロディも大きな枠では「作曲」に違いない。しかし、それが洗練された「楽曲」に昇華されるには、どんな音色で、どんなハーモニーや拍子で奏でられるかに創意を凝らす必要がある。

 リスナーは曲を聴く際、無意識にさまざまな期待をします。心地良い和音の登場や、すでに知っていたり気に入っていたりする和音の出現、あるいは、覚えやすいメロディ展開などを期待しながら聴き進めます。それは、ポピュラー音楽が成立するための重要な条件でもあります。(本書より引用)

 こうしたことに考えをめぐらせるためのツールが、本書で説明されている知識、つまり「作曲の科学」なのである。

 内容的には音楽理論本と言って差し支えない。楽譜のこと、理論のこと、それに現代音楽における代表的な楽器の特性、王道のコード進行や著者独自の作曲TIPSなども紹介されている。題材はクラシックから松任谷由実やレディー・ガガなどのポップスまで幅広く、どんなジャンルの音楽に属していても違和感なく読み進められるようになっている。

 そんな本書の特徴は、非常にバランス良く「作曲」に焦点が当てられている点だろう。一般的な理論書はどうしてもアカデミックかつ網羅的な内容になりがちで、その難解さから挫折者を生むことが多い。本書はそのあたりが絶妙だ。作曲に必要最低限な理論的知識を、音楽未経験者でも理解しやすいように書かれている。例えば、作曲の要素をメロディを表現するための「横軸」と、ハーモニーを表現するための「縦軸」とに分け、それぞれを「足し算」「かけ算」という算数の考え方に置き換えながら説明しているところは出色で、混乱しやすい拍子や小節、音程などの概念も簡単に理解できるよう工夫されている。

 また、作曲を「『モード』から始めるべし」と提言しているところも面白い。一般的な理論書ではメジャースケールなど、誰もが慣れ親しんでいる音階を題材にして説明されることが多く、最初からモードを使うアプローチはほとんど聞いたことがない。

 私はどうして、そのスタンダードな道を避けたのか?

   その道筋がおそろしく単調で個性の見えない、ありきたりな曲作りに突き当たりそうでいやだったからです。

   教会旋法(モード)という“非日常”にトリップしてもらうほうが、きっと楽しいはず!──そう考えての私独自の教育法でした。(本書より引用)

 苦行のようなお勉強を良しとせず、「楽しむこと」を最優先する著者のこのような姿勢は全編で貫かれている。ややもすると辞書的な羅列になる理論的な知識を、音楽の歴史と絡めたストーリーで説明しているのも、そうした配慮のひとつだろう。

   21世紀の現在、私たちが日々、耳にしているポップスやロックミュージックは、いったいどんな理論に基づいて作曲されているのでしょうか?

   意外に思われるかもしれませんが、かつてクラシックの巨匠たちが「もう飽きた!」と一蹴した、あのラモーによって18世紀に確立された和声学に基づいているのです。

   ジャズや現代音楽で多用されている不協和音を「野蛮な音」とよんでいた18世紀の感性で、20世紀後半以降のロックが作られている。ロックミュージックの存在意義を考えると、じつに面白い状況です。(本書より引用)

 過去から現在までを広く俯瞰する本書の歴史的視点は時にスリリングでもあり、本書の大きな魅力になっている。特設サイトではオリジナル曲を含む数多くの連動音源が用意されており、活字だけでなく耳からの理解を促してくれるのも嬉しいポイントだ。

 クラシックからジャズ、それにアフリカ音楽を始めとするワールド・ミュージックまでを渉猟し、従来の音楽理論を超越した「メディタミュージック」と呼ばれる独創性溢れる音楽を展開している著者。その広大なバックグラウンドから語られる音楽のセオリーは理路整然としており、懐が深い。

作曲とは数学である。(本書より引用)

 冒頭でこんなことが書かれているとおり、本書はなかなか捉えづらい音楽のメカニズムを簡明に表現してくれている。

 ■熊谷和樹(くまがい かずき)
1985年生まれ。ライター/編集者/カメラマン。音楽系メディアを中心に活動中。

■書籍情報
『作曲の科学 美しい音楽を生み出す「理論」と「法則」』
フランソワ・デュボワ 著、井上喜惟 監修、木村彩 翻訳
価格:本体1,000円+税
発売/発行:講談社(ブルーバックス)

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